あなた好みのあなたが好き

西園寺 亜裕太

第1話

「じゃあ、キャラクター作成は友野さんにお願いするわね。期限は1週間で頼むわ」

「え、あ、はい……」

同じ部署の荻原主任に言われて、不本意に満ち溢れた感情でわたしは頷く。


会社を社外にアピールできるようなキャラクターという、とってもざっくりとした依頼。わたしが高校時代に漫画研究部に所属していたからという理由だけで託されてしまった。正直、あんまり絵は上手くないのだけれど。部活をしているフリをして、ほとんどお菓子を食べてしゃべって終わるふざけた部活の取り組み方をしていたツケが、こんな形で回ってくるとは……。


「そうそう、これ、新しいタブレットらしいから、使っていいわよ。ちょっとはモチベが上がると思うから」

荻原主任に手渡されたタブレットは、どこからどうみても普通のイラスト作成用のタブレットだった。


「これ、描いたイラストが完成してから喋り出すんだって」

「それに何のメリットが……?」

イラスト作成にはまったく意味を成さない気がする。もっと実用的な機能が欲しい。


「まあ、書き終わった後に、ちょっと喋ってくれると思ったらちょっとテンション上がるんじゃない? 定型分だとしても、自作のイラストに褒めてもらったら、テンション上がるんじゃない?」

「じゃあ、荻原主任がその仕事やります?」

「わたしはお絵描きなんて絶対嫌」

「……ですよね」


結局、わたしはイラスト作成作業を押し付けられてしまった。就活の時に誇張して漫研内で一番漫画制作を頑張ってました! なんてドヤ顔で言うんじゃなかった。漫画は大好きだったけど、恥ずかしかったからろくに描いたことがないのに。


家に帰って、早速わたしは作業に取り掛かる。定時外の業務になってしまうけれど、かといって会社で作業を見られるのは恥ずかしい。酷いのができたら嫌だし。


「とりあえず、無難な絵を描いて、さっさと提出しておけばいいか」

そう思って、どこにでも出せそうな無難な絵を描いておく。教育番組や、お役所のポスターにでも出ていそうな地味な女の子をデザインしてみた。

「こんな感じで良いかな?」

10分ほどで完成させれたし、後は会社に提出して、無難に承認を貰えば良いか、と思っていたら、描いた女の子が話し出した。


「ねー、わたしもっと可愛くならないの? メイクとかしてみたいんだけど」

「え、絵が喋った!?」

驚いたけれど、よく考えたらタブレットの機能で、喋るようになってるんだっけ。


「へー、凄いなぁ」

喋るとは言ってたけど、こんな流暢に言葉を喋るんだ。AIを使うと、こんな凄いこともできるのか、と感心する。


「いや、感心してる場合じゃないわよ。もうちょっと派手な方が好みなんだけど!」

「そんなダメ出しまでしてくるの……? めんどくさいなぁ」

「ダメ出しじゃないわよ。好みを主張しているだけ!」

「好みでもダメ出しでもどっちでもいいけど、あんまり派手すぎるの提出したら、わたしが怒られちゃうから却下」

「意地悪!」


タブレット内の彼女が顔を背けてしまった。動きもするのか、と感心する。それ以降、拗ねて喋らなくなってしまい、なんだかちょっと物足りなくなってしまった。


「……後で戻して良いなら、ちょっとだけなら変えてあげるけど?」

「本当に!? やった!!」

「提出するときには怒られたら嫌だから戻すからね」

「はいはい、とりあえずそういうのはわたしが納得する姿にしてくれてから言ってちょーだい!」

「めんどくさい子だなぁ……」

面倒だから、さっさと作業に着手した。イラストに手を加えているときには、AIは作動しないのかわからないけれど、彼女は何も話さなくなっていた。


「どう、これで?」

彼女の容姿を変えてみた。小学生向けの小説の表紙とか、そういうのに出ていそうな女の子にしてみる。パッチリとした目にして、少し頭身をあげてみた。


「だいぶ可愛くなったけど、なんか子供っぽいかも。わたし、もうちょっと大人よ?」

「さっき生まれたばっかりじゃん」

わたしが彼女を描き始めたは数十分前だから、まだ生後1時間も経っていないのではないだろうか。

「それでも大人なの! 人間の常識に当てはめて考えないで頂戴!」

はいはい、と適当に流しながらもうちょっと頭身をあげて大人っぽくしてみた。


「これでどう?」

「せっかく自由にできるんだったら、もうちょっと胸大きくしてよ」

「注文多くない?」

「別にタダで変更できるんだし、良いでしょ」

「定時外だから、確かにタダだけど、わたしの労力はかかってるよ」

「それは知ったことじゃないわ」

真面目な顔で言われてしまった。知ったことにしておいてほしいなぁ。不満はありつつも、一応彼女の希望通り胸を大きくした。


「あと、髪色はブロンドにして、髪型もフワッと巻いて頂戴」

「なんかだいぶ萌えに寄せてる気がするけど……」

でも、その方が可愛くなりそうなのは確かだし、何よりこの子が喜んでくれているのを見るのが楽しかった。とりあえず、彼女の希望の見た目をメモしてから、作業に取り掛かる。


「どう? これで良い?」

完成した彼女を保存したら、また彼女が動き、話し出す。

「上出来じゃないの! やればできるのね!」


画面内で喜んでいるイラストは、当初描こうとしていたものとは大幅に変わっていたが、パッチリとした瞳に、ウェイブがかったブロンドヘア、それにスラリと背の高い子になり、個人的にはよく描けた気がする。


満足気に微笑んでいるのを見るのが嬉しかった。とりあえず、ものはできたけれど、まだ締め切りまでは1週間も時間があるし、せっかくだからもうちょっと彼女と話してみることにした。


ちょっと絵をかいてみただけなのに、可愛らしい見た目と声で、喋っているところを見ると、かなり愛着が湧いてくる。初めは嫌々引き受けた仕事だったけれど、思ったよりも高性能なAIで、結構役得だったかも。

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