異能戦線:ファンタジック・アカデミア~かつて世界を救った『元』世界最強、女の子だらけの異能学園で再び最強に成り上がる~

猫犬ワサビノリ

プロローグ

異能学園へようこそ

 

「この学園に入学する生徒には、必ず話している事よ」



 優しく包み込むような声だった。

 声の主は、長く伸びた銀色の髪をフワリと漂わせ、柔らかい笑みと共にコチラを振り向く。



「今からあなた達が足を踏み入れるのは、きっと初めてばかりの世界になる。驚く事がいっぱいあるだろうから、しっかり心構えをしておいてね」



 息を呑むほど美しい少女だった。

 スラリと伸びる手足。雪のように白い肌。冷たく輝く氷のような瞳。

 立ち振る舞いも、唇の動きも、風になびく髪の流れすらも、全てが優雅な色を振り撒いているように見えた。



「さ、準備はいい? 今日はまず、心構えの第一歩から」



 そんな少女が。

 愛おしそうに目を細め、楽しそうに声を少し躍らせて。



「それじゃあ、『入学式』を始めましょう」



 告げる。

 直後だった。





 ズドッ!!!!!! という爆音と衝撃波が炸裂した。

 少女の背後で、世界を縦に揺さ振るような大爆発が巻き起こったのだ。





 一体何が起きたのか。少女の正面に立っているコチラからは見えていた。

 超常現象……と表現するしかない。

 


 目測では、激突地点はかなり遠方のはずだった。

 にも拘わらず、強烈な爆風は瞬く間にコチラのいる場所まで飲み込んだ。


 衝撃波が地表を覆う。壁のような厚みを持った風が全身を叩く。

 数十秒も続いた爆風が収まり、閉じていた目をゆっくりと開けて……絶句した。爆心地で、真っ黒な煙が大樹のように天高く立ち昇っていたからだ。


 現実離れしたその光景。確認するまでもないほど明らかな異常事態。

 だというのに。


「何度も聞いているとは思うけれど、私達、そしてあなた達が持つ『この力』は、今まで多くの先人たちが求めてきた奇跡の力なの」


 コチラに語りかける銀髪の少女は、己の背後で巻き起こる異常事態などまるで気にも留めていなかった。

 そして、説明の最中である事などお構いなしに『次の異常』がやって来る。


 直後、『謎の影』が遥か上空を突き抜けた。

 一拍遅れて、ゴッ!!!!!! という爆音が落ちてきた。


 全長十メートルを超える巨大な『飛竜ワイバーン』。

 虹色の鱗で全身を覆うその怪物が、二対六枚の翼を恐ろしい勢いで振り下ろし、空気をぶち抜くような速度で天空を駆け抜けていた。


「こうしてあなた達が見ているのも、そんな奇跡の一つ」


 少女の言葉に呼応するように、またしても超常現象が勃発する。

 バギンッ!! と。

 強烈な音と共に、天空に大きな『亀裂』が走った。


「四百年前、この力は突如として現れたわ。当時は単純に『奇跡』と呼ばれていたこの力も、長い年月と共に法則性を見出され、安全な運用方法を整えられて、今では『奇跡』を取り扱うための教育システムまで作られるようになった」


 ベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギベギ!! と、空間をガラスのように割りながら、亀裂の向こうから


 岩石の如く盛り上がった筋肉。四本の腕と雄牛のような頭部。黒一色の皮膚に覆われた肉体。その体表には、マグマにも似た血流が浮かんでいる。

 まるで活火山が人の形を成したような巨人が、右手に燃え盛る『炎の大剣』を握りしめ、地響きを上げながら大地を踏みしめた。


「しっかり目に焼き付けてね。これが不可能を可能にする奇跡の力。そして、そんな奇跡すらも手中に収めた人類の進化の象徴───」


 巨人が、爆音のような雄叫びを上げる。

 そのまま上空を飛ぶ飛竜へと襲い掛かる。




「───それが私達の持つ異能力、『とくのう』よ」




 圧倒的な爆轟が、遥か上空で炸裂した。

 巨人の振り回す炎の大剣と、飛竜の口から放たれた黄金の閃光が衝突し、その衝撃波が白い雲を数キロメートル先まで真っ二つに引き裂いていく。


「ふふ、緊張してる? 大丈夫、すぐに慣れちゃうから」


 今なお凄まじい爆風が吹き荒れているというのに、少女はそよ風の中にでも立っているみたいに優しく微笑んでみせた。




 ここは『コロシアム』と呼ばれる、千キロメートルにも渡って砂漠が広がっている謎の空間。


 その真ん中にたたずむ銀髪の少女と、彼女に案内される『新入生』。


 そして、コロシアムのあちこちで『模擬戦』を繰り広げているのは、それぞれ異なる戦闘服を身に付けた少女達。


 全員が全員、異能の力───特異技能を使いこなす特異技能者だ。




「さ、ついて来て。この学園の皆を紹介してあげる」


 そう言うと、案内役の少女は腰まで伸びた髪を翻し、再びコチラに背を向けて歩き出した。

 爆音と衝撃波で埋め尽くされた戦場を、のんびりと散歩気分で。


「そうね、まずは『魔法使い』の皆から紹介しようかしら」


 彼女はある方向を指差してみせる。

 指し示した先、五十メートルくらい離れた場所に、絵本に出てくるようなトンガリ帽子をかぶった女の子の集団がいた。


「『魔法』は特異技能の中で最も多彩な力よ。一度に多くの自然現象を操れるのが強みなの。努力が実力と直結しやすいから、魔法使いには努力家が多いわ」


 説明されている間にも事態は動く。

 魔法を操る特異技能者・魔法使いの少女達は、慣れた様子で何かを唱え始めた。

 彼女達の頭上に、光り輝く紋様が浮かび上がる。手の平程度の大きさの紋様だ。しかし彼女達が何かを唱えれば唱えるほど、光の紋様はどんどん面積を増やし、伸び、分岐し、広がり、木の根のように広がっていく。


 組み上げられる『魔法の命令式』。

 それが、カッ!! と一際大きく輝いたと思った直後だった。


 天変地異が炸裂した。


 炎が、水が、雷が、地割れが、凍て付くような冷気が、形あるもの全てを斬り刻む斬撃の嵐が───あらゆる現象が、光の紋様から一斉に解き放たれた。

 それらが混じり合って渦を巻き、一本の巨大な槍のような形状を取り、一ヵ所に向かって突っ込んでいく。


 コロシアム全体に激震が走った。

 強烈極まる爆音に、新入生の一人が腰を抜かしかける。


「ふふ、怖がらなくても大丈夫。私がしっかり守ってあげるから。ね? ……そして、向こうにいるのが『超能力者』よ」


 少女が指差した方角は、たった今、魔法の槍が着弾したばかりの場所だった。

 恐ろしい規模の爆炎と粉塵が天高く立ち昇っているが、どこにも人の姿なんて見えやしない。

 ──────いや、まさか。


「『超能力』は魔法と違って、一つの現象しか操れないの。でもその代わり、精鋭特化。単体での戦闘力なら魔法よりも上、特異技能の中でもトップクラスよ」


 彼女が説明した直後だった。

 ゴッ!! という烈風が渦巻いた。それは舞い上がる爆炎と粉塵を瞬く間に引き裂いていく。外からの力ではない。爆炎と粉塵は『内側』から破壊されていた。


 そして、爆心地からが姿を現した。


 体の曲線を際立たせるピッチリとしたスーツを着用し、まるで何も起きていなかったかのように長い髪をかき上げる超能力者の少女。

 その体には、竜巻のような『暴風の鎧』が纏わりついていた。

 数人がかりで放った魔法を、たった一人の超能力者が受け止め切ったのだ。


「次は上を見て」


 案内役の少女は顔を上げる。


「見える? あの巨人を喚び出したのが『召喚士』。そして、飛竜を操って飛んでいるのが『使役術師』よ」


 遥か頭上では、今なお巨人と飛竜が規格外の戦闘を繰り広げていた。

 巨躯と巨躯がぶつかり合う。

 相手の首元に噛み付こうとする飛竜と、そんな飛竜を拳で殴り落とす巨人。そのまま相手を踏み潰そうとする巨人の足を、目のも留まらぬ速度で回避する飛竜。


 上昇した飛竜の爪が、巨人の片目を抉った。

 反撃とばかりに振るわれる巨人の大剣が、飛竜の翼を二枚ほど切断した。

 翼の羽ばたきが生み出す暴風。巨大な剣が空気を切り裂く衝撃波。そうした余波すらも互いにぶつけ合い、相手の肉体を傷付けていく。


「まずは召喚士、『召喚儀礼』の使い手ね。彼女達はこの世界とは違う『異世界』と意識を繋げて、そこから色んなモノを喚び出すの。違う世界と繋がれる子達だから、ちょっと変わり者が多いのよ。ふふ、毎日飽きないわ」


 ゴッ!!!!!! と、飛竜の口から神々しい閃光が放たれた。

 ボッ!!!!!! という唸りを上げて、巨人の大剣が振るわれた。

 交差は一瞬。

 閃光は巨人の胸板へ、大剣は飛竜の胴体へと一直線に叩き込まれる。


「最後に使役術師───魔獣を操る『使役術』よ。当然だけど、人間とは全く違う生き物を操るためには、それなりの技術と教養、そして根気が求められるの。皆を引っ張り上げてくれる先導者として、彼女達はとても優秀よ。頼れる先輩もいっぱいいるから、困った事があったらぜひ相談してみてね」


 ズズゥゥゥゥゥゥゥン……ッ!! という振動がコロシアム中に伝播する。

 共倒れになった巨人と飛竜が、地面に突っ込むように倒れて来たのだ。


 全ての光景が規格外。日常生活では決して経験する事のない異常の数々。

 しかし、これほど圧倒的な光景にも、案内役の少女はいちいち驚かない。

 これが彼女達、特異技能者にとっての『普通』なのだから。


「これからあなた達は、この学園で、特異技能の使い方を学んでいくわ」


 少女は言葉を続ける。


「力は持ってるだけじゃただの凶器と変わらないもの。だからまずは、正しい使い方を知らなくちゃ。それが特異技能者として『覚醒』した、私達の義務よ」


 彼女は再びコチラを振り向いて、いたずらっぽく笑いながら、


「さて、長話はこの辺で終わりにしましょう。どう? 心構えはできた?」


 爆音が続く。轟音が炸裂する。

 広大なコロシアムでは、未だに模擬戦の真っ最中だ。


 魔法によって放たれた数十もの現象と、超能力から発生した莫大な烈風が衝突し。

 召喚術で異世界から呼び出した三十体の召喚獣と、使役術によって暴れ回る五十匹の魔獣がぶつかり合い。

 その余波が、止まる事なくコロシアムを埋め尽くす。


「ここから先は、あなた達の学園生活ものがたり。皆がこの学園で、何を学んで、何を知って、どんな活躍をしていくのか……私、すごく楽しみにしてるわね」


 目を細めて少女は笑い、正面から新入生たちを見据える。


「改めて歓迎するわ。奇跡を宿したあなた達を」


 彼女は言う。





「ようこそ、シルフィール異能学園へ」






 

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