エピローグ:一丁上がりね。『闇のアバター』の完成だわ……!

「おやまあ、またこんなところでのんびり空を見ていらしたの……?」

 イグレットの魔女が、くすりと嗤いながらアデルに話し掛けた。

「何か文句でもあるんですか……?」

 アデルはむすっとして答える。


「あなたがあまりにのんびりしているから、可笑しくて……。お気付きでないの?貴方の大切な大切な恋人が、討伐されてしまったと言うのに……」

 アデルは弾かれたように立ち上がる。


「どういう意味だ……?」

 

「試しに喚び出してみては……?」

 

 アデルはむくむくと不安が心に沸き上がってくるのを感じた。

 たしかに一昨日ここで言葉を交わしてから、メリーウェザーの姿を見ていない。

 『狩り』に行けとは命じていなかったはずなのだが。


「“ヴァンパイアの召喚”」

 アデルは、ランサー帝国で教わった召喚術のスペルをそらんじる。


 だが、一向に答える者はいない。


「そんな……」


「“ヴァンパイアの召喚”」


「“ヴァンパイアの召喚”」


「“ヴァンパイアの召喚”」


「“ヴァンパイアの召喚”……!!!」


 アデルは愛しい人の名を呼ぶように、何度も何度も同じスペルを繰り返した。

 涙が溢れ出す。

「嘘だ……!」


「アデル殿下、お察しの通り、メリーウェザーを討伐したのは、あなたの愛しのお兄様、アルバート・ロムルス・リファール。アルバートの第一王子様ですわよ」

 イグレットの魔女が甘く囁くように言う。


「う、嘘だ……!兄上が、そんなことをするはずがない……っ!」


「くす……可哀想なリファールお兄様。優しい優しいお兄様も、あまりに貴方に責められて、耐えきれなくなったのでしょうよ。心優しいお兄様は、貴方に負い目がある。あなたがどこまでも不遇な人生を歩んでいるにも関わらず、自分は楽しく『青春』をしてることに、ね。だからこそ、貴方にどんなに酷いことをされても、ずっと耐えていた。だけど、それも、限界だったみたい。何せ貴方と違って人望厚いお兄様には、彼のことをしたってくれる、大切な仲間達と、優しい許嫁のお姫様がいますからね……!」

 アハハハハハハハ……っ!

 魔女はカン高い声で嗤い続けた。


「メリーウェザー……」

 魔女の言葉も一切頭に入っては来なかった。

 アデルはひたすら愛しい人の名前を呼び続けていた。


「メリーウェザー……」

 アデルは羨ましかったのだ。

 アルバートの王位継承第一位のアルバート・ロムルス・アデルには、輝くほど美しい隣国の姫君が許嫁として充てがわれ、絵に描いたように幸せそうな二人は、心から愛し合っていた。

 アデルには二人が眩しかった。

 心から自分を愛してくれる存在……自分には、一生望めないものだ。

 そんなものは一生、手に入るものではない。


 アデルも一人の男の子として、恋人が欲しかった。

 誰かに愛を囁かれながら抱き締めてもらいたかった。

 それが、どこまでも浅ましいことだとは分かっている。

 浅ましくて、恥ずかしいことだと言うことも分かっている。


 メリーウェザーは闇の眷族で、ヴァンパイアだ。

 彼女は美味なる人間の呪力を啜ることが目的で、自分は弱みにつけ込まれてただ彼女に利用されていただけ。

 本当に愛されていたとは到底思えない。


 それでも、メリーウェザーは優しく愛を囁いてくれた。

 メリーウェザーが傍に居てくれるだけで、耐え難い孤独に耐えることが出来たのに。


「許さない……」


 エドガー・エレンブルグ、クロエ・カイル、サラ・オレイン、ユーシス・クローディア、そして……チネ・リリアナ。

 愛しき兄をたぶらかしたランサー帝国の学生たち、そして、彼らに誑かされて大切な弟を裏切った兄上。


「許さない……。絶対に、許さない……」


 アデルは狂ったように呟き続けていた。


 そんなアデルの黒髪を優しく撫でながら、イグレットは嬉しそうに囁く。


「くす……一丁上がりね。『闇のアバター』の完成だわ……!」

 

 アハハハハハハハ……っ!

 災厄の魔女の嗤い声は、いつまでもいつまでも、ランサー帝国の小さな中庭に響き渡っていた。

 

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