第25球 新戦力
「思い出した。アンタ、あの時の……」
「万引き専用の下僕を奪われた復讐だ! この〇〇豚が!」
以前、九家学院の生徒が、ある不良グループに脅されて万引きさせられていたのを桜木さんが、止めたそうだ。その不良グループのリーダーが桃野小春。
「まずは土下座しな」
「わかったよ」
「桜木さん!」
「よぉー? オタクは黙ってろや!」
「ぐっ!」
桃野小春に言われて、桜木さんが土下座を始めたので、僕が止めようとしたら、白髪の男にお腹を殴られた。
「ごめんなさいは?」
「アタイは何も悪いことはしていない……ぐッ!」
「こんなことやめてください!」
「だから、黙ってろって言ってるだろって、んなぁっ! 放せ」
土下座して頭を下げている桜木さんの頭を踏みつける桃野小春。それを止めようとした僕をもう一度白髪の男が殴ろうとしたが、拳をよけて手首を強く掴んだ。
「放せコラッ、〇すぞ!」
「君たち、やりすぎだ」
体を鍛えていない男の力は、僕より全然弱い。この白髪の男をぶっ飛ばして、イチかバチか喜屋武さんの方に駆け寄るくらいしかこの状況を打破する手段が思い浮かばない。
その時『ピリリッ』と桃野小春の仲間のひとりのスマホが鳴って、仲間の不良女子が電話に出た。
「え!? 小春!」
「なんだよ、今、取り込み中なのが見えない?」
「違っ、私たちライブ配信されてるって」
「はぁぁぁぁ!?」
──今だ!
桃野小春と他の女子たちの注意が逸れた瞬間、白髪短髪の男を足をかけて転ばせて、喜屋武さんの元にダッシュした。驚いている不良女子を両手で突き飛ばして、喜屋武さんを確保する。
「誰が撮影してやがる!」
「フフッ、ボクじゃないよ」
桃野小春が僕らを順に睨むけど、誰もスマホを手にしていない。一番うしろで黙って見ていた水那さまも両手を上げて、ライブ配信していないことを証明してみせた。
「撮れ高はバッチリなのだよ」
「テメーはさっきの……」
──三ツ目夢寐。
僕たちが入ってきた入口から、顔と3台のスマホだけを出してこちらに向けている。スマホはカメラ部分が重ならないようにトランプの手札のように器用に持っている。桃野小春の問いにニヤリと笑いながら答えた。
「キシシッ、ワイは最初から嘘つきネキを疑っていたのだよ」
ネキとは、若者の間で使われる言葉で「姉貴」という意味。この場合、桃野小春のことを指している。
「PikPok、MyTube、ウィンスタ……3台同時配信で、約5,000人くらいの人間が視聴中なのだよ、この意味、わかる人?」
「フフッなるほど……監禁、暴力、公衆の目。正当防衛が成立するね」
「その通りなのだ」
水那さまが三ツ目夢寐の問いに答えると正解だった。
「それじゃあ?」
「手加減して制圧すれば、法的には問題ないのだよ」
「なるほど、ソイツは助かるね」
ボキボキと拳を鳴らして、桃野小春に向かい合う桜木さん。
「お前たち、スマホを奪え!」
「テンメェェェエ!」
桃野小春の指示で、3人の不良少女が三ツ目夢寐の方へ殺到する。それと同時に拳にメリケンサックを握った白髪の男が僕に襲いかかる。
「水那っち、後は頼んだ」
「フフっ、3人とも可愛がってもよかったのに」
さっきロープで縛られていた喜屋武さんが、三ツ目夢寐に向かおうとした不良少女のひとりに背後からぶつかり、プロレス技で腕を極めた。水那さまは、「どけぇぇぇ!」と殴りかかってきた女子ふたりを長い足でお腹に蹴りを入れてその場で屈ませた。
「雑草を見くびるなぁぁぁ!?」
「うぶぇふっ!」
僕の方は白髪の男の拳を再度掴んで、頭突きで気絶させた。
「さて、どうする、桃野ちゃん?」
「はっ、放せ!」
桜木さんが桃野小春の襟をつかんでいる。拳を振り上げ、桜木さんを何度も殴ろうとするが、桜木さんって身長が高い上にリーチも長い。すこし仰け反るだけで桃野小春の拳を避けている。
「いだっ、やめ、い゛あ゛」
「ご・め・ん・な・さ・い、は?」
「ぼめんなだい゛」
桜木さんが、素早く何度もビンタをすると、桃野小春は泣きながらあやまった。
「まったく……これに懲りたら、二度とウチらに手を出すんじゃないよ」
桜木さんはため息をつきながら、戦意を失った桃野小春を突き飛ばし、喜屋武さんや僕たちに目で合図をして、この建設中のホテルから立ち去った。
その翌日。
「紹介します。留年間際にようやく学校に出てきた三ツ目夢寐さんです」
「キシシっ、よろしくなのだ」
放課後、野球部の部室で月が野球部メンバーに紹介した。月と火華の同じクラスで、入学式以降、動画制作に夢中になって家に引きこもっていたが、これ以上休んだら留年になると先生に脅されて、しかたなく学校に通い始めたらしい。
それは、わかったけど、なぜ野球部に?
「野球部って、ネタの宝庫だから入るのだ」
たしかにこの学校でいちばん話題性のあるのは野球部で間違いない。
昨日、自宅に帰った後、あのホテルでの出来事が動画で拡散されて、バズってしまった。特に僕の「雑草を見くびるなぁぁぁ!?」がトレンド入りして、一気に有名人となってしまった。ミーム化されて、戦闘系アニメの音源として、さっそく僕のセリフを言うキャラの動画ネタを制作する強者まで現れ始めた……。
朝、西主将と僕、桜木さん、水那さま、中条先生の5人が校長室に呼ばれて、こっぴどく叱られた。でも、夢寐が動画を撮ってくれていたおかげで、正当防衛が証明されたので、部活停止などの処分は免れた。
ちなみに夢寐は、合計登録者数10万人の人気配信者で、これから野球部の広報担当兼選手として入部するらしい。家に引きこもり気味なのに運動神経は抜群で、今日の体育の授業ではバレーで火華と同じくらい動けていたと火華本人が教えてくれた。
「アンタ……性懲りもなくまた来るなんていい度胸だね?」
「違うんです、姉さま」
運動場のそばにある空き地に野球部の練習施設が集まっている。木々が邪魔して運動場は学校の外からは見えないが、野球部の練習施設の一部だけ外から見える場所がある。そこから昨日、喜屋武さんを連れ去った桃野小春が覗いていた。
「私、心を入れ替えたんです」
「信じられないね」
「本当です。昨日姉さまに何度もぶたれて悦んでいる自分に気づいたんです」
ぶたれて興奮……。ダメだ。変な方向に目覚めちゃったみたいだね。
「部活が終わるまで待ってます。私をいっぱい
「アタイには変な趣味なんてないよ」
「へぇぇ……いいねキミ。なんかそそるね」
「ややこしくなるから、源っちは静かにしてておくれ」
「SMとは古典的ながら王道な趣向で結構ですな」
「盗撮魔は黙ってな!」
「むわっ、ワイの
うーん、カオス。
水那さまが、桜木さんと桃野小春の会話に割って入って、夢寐もスマホのレンズを向けたけど、桜木さんにスマホを奪われた。
桜木さん大変そう。
大変心苦しいけど、その混沌とした領域に僕みたいな雑草が介入できる余地はまったくない。
夢寐の挨拶も済み、さっそく練習を始めたが、驚くことがいくつも起きた。
「これは……かなりいい感じですね」
「然り、ワイは勘が鋭いのだ」
それは言えてる。
彼女の勘の良さは間違いない。
桃野小春の罠をすぐに見抜いたのは夢寐だけだった。途中で姿をくらませたのも、その後の展開をなんとなく予想していたのだろう。
野球の方も、今日初めてグローブを触ったらしいけど、守備練習で2、3球ボールを受けただけでコツを掴んで、ボールが転がる方向を打つ直前に察知して動き出している。
バッティングも器用で、月のような怪物級の打球反応はできないが、上手にバットにボールを当てている。打率で行けば、火華や林野さんレベルかもしれない。これは思わぬ戦力が加わった。
「大会はDH制があるから、ファーストを任せてもいいんじゃない?」
セカンドの火華が提案した。
女子の高校野球の大会では、男子とは違ってDH制が導入されている。前回の晩稲田実業高校との練習試合では、スタミナに不安のある桜木さんと足が遅い亜土が狙われてしまった。そこで足もそれなりに速い夢寐をファーストに置いて、亜土を指名打者にすれば、守備の弱点をカバーできるんじゃないかという提案だった。
たしかに亜土は身長が180センチを超えているので的が大きく、送球する側はとても楽。だけど足が遅いため、自分の手の届く範囲しか守れないから、どうしても1塁方向の打球に毎回肝を冷やしていた。
「打つ方が楽しい……それでいい」
亜土もその方向でOKだそうで、夢寐はキャッチャー以外ならどこでもいいと答えた。ちなみにキャッチャーが嫌な理由は、頭を使いすぎると眠くなるそうだ。そう言っていたけど、僕もそうだけど、みんな大げさだと思っていたに違いない。
でも……。
「じゃあ、ストレッチをして終わってくださいって、あれ?」
そんなまさかっ!?
夢寐がバッティングケージの中で立ったまま寝ている。
こんなことがあり得るのか?
「ぐぅ~~~っ」
ホントに寝ている。
ボールが飛んできてるのに寝るってどういうこと?
「夢寐、大丈夫?」
「うにゃ、また寝てしまってたのだ」
集中しすぎると、突然寝落ちする癖があるらしい。ちなみに集中力は1時間くらいが限界らしく、仮眠を取らないと急に電源が切れたように動かなくなるとのこと。これが治らないようなら、将来車の免許は取らない方がいいかもしれない。
1塁を任せても大丈夫なのか、ちょっと不安になってきた。
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