転生悪役令嬢は婚約破棄と断罪をされたので転生革命聖女と共に封建体制を打倒する
りりあに
序章・悪役令嬢アルマの転生事情
1.あるゲーマー
高瀬ゆうなは、乙女ゲーム『プリンセス・オーバドゥ~聖女と恋の運命~』にすっかり夢中になっていた。
その生活は次元を次々と変更して渡り歩いていくように、ゲームの世界と現実の狭間で繰り広げられる毎日だった。現実の雑多な問題や些細な人間関係の煩わしさも、ゲームをプレイしている時間の中では靄の中に消え去るかのごとく忘却することができる。
そして、心を一心に捉えて離さないのは、聖女エリスという魅惑的なキャラクターである。エリスを通じて、ゆうなは自らの手で紡ぎ出すロマンチックな恋愛を生きていた。
特に、最も推している攻略対象セドリックとの恋路は、彼女にとって至高の楽しみであり、時には真夜中までゲームの画面に向かって課金ボタンを押すことも何ら厭わなかった。
「やっぱり顔だな……この皇太子、ド直球のイケメンだからさぁ……」
満足げに呟く。
その声は、まるで自分の小さな世界に入り込んでいるからか静かなものだったが、確かにそこには喜びが溢れていた。
ゲームの中はエリスとして、平民の生まれであるにもかかわらず突如として与えられた聖女という役割を華やかな貴族社会の中でまっとうし、皇太子の心を掴むために数々の困難を乗り越えなければならない。
美しい聖女として、あるいは乙女ゲームのキャラクターとして、あまりにも難易度が高すぎるとされる幾重もの試練に立ち向かうエリスの人生。林檎のロゴが入ったスマートフォンのLEDディスプレイを通じて、まるで自分がその場にいるかのように感じられるほどリアルであった。
ゆうなにとって、エリスによる勝利あるいは敗北は、自分自身のもののように読み替えることができた。その喜びも悔しさも同様であり、まるで自分のものであるかのように心に響いている。
ついに到達した卒業パーティ直前の重要なイベントでも、貴族たちとの会話やら交流やらを通じ、攻略対象たちに自分の存在をアピールすることで、その好感度をコツコツと稼いでいかなければならない。
攻略対象の心を掴むには、繊細な駆け引きと、ちょっとした巧妙な策略が不可欠なのだ。
「攻略wikiが使えないんだよねぇ……」
ゆうながしばしばチェックしたその攻略サイトは、さながら迷子になった旅人が、曖昧な星の指示を頼りにするかのようなものであった。
確かに、詳細なガイドラインや親切なアドバイスは並べられているものの、その中には幾分かの虚偽と、実際のゲーム内での乱数によってアンコントローラブルにされた複雑なフラグ管理に対応できないような誤りが潜んでいる。
「役に立った試しがないからなあ」
軽い溜息をついた。
これまで歩んできた数々のバッドエンドは、情報の不確かさを露呈させてきた。
その虚しいページを眺めるたびに、自分が知らず知らずのうちに間違った道を進んでいるのではないかという不安に駆られていくのだが、webブラウザが示す解答は、現実のゲームの進行とはズレた、特定の局面で理想化されたモデルの一つに過ぎない。
ゆうなはそれを無視する。
「この選択肢、どれも地雷っぽいんだけど。失敗したらバッドエンドかなぁ……」
自問自答しつつ、ゲーム画面をじっと見つめる。
画面の中で、美しいドレスに身を包んだエリスが、華やかなパーティ会場で一瞬のためらいも見せずに立っている。だが、選択肢が迫るや否や。まるで将棋の名人が最後の手を打つ前に深く考え込むように、慎重な態度を保つ。
このイベントでは、エリスが選ぶ言葉や行動が皇太子の好感度に大きな影響を与える。
逆ハーレムエンドに向かおうとするゆうなにとって、このイベントではセドリックの心を射止めるか、はたまたバッドエンドへの直行便を手にするか、その狭間でバランスを取らねばならない。
ゆうなはその一瞬一瞬に、自分がエリスとしてこの物語の中で生きており、呼吸しているかのように感じられた。エリスの選択がまさに自分の未来を左右するかのように思えてならなかったのである。
「このセリフ、まじでプレッシャーなんだけど。ここで好感度下がったらもうアウトだよね…慎重に、慎重に…」
ゆうなは画面を睨みつけながら心の中で呟く。
微かに震えている指先が画面の選択肢を選び取るその姿は、数世代前の名優が舞台上で一世一代の大役を果たすかの如く緊張感に満ちていた。
たった一つの言葉でセドリックとの関係が壊滅的な状況に陥いってしまい、悪役令嬢アルマによってエリスが殺害されるバッドエンドへと向かってしまう可能性。
それは、手の中の細い糸が断ち切れそうな感覚を作り出していた。
そのうえ、このゲームのエリスには、ただの恋愛ゲームの枠を超えて、国内の各派閥との交渉を行うような任務に挑戦しなければならないパートが存在するのである。
複数の派閥との交渉について重要な決断を下さなければならず、プレイヤーの戦略的思考が各派閥の好感度その他の隠しパラメータによって本格的に試される。
この外交の舞台は、まるで巨大な料理のレシピを完成させるかのようだった。各材料のバランスや調理のタイミングが全体の味わいに大きな影響を及ぼすように、複雑に管理されたフラグによってパラメータが編まれていた。
「なんで恋愛ゲームなのに、こんな外交交渉までやらなきゃいけないのよ……」
肩をすくめる。
レシピが絶妙な味付けに仕上げるための調理過程を一つ一つ慎重に進めていくような気持ちを抱えながら、これらの複雑な任務をこなしていかなければならない。
選択肢によって王国の未来が大きく変わる可能性があり、各攻略対象との関係にも多大な影響を及ぼすことで、結果としてエンディングは全く別のものになってしまう。
料理の一皿がコースのメニュー全体に影響を与えるように、一つ一つの決断が重要なのだ。エリスの運命を左右するこれらの選択肢が、シェフとして全体の料理を完成させるための運命の一匙である。
やたらと高い難易度によって、一瞬の判断が如何に重いものであるかを改めて認識させられていた。
「ここでミスったら、今までの努力が全部パーなのよ!まじ頼むから成功してくれ!」
スマホを握りしめ、画面に向かって必死で選択肢を選んでいく。
だが、帰宅途中のゆうなは夢中になりすぎたあまり、つい「ながらスマホ」をしてしまい……幹線道路を信号無視して横断していた。
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