【完結】静かなる送別

湊 マチ

第1話 予期せぬ訪問者

静かな昼下がり、古びた木製のドアが控えめに揺れ、風鈴のように優しい音を響かせた。中に入ってきたのは、スーツ姿の男だった。年齢は四十代半ば、少し疲れた表情をしている。彼は周囲を見渡し、やや緊張した様子で小さなカウンターに近づいた。


「すみません…」


彼の声は抑え気味だったが、部屋の静けさの中ではっきりと響いた。カウンターの奥から、元気よく店員が現れた。その男は少し小柄で、笑顔を浮かべながら前に出てきた。


「いらっしゃいませ!葬儀屋『やすらぎ』へようこそ!ご用件は何でしょう?」


「ええ…実は、急に身内が亡くなりまして…」


スーツ姿の男は言葉を選びながら、深い溜息をついた。彼はまだ現実を受け入れきれていないようで、目を伏せたまま話を続けた。


「落ち着いた、質素な葬儀を考えているのですが…」


すると、店員は突然声を明るくし、まるでお祭りのチケットでも売るかのような勢いで言った。


「おまかせください!当店では、さまざまなプランをご用意しております!例えば、音楽葬なんていかがですか?お好きな音楽を流しながら、思い出に浸れる素敵なプランですよ!」


スーツ姿の男は戸惑いの表情を見せた。彼は店員が冗談を言っているのではないかと思い、眉をひそめた。


「いや、あの…そういう派手なものじゃなくて、もっと…静かで落ち着いた感じがいいんですが…」


「もちろん、それも承っております!」店員はにこやかに続けた。「でも、せっかくですから、少し華やかにお送りするのも悪くないかと。たとえば、ライトアップされた棺や、花火の演出なんてどうでしょう?ご参列の皆さんにも喜んでいただけますよ!」


その言葉に、スーツ姿の男はさらに困惑した。彼は一瞬、口を開けたまま何を言えばいいのか分からず、店員の熱意に圧倒されてしまった。


「花火…ですか?」彼はようやく搾り出すように問い返した。


「ええ!最近はとても人気なんです。最後の送別にふさわしい、とても感動的な瞬間になるんですよ。写真も撮り放題です!」


スーツ姿の男は、ふと頭の中でイメージしてみた。静かな夜空に上がる花火、それを見つめる参列者たち…しかし、どこか違和感が拭えない。


「いや、でも…」


店員はそんな男の迷いに気づいたのか、すかさずプランを変えた。


「もし花火がちょっと派手すぎるなら、バルーンリリースもあります!参列者全員で風船を空に放つんです。天国へ向かってメッセージを届けるような、ロマンチックな演出ですよ!」


再び頭を抱えそうになりながら、男は深く息を吸い込んだ。彼はなんとかして、自分が求めているシンプルで落ち着いた葬儀をこの店員に伝えようと努力していた。


「とにかく、静かに…シンプルに…お願いします。」

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