02:せっかくなので凝視します
「……は?」
突如として視界に飛び込んできた光景に、ハルトは唖然とするしかなかった。
裸だ。
綺麗なミルク色をした裸体が、視界いっぱいに広がっていた。
水を弾いてキラキラと光るその肉体は、いっそ宝石店に並ぶ真珠よりも綺麗だと思えた。水滴が垂れる。その動きが肌の滑らかさを見事に可視化する。
柔らかそうに見えて、実は引き締まった筋肉を彷彿とさせる腰のくびれ。
まだ小柄な骨格と、控えめな胸部の膨らみ。
美しい曲線に縁取られたそのシルエットは、どう見ても女性特有のものだった。
しかもまだ成熟し切っていない、成長の余地を存分に残した少女のもの。
───……なんだこれ……。
町の外れにある大森林。その奥地に広がる小さな泉。
太陽の光を反射して輝くその水面には、辺りを覆う緑の木々と、四つん這いになった自分の姿が、鏡のように映し出されていた。
頭の中を埋め尽くすのは、ただただ純粋な困惑。
───待て。なんで僕は、こんな……。
「おい」
その時だった。
まるで拳を叩き付けるような、強く張った声が飛んできた。
泉の浅瀬に、一人の少女が倒れていた。
水にふわふわと漂う、肩まで伸びた金色の髪。
深紅に染まる二つの瞳は、相手を射殺さんばかりの輝きを放つ。
そして……熱でもあるのだろうか。幼い少女の顔は、首の下から耳先まで真っ赤に染まっていて───
「て……」
その少女は凄まじい眼力で真上のハルトを睨み、不敵な笑みを浮かべてみせ、
「テメエ……今自分が何してんのか、分かってねえわけじゃねーだろうな……」
その可愛らしい容姿からは想像もつかない乱暴な口調。
問われたハルトは、思わず言葉に詰まる。
「……えーっと……」
とりあえずは、どうしようか。
そうだ、まずは落ち着こう。
頭を整理するために、改めて少女の裸体を凝視して、心を落ち着かせるのだ。
それは、いっそ作り物めいて見えるほどの美貌であった。
整った顔立ち、どころじゃない。もはや年齢性別問わず、誰がどの角度から見たって満場一致で『絶世』を悟るような美の集大成が、幼い輪郭に収まっていた。
水に濡れて煌めく首筋。恥ずかしそうにキュッとすぼめられた肩。そこから伸びる両腕は華奢なラインを描きつつ、柔らかそうな胸を健気に覆い隠している。
ハルトの視線は、そのままツルリとしたお腹の下まで動いていく。
その洗練された美は、明らかに黄金比を超越していた。
腕の立つ画家が百人がかりで挑んでも、この美しさをキャンバスに写し取る事は不可能だと確信させられるほど、その美は究極の域に達していた。
なので。
「……つまり、僕は……」
どうしようもないほど、言い訳の余地がなく。
如何ともしがたいほど、情状酌量の余地もなく。
見れば分かるほど単純明快な事実を、ハルトは声を絞り出すように言う。
「全裸の君を押し倒して、その裸体を凝視している……という事になります……」
「…………」
その言葉に、返事は無かった。
しばしの沈黙が流れ、不意に少女は、
「……はあ……」
思わず気の抜けてしまいそうなため息を一つ。
で、その直後。
「いつまでアタシの裸を見てるつもりだテメエはァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
ドゴァッッッ!!!!!! と。
少女の絶叫と共に空間そのものが『謎めいた大爆発』を起こし、壮絶な轟音を鳴り響かせながら、周囲の森ごと辺り一帯を吹き飛ばしたのだった。
一体、どうしてこんな事になってしまったのだろう。
大爆発に巻き込まれ、涙をちょちょぎらせながら宙を舞うハルトは、およそ三十分前の出来事を、走馬灯のように思い出していた。
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