「た、大変だ……!」

 ユーシスが血相を変えて教室に駆け込んできた。

 ある日の、始業前の時間だった。


「どうしたって言うの、ユーシス?」

 最近は、ずっと一緒に授業を受けているサラとクロエの前の席を陣取りながら、ユーシスが言った。


「明後日の、試合のチーム分けが発表されたんだ」

 いつものことだ。

 試合形式の授業が行われる際は、だいたい二、三日前にチーム分けが発表される。


「見てよこの対戦表。教師達の嫌がらせとしか思えない……」

 ユーシスが教師から貰ってきた対戦表には、クロエチームのメンバーと、対戦相手チームのメンバーが書かれていた。

 紺碧 クロエ・カイル

 純白 フレイ・アサル

 翠緑 サラ・オレイン

     対 

 深紅 アルバート・ロムルス・リファール

 純白 ユーシス・クローディア

 褐色 シレン・テティス


――サラも、何度もその羊皮紙を見返した。


「ウソでしょ……。まさか、私達に、ユーシスと闘えって言うの?」

 クロエが真っ青な顔をして呟く。


 もちろん、チーム分けは教師達の気紛れで決められるので、こう言うことがあっても全くおかしくはない。

 ただ、そこはそれ。

 教師達も普段の学生達の行動をちゃんと見ているので、ここまで露骨に嫌がらせ染みたチーム分けがされることは、滅多にないことだった。


「いいじゃない。ユーシスが手を抜いてあげればいいんでしょ?クロエを勝たせたいこっちからしたら、渡りに船だわ」


 サラはわざとそんな風に茶化したつもりだったのだが、クロエは真剣な顔付きで言うのだった。


「いやよ、そんなの。ユーシス、真剣勝負しなかったら許さないから。私は、真っ向勝負で、リファールに勝ちたいの」


 まあ、そう言うよね……クロエの性格を考えたら……。


「参ったね、こりゃ……」


 はあー……。気が重い。地術士のシレンの実力はよく知らないけど、首席の実力を持つ焔術士のリファールとズル賢いユーシスが組んだら、全く、勝てる気がしない。





 そして、その夜のことだった。

 ユーシス・クローディアは、寮の自室の小さなベッドでゴロゴロしながら、明後日の試合について考えていた。

 どうやったら、教師から八百長だと思われずにクロエに勝たせることが出来るだろうか……。

 学院は八百長行為に相当厳しい。

 疑わしいというだけで、容赦なく学年順位を左右するポイントの減点対象とされてしまう。

 だが、クロエとリファールにこれ以上差をつけさせないためには、なんとしてでもこの試合でクロエを勝たせなければ。


 こんこん……。


 その時、部屋の扉がノックされた。


 誰だ……?こんな時間に。


 消灯の時間はとっくに過ぎている。

 怪訝に思いながら扉を開けると、ぬっと長身の男が立っていた――燃えるような赤髪に、深紅の瞳。

 アルバートの王太子リファールだった。

 こいつが訪ねてくるなんて、珍しいこともあるもんだ。

 相変わらず、腹立つぐらいに爽やかな男だな。

 『物語の主人公』とは良く言ったものだ。


「入ってもかまわないか?」

 ユーシスは、有無を言わせない雰囲気のリファールを、仕方なく部屋へ入れた。


 何なんだいったい、こんな時間に……。

 クロエチームとの試合の作戦会議なら、昼間のうちにとっくに済ませたじゃないか。


 ユーシスが狭い部屋に一つだけ置かれている勉強机用の椅子を進めたが、リファールはそれには座らず、壁を背にしてドサッと床に座り込んだ。

 普段の爽やかな王子様には似つかわしくない仕草だ。

 ユーシスは仕方なくすぐそばのベッドのへりに腰掛けて、リファールに向き合った。

 ユーシスを真っ直ぐに見据える深紅の瞳が、冴えざえと鋭い光を放っていた。


「ユーシスおまえ、『変なこと』考えてないだろうな……?」


 ユーシスは全身が粟立つのを感じた。

 タイムリー過ぎる。

 今の今まで、ユーシスはクロエを勝たせる算段を一人悶々としていたところなのだから。


「な、何の話かな、いったい……」

 ユーシスは取りあえずヘラヘラして誤魔化しておいた。


「よくよく気を付けておくことだ。……あんまりおかしなことを考えてると、うっかり手が滑って、君の大切な大切な幼馴染みを殺してしまうかもしれない」

 リファールは、悪魔のように広角を上げて嗤っていた。


「そ、それはいったい、どういう意味かな……?」


 身の危険を感じる。

 爽やかな物語の主人公……?

 前言撤回だ。

 コイツ、ヤバいヤツかもしれない。


「あ、あのさ……みんなやたらと、必死になりすぎなんじゃないかな。あくまで、『試合』だからね?ここは、魔法学校で、僕らはまだ正式な術士免許も貰ってないし、授業の一貫なの、分かってる?首席だろうか、次席だろうが、卒業する時にもらえる免許は大して変わらないんだよ?」

 ユーシスは思わずそう言っていた。


 ユーシスも、サラと同じ考えだった。

 地方の名家の末っ子長男として甘やかされて育って、たまたまサラと同じで、術のスキルを持って生まれたから、サラと一緒に、養成学院に入ってみただけのこと。

 聖術を扱うこと自体は嫌いではないが、そこに崇高な思想などはない。

 カイル家のクロエと言い、目の前のこのヤバい王太子様と言い、この人たち、勝ち負けに命を賭けすぎなんだよ……。


「ククク……あくまで、『試合』か。何を企んでるか知らないが、必死に悪知恵働かせてるお前が良く言うよ。あくまで、正式な術士免許も持ってない学生の授業の一貫だよな。それなら、俺がうっかり学生一人、焼き殺しちゃったとしても、教師達の『監督責任』だよな?」


 コイツ、本気だ……。


 冗談で言ってる顔じゃない。


「れ、冷静になろうか、リファール……?そんなことしたら、大変なことになるよ。君には、立場もあるでしょう。アルバート王国の王太子なんだから、こんな、ランサー帝国のど真ん中で、それこそ君が『変なこと』したら、大問題だよ?」

 ユーシスはリファールの頭を冷やそうと必死だった。


 リファールは身を乗り出してユーシスに迫る。


「ははっ……たしかにそれは、『大問題』だな!下手すりゃ国際戦争だ!」


 ユーシスはたじたじだった。

 すぐにユーシスの背中が狭い部屋の白壁にぶつかる。

 追い詰められたユーシスの顔面のすぐ横にガツンと音を立てて思い切り拳をき立てたアルバートの王太子は、深紅の目を据えてユーシスを見下ろしていた。

 ユーシスは反射的に身体がびくりと反応するのを止めれなかった。

 こんなに狂気染みた壁ドンもないものだ。

 

「ユーシス、お前の行動を一つで、大戦争が勃発するぞ……」

 リファールはドスの効いた声で脅すように言うと、ケラケラと狂ったように嗤い出した。


 は、話にならない……。


 全く話が通じない。

 コイツはやっぱり後先考えない短絡的な『深紅の使い手』の一人なのだ。

 クロエの母親と対峙した時も、これほどの身の危険を感じるような狂気は感じなかった。

 こんなことしたらこうなっちゃうから、止めとこう、と言う普通の人間ならば持っているはずの思考回路が、欠如している人間ほど、恐ろしいものはないと言うことに気付かされたユーシスだった。


 か、勘弁してください……。


 こりゃ、八百長なんか、とても出来そうにないな。

 コイツの目は誤魔化せないだろう。

 正々堂々、クロエと闘うしかなさそうだ。


 ユーシスは、身のほどを思い知らされた気分だった。

 

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