第31話 エレベーター再起動作戦:その後1
『殺したのか?』
成り行きを見守っていたユーゴから通信が入る。
「はい。私たち――いや、ネオンを脅かす存在は取り除かねばなりませんから」
『躊躇、しないんだな』
「撃たれる前に撃たなければ、人は死ぬんですよ」
キセナは自分が例外であることを思い出して、小さく「普通は」と付け足した。
『後処理はスパルタンズどもにやらせる。お前は帰って休め』
「お願いします」
先ほど投げつけた翠の刀身の短刀を拾い上げ、キセナは歩き去る。
☆
(アカデミアの教育の賜物、なのか?)
死体を一瞥もせずに去っていったキセナは異常なのか。ユーゴには判断がつかなかった。
監視カメラで一部始終を覗き見ていたが、それだけでユーゴの心臓は激しく脈打っている。人が血を流し、死ぬという非日常。記録映像では何度か見たことがあったのに、リアルタイムで見ているという違いだけで、息が詰まった。
背もたれを軋ませて天を仰ぐと、額から一滴の汗が頬を伝う。
(こんなことなら、居場所を教えない方が良かったか……?)
知り合いが、目の前でヒトを殺した。実際に出会ってまだ数日しか経っていないけれど、ユーゴが計画を立てている時から情報自体は仕入れていたから、初めて知ってからならもう三年近くになる。
奇妙な感覚だった。
恐怖や不安といった、ネガティブな感情があるワケじゃない。ただ、この世界に無数に引かれた線の一本を、確かに越えたのだという感覚。
己の価値観、あるいは認識の変容を感じていた。
一度、大きく息を吐いてから、ユーゴは立ち上がった。
(
ユーゴが常駐するチームの拠点は、スパルタンズアジトの地下区画に位置する。
その中でユーゴが居たのは、ガレージとは長い直線通路で十分に隔てられた、こじんまりとしたコントロールルーム。大量のモニタと幾つかの大型端末が並んだ部屋だ。
スパルタンズの生活区画はそれより上層、もともと利用していたところを継続して使わせている。
コントロールルームを出ると、通路の遥か先のガレージから、チカチカと光が漏れ出ていた。近づけば、モーター音や金属の加工をする音が聞こえる。
(誰かいるのか? あとで見に来るか)
ユーゴはスパルタンズに会いに……ではなく自室に運び込んだPCの前に。チームヘリオスの面々の部屋は、ガレージとコントロールルームの間のスペースに用意されていたが、今のところユーゴしか使っていない。
PCからスパルタンズの依頼を済ませ、ユーゴはガレージへ。
そこにはあくせく働く2RSの姿があった。
「ネオンか?」
『アルゴん、ごめん起こしちゃった?』
「いや、それより何をしてるんだ?」
『ビーム兵器見たら居ても立っても居られなくなっちゃってさ、少しでも何か作れないかなって』
ガレージの床の一区画は、製作に使うのだろう機材と材料、そして加工済みの部品などが規則正しく敷き詰められていた。多くは掌に収まる程度のサイズだったが、けっこう広範囲にお店を広げていた。面積はおよそ、さっきまでいた個室と同じくらい。
「何を作っている?」
『作戦が失敗したからARS用には作れないけどさ、2RS用と――人間用なら、設備があるからね』
2RS用か、と見回すと、動いている2RS以外の姿が見えなかった。
嫌な予感がした。ユーゴは焦って2RSを探す。広げられたパーツを迂回しながら、ガレージ全体を隅々まで眺める。
「なあ、他の2RS、どこいった?」
『ここ』
ネオンが操る機体が指したのは、足元だった。
「分解したのか」
『キセのんにぶっ壊されちゃったし。他に材料もなかったしね。いやでもこれとか直したんだからね!?』
そう言ってネオンは、自身の胸辺りを親指で示す。
よく見れば、胸部装甲だけ他と色が違った。
「はははっ」
ユーゴはふと、自分が問題なく話せていることに気づいて笑った。
相手は人間と同じ背格好で、人間と同じ仕草をして、動かしているのは人間であるにもかかわらず、見た目が2RSというだけで自然に話せた。
不思議なものだ。
急に笑い出したユーゴを見て、ネオンも首を傾げて不思議そうにしている。
☆
「どうでしょうミスターQ。僕はお役に立てましたかね?」
『なんだ、ミスターQって?』
コウジ・イシジマが操作室で通話している。
正面ディスプレイは暗く『SOUND ONLY』と表示されている。
「名前より、そっちの方が良いでしょう?」
『それもそうだな』
「僕としては、今後ともあなたのお手伝いがしたいのですが」
『俺の? それとも、ミスターQの?』
「どちらもです」
すべてはこの瞬間のためだった。ミナト・クゼの動向を探り、関与すると思しき依頼を見つけ、その監督員となって近づいた。当初はミナト・クゼと監督員になると予想していたが、相方がカグ・ヒナゲシだったため問い詰めた。何も知らなそうだったから、監督の傍らでミナト・クゼが使用していそうな操作室を片っ端から捜索して、見つけて、通話を掛けた。
★
「こんにちは。僕は、現在行われている竜骨結晶定期採集依頼の監督員、コウジ・イシジマです。突然ですが、僕に、あなたのお手伝いをさせていただけませんか? あなたが何をしようとしているのかは、正直わかりません。ですがカグ・ヒナゲシ、もっと言えばシルトの機体を利用して、秘密裏に実行したい何かがある、でしょう?」
沈黙は、聞くに値するという評価だと考え、口を動かし続ける。
「シルトの利用方法はセンサー、それも光学センサ、つまり目ですね? 調べる、探す……というのは後で依頼の受注者視点の映像を解析すればいい。必要なのはリアルタイムな映像を届けてくれる目だ。それが必要なのは、リアルタイムに干渉する必要があるから。それも、今ダイブしていなくて、エレベーターも使っていないということは地表に落ちている機体に直接アクセスしたか、あるいはそもそも地表に居ないか。ただ地表の機体にアクセスしているなら、わざわざ地表にシルトという目を送り込む必要性は薄い。つまりあなたは空の上にいるんだ」
喋りながら、考える。
「あなたの射撃技術は神がかっていますからね。地表にスポッターが居れば、そいつにスポッターの自覚が無かったとしても、あなたは空から狙撃できるんでしょう。何を? もちろん、地表を闊歩する敵性生物じゃあない。敵性生物相手なら、わざわざ一般向け依頼のタイミングでコソコソ動くのは不自然だ。関与すら隠すということは……相手は人間、言ってしまえば裏切者というワケだ。依頼に参加した何者かが、有住グループ、あるいは有住グループ内の誰かの敵、といったところですか。その裏切者の目的は、地表に降りるタイミングでなければ達成できないコト。何かを地表に降ろすか、あるいは何かを
段々と、頭の中で情報が繋がってくる。
「そういえば聞きましたよ。最近、ネオ・アイチの街で相当キマるドラッグが広まり始めているそうですね。アルケー産物質はどれも人間にとって極めて有害ですが、同時に非常に優秀な物質でもあります。有害だけど、キマる。ドラッグの性質とよく似ている。裏切者はドラッグの原料を地表で集めるために依頼を受注した。数ある依頼のなかでも月に一度の竜骨結晶が選ばれたということは、まさかドラッグの原料は竜骨結晶――アルカエストですか?」
『オーケー、わかった。合格だ。そこまでわかってるなら、手伝ってもらうぜ』
「ありがたき幸せ。もう怪しい機体の目星はつけています。そのうち一体の行き先には、カグ・ヒナゲシのシルトに向かってもらいました」
『へえ、アイツが素直に言うことを聞いたのか』
「おや、お知り合いですか?」
『おっと、そうだった』
こうしてコウジはミスターQ――ミナト・クゼに取り入ったのだった。
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