彼女が帝国最強の水術士になった理由

滝川朗

プロローグ: 好きになったって、あっという間に死んじゃうんだぞ、人間なんて 

「はあーーーー……」


「アルファトス、溜め息が漏れてるよ」


「そ、そうか……?それは気が付かなかった」


「悪いこと言わないから、やめときなよ、アバターの人間ヒューマンにガチ恋するのだけは」


「なんでだ……別にいいだろう、そんなことは。お前には関係のないことだ」


 二人の男が並んで座っていた。

 一人は波打つ銀色の猫っ毛を長く伸ばし、健康的な小麦色の肌に、濃紺色の瞳を持つ美青年。

 もう一人は、サラサラの金髪を肩の上で切り揃え、瞳の色は明るい空の色。あどけない少年のような中性的な童顔の、やはり美青年だった。


「だって、好きになったって、あっという間に死んじゃうんだぞ、人間なんて。虚しいだけじゃないか」


「簡単に死んでしまうからいいんじゃないか、分かってないな。『神々の恋愛』ほど詰まらないものはないぞ。千年も二千年も一緒に居てみろ、恋愛感情なんか、湧いてくるはずもない」


「まあ、そりゃあ、そうなんだけどね……」


 スフィンクスの正体を持つ、【紺碧のプレイヤー】アルファトスの隣に、【純白のプレイヤー】熾天使アヴァロンが座っている。

 紺碧と純白は、伝統的に思想の通じ合う色同士だった。純白のプレイヤーアヴァロンは、まだまだ若く経験値も浅い、生真面目な紺碧のプレイヤーのことを気に入っていた。

 そんな、『半神族』の二人が、ランサー帝国術士養成学院の広い演習場の片隅にある小さなベンチに、堂々と座っているのである。人間とは不思議なもので、制服さえ着ていれば、その他大勢に紛れてしまい、たとえそれが見たこともない、人間ですらない存在だったとしても、スルーしてしまうものなのだ。


 アルファトスとアヴァロンは、十代の人間ヒューマンの姿で、学院の制服を着て座っていた。

 二人は物色しに来たのだ。おそらく、西大陸で一二を争う、ハイレベルな術士の卵たちが集うこの場所に。

 そして、アルファトスは数年前から、一人の少女に目を付けていた。しっとりとした長い黒髪の、深い藍色の瞳を持つ可憐な少女だ。


「明らかに、一人だけ呪力の色が段違いなんだ……やっぱり、紺碧の術士は『カイル家』に限る……」


 まるで、お取り寄せのスイーツを選ぶような気安さで言うアルファトスだった。


「性格も、明らかに他の堕落した学生たちとは違う。いつもギリギリまで追い詰められているような、死の瀬戸際にいるような張り詰めた表情が堪らないんだ……」


 アヴァロンは首を傾げた。


「女の趣味だけは、全く一致しないな、君とは……」


 そして、アルファトスの肩をポンッと叩くと言う。


「まあ、君もまだまだ若いってことだよ。まだ二百歳やそこらでしょう。一度痛い目に遭ったら理解することだろうさ……こっちは、九百年生きてるんだぞ。天界を追放されて幾星霜だよ……。早くゲームに勝利しておうちに帰りたいものさ……」


 今回はどうも、出番はあまりなさそうだけどね……。アヴァロンは呆けたように一人の少女を見つめ続ける紺碧のプレイヤーを見ながら思った。


 この世界に人間を造り出した神々は、暇潰しのために、数百年に一度、地上世界の各大陸の管轄ごとに、プレイヤーを遣わしてデスゲームを繰り広げる。

 世界が平和になりすぎると、人間は堕落し、進化が止まってしまう、と、本気で信じている神々だった。たまに混沌に突き落とし、そこから這い上がらせることで、人類に、更なる進化と発展を促すのだ。

 そして、ゲームのプレイヤーを命じられた半神族たちは、勝利を目指して、必死になってアバターとすべき人間を探すのだった。

 一部、純粋にゲームを楽しむプレイヤーも存在するが、いずれにしても、彼らはゲームの勝利を得ない限り、地上から解放されることはなく、自分達のホームである、神々の楽園へ返してもらうことは叶わないのだから。

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