夜明けの道

小野屋 豆銘

第1話

ザザ…


葉擦れの音が聞こえる。瞑っていた目を開けても尚暗い…目の前は真っ暗だった。


空は厚い雲に覆われており月明かりどころか星さえも見えない。街頭なんか勿論ない。暗闇に慣れていないが、見える範囲で見渡した限り辺り一面は木々しか無いようだった。

なんでこんな場所で寝転がっているんだ…意識が覚醒しきれていないが何時いつまでも寝てる訳にもいかない、身体を起こし手で土を払い落とした。


静かだ…。時々、ぬるく穏やかな風が吹き葉の揺れる音が聞こえるだけで虫の鳴き声さえ聞こえない。


「不気味だな…」


じっとりとした暑さでシャツが身体に張り付いてくる。気持ちが悪い。水でも飲もうかと通勤用鞄を探すが鞄がない。水もスマホも、持っていた物は何一つ無くなっていた。


荷物はどうしたんだったか、そもそも俺はなんでこんな深い森の中に居るのだろうか。記憶を辿りながら一先ひとまず人の居る所まで移動しようと足を出す…が、道らしい道はない。さっきまで寝ていた場所は傾斜に囲まれており、下を見ればざっと70度程度の急斜面。上は登れないこともないが、それでも普段運動しない自分には到底厳しい斜面ではあった。どうやらここは山らしい…と言うことはここから出るには下山しなければならないが…。


「ここを行くしかないのか…?」


足を踏み外せば無事では済まないだろう。落ちないよう自分の何倍もの背丈がある木に捕まりながら恐る恐る茂みを超えた。


「…そっちは、川。」


後ろから突然聞こえてきた声にうわぁ!と情けない声を上げ、落ちないよう咄嗟に木にしがみついた。なんとか体制を整え安堵しながら声の主を確認しようと振り向いた。立っていたのは小学生…低学年くらいの女の子だった。暗くてよく見えないが、クリーム色のような色素の薄い髪色をしている。子供独特の柔らかそうな髪は少女の腰あたりまで伸びており、ふわりと広がったシルエットのワンピースを着ていた。何故こんな所に女の子が…?


「えっと…君、1人?親御さんは?」


「居ない。」


「そ、そう…迷子?」


「…うん。」


こんな場所に1人?キャンプ中にはぐれたのか?それともまさか虐待…?様々なことを考えてしまう。自分の良くない癖だと思う、やるべき事と関係ない事をずっと考えてしまうのは。思考の海から引き上げられたのは少女がねぇ、と口を開いたからだ。


「え?あ、な…何?」


「私を家に送ってほしいの。」


「あ、あぁ…勿論。」


「約束ね。」


「いいよ、約束ね。」


こんな場所に少女を1人置いて行くことは流石に出来ない。人通りのある所に行って誘拐と間違われたら困るが…。しかしこの少女を家に送り届けて良いのだろうか…?警察に預けた方が良い?しかしそれだと俺が職質される可能性が…。


「行こ。」


再び思考の海に潜ろうとした所で少女が自分とは逆、なだらかな斜面を登り始めた。


「えっ!?ま、待って。登るの?」


「ここだと道もないから…正しい道に戻らなきゃ。」


「正しい道、分かるの!?」


希望だ。この少女は地元の子でよく遊びに来ているのかもしれない!


「分からない。」


がくっ、思わず肩を落としてしまう。俺も分からないし仕方ない。山を下るまでは運と体力の勝負になるだろう…。大人として、この子が疲れたら背負って下りてあげよう。

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