対戦チームの三人と対峙する。


 アルバートの王太子様リファールは、相変わらずの堂々たる主人公っぷりを呈していた。

 燃えるような赤髪に、冴えざえとした深紅の瞳を持ちながら、いつも穏やかで、非の打ち所のない王子様っぷりは、物語の主人公にぴったりだ。

 そして……なおかつ、ランサー帝国学院の七年生でもトップを取ってしまうほどの焔術の実力者なのだから。


「リファールみたいな人が、クロエにはぴったりなのにな……」


「おい、サラ。心の声が漏れてるぞ」


 ユーシスが隣で突っ込む。


「サラ、あなた……そんな話をしている場合?」


 下らないことを言ってるんじゃない、とでも言うようにクロエにも冷たく突っ込まれる。


 周囲のクラスメート達からは、トップチームらしく良い試合を見せてくれ、と言わんばかりの熱い視線を送られている。


 仕方ない。申し訳ないけど、本気、出させてもらおうじゃない。


 リファールチームのアタッカーが焔術、そして、クロエチームのアタッカーが風術――と、言うことは、単純なバトルであれば、焔を扱うリファールに対して盾となる水術士のクロエ。風術を扱うサラの盾となる地術士チネ。

 そこに、それぞれをコントロールする聖術のフレイとユーシス、という構図が出来上がりそうなものなのだが、学年主席で爽やかな王太子様のリファールは、その手を取らなかった。


 前衛に出てきたのは地術士のチネだけだった。


「わたしが、リファール様をお守りします!」


 チネ・リリアナ。彼女もアルバート王国の出身者だった。リファール王子がアルバートからランサーに来た時、ボディガードのように彼に付けられてきた地術士だ。

 サラと比べると、頭二つ分ぐらい小さな身体。栗色のボブに同じ色の瞳。小さな身体で、大好きなリファール様を精一杯守ります、という気概が常に溢れていて、『健気』という言葉がぴったりの、幼女みたいにあどけない雰囲気の女の子だ。


「クロエ、どうする?」


 サラはちらりとリーダーの表情を伺う。


「いいわ、『複製コピー』でいきましょう」


「……了解」


 試合の前には、メンバー同士で、ある程度の作戦は練っている。相手の出方を見て、様々なバトル展開に対応できるように。


「それじゃ、僕はこれだね」


 純白のユーシスが初手を打つ。


「“領域の展開【紺碧・翠緑】“」


 ユーシスの足元から、青と緑のオーラが地面にマーブル模様を描きながら放射状に広がっていく。

 周囲からどよめきが起こる。

 サポート系の術が得意なユーシスの十八番だ。

 任意の色を指定して、その色の消費呪力を半減させる。

 『領域』と言うからには、バトルのフィールド全体に効果が及んでしまうが、今回の場合、対戦相手に紺青の呪力と翠緑の呪力が存在しないので、非常に効果的だ。

 せっかくクロエと同じチームになれたんだもん、そりゃ、ユーシスだって気合い入るわよね。しかも、相手は『ライバル』のアルバートの王太子様ときてる。


「“半神族エルフの強襲“」


 サラは初手から全力を出す。ユーシスが呪力消費を軽減してくれているので、怖がらずに大技を使うことができる。

 巨大な物理系の遠距離攻撃が相手チームのメンバー全体を襲う。


「サラ、容赦ないな……」


「初手からあんな大技かよ……」


 周囲から口々にざわめく声が聞こえてくる。

 健気に身体を張るチネへ、風術の白銀色の刃が大量に降り注ぐ。

 どうも、『ヒール』でごめんね。


「“空五倍子色うつぶしいろの壁“」


 チネはすかさず防御の術式を展開する。

 そんな小さな壁で守りきれるかしら。

 フレイが慌ててチネの壁の後ろに身を隠す。フレイは試合開始直後から、何かの呪文を詠唱し続けている。

 発動に手間の掛かる術、気になるな……なんだろう。

 チネの展開する地術の物理防御壁は鉄壁だが、対戦相手の攻撃力に応じた呪力を消費し続けることになる。

 サラが攻撃力の高い巨大な術を使えば使うほど、チネも大きなコストを支払い続けることになると言うわけだ。


「“盾の強化“」


 本来アタッカーであるはずの焔術士のリファールが、サポート系の術をチネの展開する盾に掛ける。攻撃力の強化や防御力の強化など、単純明快な強化系のサポート術は、焔術士の得意とするところ――にしても、奇妙だ。かなり奇妙な戦い方だ。

 盾の物理防御力が上がり、その分、チネの払うコストも下がる。

 あくまでも防戦に徹すると言うこと……?


「“複製“」

 クロエの詠唱が完成する。


「うわっ、出たよ、クロエ様のコピー……!」


「あれは、やられると分かってても、キツイんだよなー」

 クラスメート達が口々に騒ぎ立てる。


「盾を強化したのは、コピー対策かあ……!」


 術のコピー。七年生では、クロエぐらいしか使えない、非常に高度な術だ。

 クロエがコピー術士と陰で渾名される所以である。

 サラが全力を投じて放った“半神族エルフの強襲“がクロエによって完璧にコピーされる。

 威力は、劣化しない。オリジナルと全く同じ威力のコピーである。

 しかも、恐ろしいのは、クロエが使う“複製“の消費呪力がとても軽いことだ。

 サラが巨大な術を使えば使うほど、クロエチームにとっては『お得』になるということだ。

 術士同士の闘いの場合、先に呪力を使い切ってしまった方が負け、と言うところがあるので、いかに味方の消費する呪力を軽減するかというところが実は重要だったりする。

 繰り返される刃の猛攻を受けて、チネの顔が歪む。


「くっ……呪力の消費が半端ないです、リファール様……」


 そりゃ、そうでしょうね。こっちだって一気に押し切ろうと全力出してるわけなんだから。

 ユーシスの消費呪力半減➡️サラの超強力な攻撃呪文➡️そしてダメ押しのクロエのコピー。この上なく美しく、完璧な連携技だ。

 逆に言うと、この三人だからこそ出来る技だとも言える。


 いくわよ……っ!


「“那由多なゆたの風“」


 クロエは滅多に使わない、自身最高位の風術を放った。


那由多なゆたの風だとおー!?」


「もう、やめてあげてくれーっ!」

 

 観客から悲鳴のような声が上がる。

 こんな術、見たことも聞いたこともない生徒も多いはずだ。

 それもそのはず、消費呪力が大きすぎて、実践では滅多に使われない術なのだから。

 それでも、ユーシスが呪力半減をしてくれているから、安心して使えると言うもの。


 術名の通り、那由多――途方もないほど多くの風が集まったかのような、激しい風切り音を唸らせ、最大火力の単体物理攻撃がチネを襲う。

 盾を展開するチネの褐色のボブが強風にあおられて激しく暴れる。

 これで、チネの呪力が切れれば、リファール達は『詰み』だ。


「くっ……お、重い……」


チネが苦し気な声を上げる。


「えげつねえな……サラ、ただの試合でやりすぎだろう……」


 観客の一人が抗議の声を上げる。

 悪かったわね。私だって、エレンブルグのご長男様に振り向いてもらうために、毎日技を磨いているんだから……!


「“複製“」


 当然、クロエもサラの意図を汲み取って、容赦なくコピーの術を唱える。

 鳥肌モノだ。

 繰り返される那由多の風の猛攻。

 教師達も、舌を巻いて見ていることだろう。

 後期考査のポイント稼ぎにはもってこいだ。


「リファールさま……っ、もう、限界です……っ!」


 チネが暴風に耐え兼ねるように悲鳴を上げた。

 フレイは相変わらず身を縮めるようにしてチネの盾の陰に隠れている。

 その頬を、庇いきれなかった那由多の風の刃の一部が掠め、鮮血を滲ませた。


「さすがに、やり過ぎじゃないのか?」


「止めなくて、大丈夫?」

 心配する生徒達をよそに、審判として見守る教師達から「待った」は出ない。


「おいおい、学年一位のリファール様はいったい何をやってるんだ?」


「防戦一方ね……」


「クロエが可愛すぎて、手を抜いてるんじゃないの……?」


「やっぱりデキてるのかな、あの二人……」

 

 生徒達は、口々に好き勝手なことを言ってくれる。

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