第11話 賊と狼(前編)
"毒病"
これは、とある特殊な毒薬草から採取された猛毒が、人の体内に取り入れられたことによって発生する病。
そして、それはやがて疫病となり、さらなる脅威となって人々に襲いかかる。
「おい、見てみろ。この犬娘、結構可愛い顔してるじゃねえか」
「なのに殺しちまうのかあ。もったいねえな」
「ならお前の嫁にでもするか? 何たって王太子のお手付きだ。箔が付いてるぞ」
「でも身体が貧相だな。こんなの抱いても面白くねえんじゃねえか?」
「わはは! 違いねえ!」
男たちの下品な笑い声が、洞窟の中に響く。
(……貧相でごめんなさいね)
現在、私は手足を縛られ、
「そう言えば "あの人" に頼まれてる薬草はもう摘んだのか?」
「今月はまだだ。あれは新月の夜にしか花を咲かせねえんだろ?
あの人はそんな特別な薬草花に、心底惚れ込んでるみてえだな」
(新月の夜にだけ、花を咲かせる薬草……?)
確か今日、王城の書庫でそんな植物のことが書かれた資料を見た気がする。
名前は確か……
「 "
確か、あの人はそう呼んでたよな?」
……なるほど。
私はやっと、腑に落ちた思いになる。
"
それはN王国、取り分け森と隣接する平地に自生している薬草の一種。
葉と茎の部分を乾燥させ、煎じて飲めば鎮痛の効果が得られる。そのため頭痛薬、あるいは女性の月経痛止めによく使用されるとのこと。
(でも、花の成分のことは何も書いてなかった)
そもそも、新月の夜にしか咲かない花なのだ。目にする時も手にする機会も、そう頻繁にあるものではない。
「花を愛でる趣味ねぇ。"宰相様" はオレたちと違って雅だからなあ」
「ははは、雅なもんかい! あの人はオレたちに、王太子の殺害を依頼してくるような方だぞ」
……なるほど。
一気にパズルのピースが合わさっていく。
(前に国王様の所へ行った時、レオは森の中で賊に襲われたって言ってた。その時の賊は、きっとこの人たちだ。
あと、国王様の代わりに動いてる人って、もしかしてN王国の宰相様ってこと……?)
私は男たちにバレないよう、ゴソゴソと手首を動かし始める。
「というか、お
賊の1人がそうぼやいたその時。
「うぐっ……いきなり目がっ、目がぁっ!!」
薄暗い洞窟の中に、突然激辛唐辛子のような匂いが充満し出す。
「一体何が起こってるんだ?! 周りが何も見えねえぞ!」
そしてまたもや突如、真っ白い煙のような
「まさか、敵襲か?! ゴホッ、ゴホッ!」
男たちが "激辛唐辛子" 成分たっぷりの催涙スプレーと "爆薬煙幕 " に苦戦している中。
「……ぷはっ!
足がもつれそうになりながらも、私は森の中を無我夢中で駆け抜けていく。
(前世の刑事ドラマで見た、縛り縄の解き方講座が役に立つなんて。
それと、護身グッズ、持って来てて良かった。あれでどれくらい足止め出来るかな。
……何とかもう1度、生きてレオに会わないと。彼に話さなくちゃいけないことが山ほどあるもの)
そんなことに思いを馳せて。
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「来たか、宰相よ。
国王は、執務室のデスクに置かれた未サインの書類たちに目を通しつつ、部下にそう問いかけた。
「滞りなく……と、言いたい所ですが、実はアイリス嬢が少々ミスをされたようで」
「ほう? 詳しく話せ」
国王は手もとに視線を向けたまま、宰相の話に耳を傾ける。
「王太子殿下の心を奪うはずが、逆に大変反感を買われてしまったそうです。
友人が言うには、アイリス嬢が城下で少しばかり殿下に我儘を言い過ぎたとのこと」
「ははは。愚甥はどうも、女性の扱い方を心得ておらぬな」
「K王国一の美女をもってしても、殿下は心揺さぶられることがなかったとは」
「ふむ、なかなかに堅い男だ」
口端を上げながらも、国王は書類たちへと滑らかにサインをしていく。
「此度、残念ながら殿下とアイリス嬢が親密な仲になられることは叶いませんでした。
そのため、彼女には我が国の上級貴族の中から使い勝手の良さそうな者を、もう1度見繕う考えでございます」
国王は手を止め、宰相へと視線を移した。
「すべてはこのN王国と我が君、国王陛下の御ために。
私は我が国の繁栄のためには、失礼ながら殿下が足枷になると考え、先日に賊を手配いたしました。
しかし、さすがは我がN王国騎士団の副団長。事はそう上手く運ばなかったようで。
そのため順序は逆となりますが、先にK王国を廃し、その後に殿下のお命を頂戴する形になるかと」
宰相はさらに言葉を続ける。
「これを実現させるためには、K王国に在する友人の助力が必須となります。
少々不敬ではございますが、当初友人が望んだことは、N王国王家に自身らの名を連ねることでございました。
彼らは貴族ではありますか、家の財はそれほど潤ってはいないようでして」
「ほう。それが失敗に終わった今、其方はアイリス嬢を我が国の富裕層家へ嫁がせるつもりでいると。そしてその見返りとして、K王国に毒病を広めることをあの親子に約束させたというのだな?」
「左様でございます」
「愚甥の件はどのように決着を付ける?」
国王の言葉に、宰相はうっすらと笑みを浮かべた。
「友人はアイリス嬢を深く傷付けた殿下に大変憤りを感じているようです。
そのため、まずは殿下お気に入りのあの犬娘を消し、彼の心を乱した上で息の根を止めたいとのこと」
「……なるほど。其方とあの騎士は目的こそ違えど、愚甥を亡き者にしたいという考えは同じということか。
さらには、あのハルカという娘も道連れにするつもりだと」
「おっしゃる通りでございます。まずはひ弱そうなあの犬娘から。
すでに賊らには指示を出しております
国王はペンを置き、その場を立ち上がった。
「相分かった、もう下がって良い。また新たな動きがあれば詳細を報告するのだ」
「国王陛下の御心のままに」
宰相は深く一礼すると、国王の執務室を後にした。
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「今の話、一語一句其方は聞いておったな?」
宰相が立ち去った後、国王は独り言のように、そう言葉を放つ。
「はい」
「すぐに出立せよ」
「御意」
国王の前を、黒い影が素早く通り過ぎた。
それは執務室の窓から華麗に飛び立ち、朧月を浮かべた闇夜へと消えて行く。
「気を付けることだ。今宵、
国王は
その瞳には、城外へと走り去る2つの人影が映っている。
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