第24球 不協和音を奏でる来訪者
「志良堂くん、持つの手伝ってくれる?」
「は、はい」
「志良堂さん、昨日の宿題やった? 見せて」
「こちらです」
「
「できるだけ足を引っ張らないように頑張ります」
なにが起きてるの?
オリエンテーション遠足の翌日、クラスの女子たちがやたらと僕に話しかけてくる。僕みたいな地味系最下層の雑草男子に女子が話しかけてくるなんて。
もしかして、昨日の遠足で綱引きとかビーチサッカーで活躍できたのが、よかったのかな?
でも、女子から距離を詰められるのに慣れてないから、ひと言会話しただけでも、すごく恥ずかしい。
「志良堂くん、じゃあね~」
「あ、はい、さようなら」
放課後、鞄の中を整理していると、数人の女子が僕に手を振って帰っていった。
今日だけでクラスの女子の3分の1くらいと何かしら話したかも。
もしかして、こんな雑草男子にモテ期が到来したんじゃ?
「よお、
「ひ、ひぃぃぃいっ!?」
「さてはやましいことを考えてたな? この変態め!」
「ちっ、違うよ、火華!」
隣のクラスの火華、どうしてこの教室に?
「今日、例のデッサンの日だろ?」
「え……あ、うん」
中条先生との取引で、前々回の練習試合を引率してくれた代わりに絵のモデルの約束をしていた件。
「あたしと月は今日、都合が悪いって中条先生に伝えといてくれ」
火華と月は、今日、隣町で行われる祭りの応援スタッフとして行く予定があるらしい。前から決まっていたみたいで、もともと今日は野球部の活動はなしだった。だけど、詳しい事情の知らなかった中条瀬先生が美術部の生徒たちに伝言を頼んだそうで、僕も今朝、同じクラスの美術部の女子からその話を聞いた。
「中条先生に伝えておくよ」
「今日は
もう僕のことは眼中にない。ブツブツと独り言をつぶやきながら、僕の教室を出て行った。──月、大丈夫かな、ちょっと心配になってきた。
「ぬぁぁぁっ、私の
美術室で中条古都先生に月と火花の件を伝えると、頭を抱えて悶絶しはじめた……。
「あらま、じゃあ、アタイらも今日はこれで」
「茉地きゅぅぅん、そんなことを言わずにちょっとだけ、ね? ちょっとだけでいいからぁぁぁ!」
「ちょっ、わかったから離れろって、中条ちゃん。ハァハァ言いながら近づいてくんなよ」
僕も美術室に顔だけ出して今日は帰ろうと思っていたけど、桜木さんと水那さまが、
美術室は授業を行う美術教室と美術準備室に分かれている。準備室の方は生徒が描いた作品や道具などを置いておく部屋で、美術部員は美術教室で部活動をしていて、僕たち3人と中条先生は美術準備室でデッサンをしている。
「今日は天雲ちゃんはいないのかい?」
「そうだよー、茉地きゅん、だからすごく寂しいの」
「六伽は小さくて可愛いから、思わず食べたくなるよ」
「わかるー、あの子は別腹だよね。お腹いっぱいでもペロリとイケちゃう」
なんの話をしてるんだ、この人たち?
桜木さんが天雲生徒会長がいない理由を聞くと、今日は家の用事で部活を休んでいるらしい。水那さまや中条先生の発言は不安しかない。桜木さんが変な道に走らないように僕がしっかり監視しなきゃ。
「でも4人揃わないと、作品のピントがボケちゃうから、今日はこの辺で終わりにしよっか」
30分もしないうちに、中条先生が解散してくれたので、僕たち3人はなんとなく一緒に校門まで帰ることになった。
「あのー大丈夫ですか? どこか痛いところはありませんか?」
ん? 校門を出たところで、なにかやってる。
他校の女子生徒と九家学院の生徒。
ウチの学校の生徒が歩道の真ん中にうつぶせで倒れていて、他校の女子生徒が心配して、その女子生徒に声をかけている。
「どうしたのさ? その子、大丈夫かい?」
「きゃっ! 桜木さま!?」
桜木さんが倒れている子のところに駆け寄ると、介抱していた他校の女子が気が付いて立ち上がり、後ろにさがった。
「アンタ、自分の名前を言えるかい?」
桜木さんが、救命措置のお手本のような対応で、慎重に肩を叩いて意識があるかを確認した。すると……。
「うにゃ……おはよう」
その子はむくりと起き上がり、立ち上がったけど、まだフラフラしている。
「あーごめんなのだ。ワイは1年、
「ここで寝てたのかい?」
「左様、疲れて寝てたのだ」
片目がボサボサの髪の毛に隠れていて、なんだかだらしない恰好。こんな子が同じ学年にいるなんて?
「キミ、頭になにか刺さっているね?」
「うん、あ、ホントなのだ」
手のひらサイズの便せん。なにか書いてあるようだ。
「えーと、
「ちょっと貸しな!」
「あっ、返したまえ」
桜木さんが三ツ目夢寐から便せんを取り上げて目を通す。
「どうしたの?」
「くそっ、美海がさらわれた!」
以前、隣町で不良に絡まれている九家学院の生徒を助けるために衝突した不良グループからの連絡らしい。そのいざこざの時に喜屋武さんも一緒だったらしく、桜木さんへの復讐でこれから約30分後に指定された場所に一人で来いと書いてあるそうだ。
「アタイはここで失礼するよ」
「待ってください、桜木さん!」
桜木さんって、いつも人助けしていてすごいと思う。でも、逆恨みして人質を取るなんて卑怯なことをする連中のところに、桜木さんひとりで行かせるわけにはいかない。
「僕も行きます」
「無茶を言うな、太陽。お前が危ないだろう」
「無茶を言っているのは、キミの方だよ、茉地クン?」
水那さまも桜木さんのことを心配している。水那さまも一緒に行くと言って桜木さんの話を聞こうともしない。
「キシシっ……なんだか面白そうだから、ワイも行く」
「アンタたち……すまないね」
三ツ目夢寐も行くと言い出した。でも、その目は同じ学校の生徒が危険にさらされているのを心配しているというか、どこか楽しそうに見える……。
「あっ、あの!?」
「キミは?」
「桃野小春と言います」
三ツ目夢寐を最初に助けていた他校の女の子。黒い長髪で、すごく真面目そうでおとなしい印象。すこし遠慮がちに僕らに話しかけてきた。
「私、その場所を知ってます」
電車で2駅のところにある隣町のこの場所は、すこし郊外にあって住宅街と商業施設が混在している。駅から数分歩くと、便せんに書かれていた建設途中の建物に到着した。
この建物は、ホテルができる予定だったが、施主の企業が資金不足で倒産し、今は引き継ぐ会社もなく、工事が1年以上もストップしていると、この街に住む桃野小春さんが教えてくれた。
「小春、ここまで案内してくれて助かったよ。今度、礼をさせておくれ」
「そんな!? 桜木さま、私もお供します」
ここに来るまでの間に桃野さんが桜木さんのファンだと聞いた。なんでも、桜木さんは別の場所でも人助けをしたらしく、そのカッコよさに憧れて、九家学院に通う桜木さんを調べたらしい。
「わかったよ、でも危ないと思ったらみんなすぐに逃げな?」
いや、桜木さんも危ないから。
もし、彼女のきれいな顔に傷がついたら大変だ。何があっても彼女を守らなきゃ……。
「って、あれ? 三ツ目
「さっきまで一番うしろについてきていたよ」
僕が最初にいないことに気づき、水那さまが、先ほどまでいたと教えてくれた。やっぱり怖くなって帰っちゃったのかな?
それにしても、あの目が気になる。まるで、演劇を観ているような傍観者の目……。九家学院に入学してもう1か月近く経つが、彼女が1年のどのクラスの子なのか全然思い出せない。あんなに個性的なのに
工事中の建物のまわりは囲いがされていた。裏の方に回るとメッシュフェンスの扉の鍵が壊れていたので、建物の中に入れた。
工事中の建物のコンクリートの部分はしっかりできているけど、窓や内装はまだない。2階、3階と階段を上っていくと、お菓子や飲み物の空き容器がゴミとして散らばっており、ここを巣にしている連中がいることがわかる。
「おい、そこで止まれ!」
最上階にはレストランができそうな広い部屋があった。
その真ん中には椅子に縛られた喜屋武さんと、明らかに不良っぽい女子が3人。さらに、目がどこかにイッちゃっているヤンキー男子がひとり立っていた。
「美海!」
「ごめん、茉地っち、ドジ踏んじゃった」
「ひとりで来いって書いてたのに、なにしてんだよ?」
髪を真っ白に染めて、頭に蛇の模様が入った短髪の男。今どきめずらしい学ランを着ている。
「アタイを好きにしろ、その代わり美海を放しな!」
「バカじゃねーかお前? 指図できる立場だと思ってんのか?」
一歩前に出た桜木さんに男が近づいて、拳を作った。
「ぐぅ!」
「太陽!?」
「動かないで」
桜木さんの前に出て、白髪のヤンキーに殴られた。桜木さんが頬を殴られた僕に近づこうとしたが、片手を出して止めた。
「なんだテメー? ビクついてじゃるねーか、雑魚が!」
その通り、本当に怖い。足が震えてて、力を抜いたらこの場に座りこんでしまいそう。
でも女性が暴力を振るわれようとしているのを黙って見過ごすわけにはいかない。
「喜屋武さんを放して僕たちを帰してください」
「はぁぁぁ~~~? なに言ってるの、ボク?」
喜屋武さんのそばに不良の女の子がひとり立っている。手に武器のようなものは持っていないが、隠し持っているかもしれないから、迂闊なことができない。桜木さんもそのことを理解している。
ここで彼らに手を出すわけにはいかない。喧嘩になったら、事情を知らない学校側が僕たち野球部を活動停止の処分にしかねない。そんなことになったら、一生懸命頑張っているみんなに申し訳ない。
「うふふふっ」
え……桃野さん?
僕の横を通り過ぎて、白髪不良の横に立った桃野小春さんは、自分の髪を掴むと、黒く長い髪が床に落ちた。ピンク色のショートボブの地毛をしている。
「アンタは……?」
「ばぁぁぁーか、私がお前をここに呼んだんだよ」
どうやら桜木さんも桃野小春の変装前の姿に見覚えがあるようだ。
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