第四章:まさかそれで、友好を深めすぎて、リファがランサーの可愛い女の子達に絆されちゃうようなことがあったら、即刻、婚約破棄してやるけどね……っ! 

――チネ、貴女に、お願いがあるの。


 約二年半前、王太子リファール様とともに、アルバート王国を出発する時、美しい人は、チネの頭にぽんっと優しく手を置いて言った。


「本当は、私も一緒にランサーに行きたい。でも私は、術士じゃないからね……。学院を卒業して、リファールが帰ってくるまで、大人しくおうちで待っているよ」


 シルヴィア・ウッディールは、静かな薄い褐色の瞳を持つ、線の細いたおやかな美人だった。

 青みがかった白銀色の緩やかウェーブの長い髪を、いつも左の肩に流し、パールをあしらった小さな金の星形の髪飾りをいくつも付けて、キラキラと輝かせていた。

 チネの憧れの人だ。

 その儚げな見た目とは裏腹に、性格はさっぱりとして明るく、キラキラとした星の光を振り撒くように、周囲の人を照らしてくれる人だった。


 シルヴィアは、アルバートの王太子リファールのきさきとなるために、天塩にかけて育てられた、隣国コルネイフ王国の末の王女だった。

 明らかな政略結婚のために定められた許嫁だったが、リファールも、シルヴィアの明るい人柄に惹かれているようだったし、二人はとても仲睦まじく、幼い頃から王太子付きのボディガードとしてリファールの近くに侍っていたチネからしても、この人になら大好きなリファール様のことを任せられる……そのように感じていた。


「リファのこと、よろしくね」


「もっもちろんでございます!私は、いかなる時もリファール様のお傍を離れず、リファール様をお守りします!」


 シルヴィアはにっこりと笑って


「リファも貴女も強いから、心配の必要はないとは分かっているんだけどね」


 と言ってから、チネの耳元に口を近付けてその続きを言った。


「私が何より気になってるのはね、リファに変な虫が付かないかだよ」


「ええ……っ?」


 チネは思わず声を上げてしまう。


「リファが浮気なんかしようものなら、ぜーったいに、許さないんだから!成敗するのよ、貴女がね!」


 シルヴィアはそんな風に茶化すように言ったが、本当は心配で心配で溜まらないに違いない。

 アルバートの王太子が優れた焔術士だと知って、ランサーの帝国学院に招聘したのは、ランサー帝国の皇帝だった。

 ランサーの皇帝はとても狡賢い人だと聞いている。

 何故わざわざアルバートの王位継承者であるリファールを、帝国学院に編入させたのか、その真意は誰にも明かされていない。

 いったいどんな狡猾な罠が仕掛けられていることか。

 それでも、大国であるランサー帝国からの招聘を断ることは出来ず、リファールは大切な姫の元を離れ、学院卒業までの四年間、二人は離ればなれだ。


「そんな顔しない……!」


 シルヴィアはチネの頬を両手で挟んで言った。


「心配無用だよ。私はランサーの皇帝陛下が、アルバートとランサー、両国の和平のためにされていることだと信じてる。両国の次世代を担う術士の卵達が、いま交流して仲良しになってれば、将来に渡って、南方諸国とランサーの間に、戦争なんて起こらないと思う。リファもそれを知ってるから、進んでランサーに行くことを決めたんだと思うよ」


 シルヴィアは彼女には珍しく、真剣な口調で語った。

 そして、にやりと笑ってその先を継ぐ。


「……まさかそれで、友好を深めすぎて、リファがランサーの可愛い女の子達に絆されちゃうようなことがあったら、即刻、婚約破棄してやるけどね……っ!」


 そして、腰に手を当てて滔々と言う。


「手紙は週一で書いて、リファの様子を送ること!長期休暇には必ずリファを連れて帰ること!リファを狙ってる女が現れたら、撃退すること!……頼んだよ、チネ・リリアナ。これは貴女に与える、大事な大事な特命だよっ!」


 茶化すように言いながらも、綺麗な褐色な瞳に真剣な色を宿している大切なご主人様の許嫁に、チネは胸に手を当ててお辞儀しながら誓った。


「仰せのままに、王女様。リファール様は、わたくしが、命に替えても、お守りします!」

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