第19球 練習試合(晩稲田実業高校戦3)


 桜木さんが次に投じたのは膝近くを攻めるインロー。

 それも枠の角からすこし外れた絶妙な位置。


 それでも名門、晩稲田高校の4番打者はしっかりと合わせてきた。彼女を打ち取るには、スピードを抑えた今の投げ方では難しいかもしれない。このコース・・・・・以外は・・・……。


 バットがホームベースにぶつかり、跳ねた。その間にボールは西主将のキャッチャーミットに収まり鈍い音を立てた。


 なんとか三振を取れた。

 相手の長いバットを逆手にとってみた。

 うまくいったけど、次の打席では今のコースは通用しないだろう。苗代がすこし後ろに立つだけで済む話だから。


 5番、6番の打者に球数を結構使ってしまったが、なんとか打ち取れた。


「2度も成功すると思うなよ!」

「フフッ、それはどうかな?」


 3回の表、1番の水那さまに打順が回ってきた。


 セカンドやサード、ショート、ファーストが前進守備をしている。どこに転がしても水那さまの俊足でもアウトになってしまう。


 球子は打たせるためにあえてど真ん中にストレートを投げた。


 水那さまがバントの姿勢を崩さないのをみて、守備陣がさらに前に詰めてきた。


 ゴッと、水那さまがバットを押し出すと、前進しすぎていたショートの頭上を越えた。


 後ろに下がっても、前に出ても出塁を止められないのはさすが四天王のひとりだと思う。


 1回の攻撃と同じように3塁まで盗塁を決める水那さま。相手ピッチャー、球子は水那さまの盗塁を警戒しすぎて、ホームスチールされないかと意識が3塁に向いている。


 その隙を衝いた火華のセーフティーバントが成功した。3塁側へ転がし、水那さまがホームに帰ってきたところで、サードが焦って1塁に悪送球。火華はさらに2塁まで進んだ。


 3回表、スコアは2対0でノーアウトランナー2塁。バッターは縦スライダーを簡単に打ち返した3番の月。


「月ちゃん、さっきのは偶然だよ……ねっ!?」


 球子が月に語りかけながら縦スライダーを投げた。月以外まだ誰も捉えることができない魔球をまたも涼しい顔で打ち返した。1塁ベースを回り込むようにボールが逸れてフェアになった。長打コースにボールが転がったため、火華が2塁からホームに帰ってこの回でさらに1点が入った。月は2塁まで進んで、ノーアウトランナー2塁、3対0とさらに点差が開いた。


「くそー、月ちゃんヤベー、でも好き」

「球子!」

「QCって呼べって言ってるだろ、結都莉!」

「落ち着け、4番以降は怖くないから」


 1巡目を終えて、注意すべきバッターは誰かを相手キャッチャーは見極めたらしい。


 4番の亜土は当たれば、超長距離確定だけど、タイミングが合っておらず、バットがボールに当たる気配がない。


 現に2打席目も伸びる球に翻弄されて、ライト方向へフライを上げてしまった。


「オーライ、オーライ……あっ」


 ただのフライだったが、打球がいつまで経っても落ちてこない。ライトの選手が浮き上がったボールを見上げながら下がっていくと、背中がフェンスに当たって驚いた。そのままボールはライトスタンドに吸い込まれていった。


 亜土の2ランホームランによる追加点。

 亜土は、ダイヤモンドを一周した後、お腹が空いたのか、ベンチに戻るとすぐにスナック菓子を開けて食べ始めた。


「ヤベーな、トラックに轢かれちまった気分だぜ……」


 球子がすこし青ざめた顔で亜土の方を見ながら話しかけた。亜土はお菓子に夢中で球子に気づいていない。


 まあ、その気持ちはわかる。

 亜土のホームランは、確率は低いが当たると相手にとっては致命的。点差が開きつつある今、精神的にもかなり追い込まれているはず。


「でも、次は大丈夫だよな? 先週、俺が完ボコしたヤツだし」


 ──林野さん。

 晩稲田実業藤川球子にやられて一番悔しがっていたが、1打席目はストレートを攻略できずにやられてしまった。


 だけど2打席目は、1打席目以上に気迫を感じるバッティングをしている。


「ちっ、粘ってねーでさっさと、くたばれ」


 フルカウントになっても粘りを見せ、ストライクゾーンを外れた球もカットして全部ファールにしている。


 だが健闘むなしく1打席目と同じ内角高めのストレートを振って三振を取られた。


 西主将は縦スライダーにやられ、7番の安室さんは1球目のストレートの球威に打ち負けてピッチャーゴロであっさり処理された。


「やけに時間がかかっているじゃないか」

「大丈夫ですよ、桜木センパイの球は打たれませんから」


 桜木さんが、マウンド上でぼやいているとセカンドの火華が声をかけた。


 大丈夫かな……。


 晩稲田高校の新庄さら主将のまわりに全員集まって、なにやら話を聞いている。普通に考えたら、桜木さんをどう打ち崩すかのアドバイスだろう。


 しばらくして、ようやく7番バッターが、打席に入った。


 そうきたか……。


 誰も塁に出ていないのにバントの構え。


 サードの林野さんとセカンドの火華がすこし前に出た。極端な前進守備は先ほど水那さまがやったように頭を超える打球を打たれたら、簡単にヒットを許してしまうから。


 1塁側に転がったボールを桜木さんが取りに行ったが、白線の外に出てしまった。


 これは見抜かれたと考えるべき。


 桜木さんが、野球初心者だと相手にバレてしまった。

 それと西主将と亜土の足の遅さも気づかれており、1塁方向のピッチャーゴロを桜木さんに頼らざるを得ないことも。


 もう少し奥に転がってくれたら、火華の守備範囲に入るが、そこまで転がさないように気を付けているみたいだ。


 その後、バントの構えからヒッティングに切り替えるも当てるだけで前に飛ばす気のない打法で10球近く続いた。


 なんとかフェアゾーンに残ったボールでアウトにできたが、次のバッターも同じバントの構えを見せた。


 8番バッターに同じく苦しめられ、アウトにできた頃には桜木さんの球数がトータルで50球を超えていた。


「へへっ、まだまだ削ってやるからな」


 9番バッターはピッチャーの藤川球子。

 彼女の失言で相手チームの本当の狙いがわかった僕は西主将にサインを送った。


「タイム」


 僕のサインをみて、西主将がプレーを止めてくれた。

 高校野球では練習試合でも監督はグラウンドに入れないというルールがある。


 僕はすばやく西主将にサインを送った。

 今のところ、複雑なブロックサインは西主将と控えで記録係の時東さんしか覚えていない。


 亜土と火華の守備位置を入れ替えることにした。

 セカンドを守る火華とファーストの亜土を交替するという苦しい選択。

 ファースト前のエリアを守るためにはこうするしかなかった。


 相手チームの本当の狙いは、桜木さんのスタミナを削ること。


 今は3回で、手抜きピッチングを覚えた桜木さんだが、こんなに走らされたら、試合後半で疲れが出てくるだろう。


 桜木さんのスタミナ切れに備えて、水那さまを控えのピッチャーとして考えているが、まだチームに入ったばかりで、投球の基本すらできていない。もし、控えとして投げるなら西主将に頼むしかない。


 だけど、晩稲田実業高校はベンチメンバーが多数を占めるとはいえ、関東エリア屈指の強豪校。すこしピッチャーをかじった程度の西主将では乱打を浴びるリスクが高い。


 ゲームを再開すると、カウントを稼ぐ前にバントから通常のヒッティングに戻した球子にヒットを打たれた。打球は1、2塁方向で亜土がボールを捕れずライトの浅いところへ落ちた。


 まずいな、揺さぶりまでしてきた。バントシフトがスムーズではないこともバレてしまった。これからは一層厳しい攻撃を防がなければならない。


 ──ここまでか。


 この局面からどう作戦を展開しても、勝てるイメージが思い浮かばない。全国ベスト8の強豪校相手に3回まで無失点で5点リードできただけでも、よく善戦したと後でみんなを励まさないといけないな……。


「太陽!」


 マウンドにいる桜木さんが、大きな声で僕の名を呼ぶ。顔はベンチではなく、ホームに向いていて、親指を上に向けた手を自分の胸にやった。


 任せろって言っている……。


 僕には打つ手がない。西主将にサインを送って、桜木さんに自由に投げてもらうことにした。


 ズドンと西主将のミットが響いた。


 桜木さんの本気の投球。


 相手バッターは2球目まで、あまりの速さに驚いて見送ったが、3球目で振ったものの、振り遅れて三振となった。


 その後、お互いに点が動かないまま6回に入った。


 水那さまのバントは、バントシフトの形を修正することによって、封じられ、他のメンバーはストレートにはなんとか対応できていたが、縦のスライダーにタイミングが合わず、ヒットさえ打てなかった。唯一、月だけ3打席目もシングルヒットを放ったが、誰も後に続かなかった。


 全力投球の桜木さんのボールをまともに弾き返せるのは4番の苗代だけで、その苗代にほとんどストライクゾーンに入れずにフォアボールで歩かせ、他のバッターと勝負して、アウトを取った。


 桜木さんに任せてよかった。


 結局、全力投球の方が相手はボールを詰まらせ、ヒット性の当たりがほとんど出ず、球数の効率も上がり、試合の流れも速くなった。


 その代わり、4回からギャラリーのカメラがずっと桜木さんや月に向いていた。次回対戦時には何らかの対策がされるだろう。


 6回の裏、疲れが見え始めた桜木さんの球に晩稲田実業校の選手たちが襲い掛かり始めた。


 2アウトまでは取れたが、1点を失い、ランナー満塁で迎えたのは4番の苗代。


 これまで初打席以外にまともに勝負をしてこなかった。だけど今は満塁だからこれ以上、歩かせるわけにはいかない。もし歩かせて1点を献上しても後続を抑える力が桜木さんには残っていない。


 勝負に出たが、ダメだった。


 ──満塁ホームラン。


 ボールは空高く舞い上がり、センターの奥のフェンスを越えていった。


 その後、5番バッターをワンシームでなんとか抑えて、5対5のまま最終回の7回攻撃に突入した。



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