クロエは立ち上がって、慌てて周りを見回した。

 夢でも見ていたようだ。神様の遣いは煙のように消えてしまった。


「アルファトス……」


 クロエは確かめるようにもう一度呟いた。


 どうにも消化できない気持ちを持て余して、途方に暮れたように涙を拭った。

 まだ胸がドキドキしている。


「クロエ……!こんなとこに居た……っ」


 クロエはハッとした。

 サラがブツブツ言いながら近付いてくる。


「もう、探したんだから……!心配するじゃない。一人で泣いてるのかと思ったんだからこっちは……って、」


 サラはクロエの目の前に立って、クロエの全身をためつすがめつして言う。


「どうしたの?クロエのそんな、魂が抜けたみたいな、ボーッとしたような顔、初めて見るんだけど……」


「な、何でもないのよ……っ。寮に、帰るわよ!」


 クロエは首を数回横に振るわせて、煩悩を捨て去ろうと、足早に歩き始めた。

 そんなクロエの姿にますます目を丸くするサラだった。


「ち、ちょっと、待ちなさいよー!なんか、物凄く変だよ、クロエ……っ!」


 サラは慌てて追い掛けてくる。


 サラにだってこんなこと言えない。

 術の勉強をするために入った学校で、こともあろうに、ほとんど初対面の相手にファーストキスを奪われて、アワアワしてるなんて……!

 な、なんて破廉恥な……っ!

 何を考えてるの、私ったら。

 こんな、煩悩、捨て去らなくては……!絶対に……っ!


 心の中でそんな風にブツブツ言いながら、アルファトスにもう一度会うためにはどうしたらいいのだろう、などと、完全に恋する乙女になって、煩悩に支配されそうになっているクロエ・カイルだった。




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