第4話 国王


「あの、レオ。私のこの格好は……」


「うぐぅっ! 鼻血が出そうなほどにお可愛らしいですっ!!」




私の手をガッチリと握りつつ、尻尾をブンブン振っているのは、前世に祖父の相棒、もとい私たち家族の愛犬だったレオだ。



「王太子殿下。ルカ殿は貴方の趣味で、 "犬ミミ" を付けていらっしゃる訳ではありませんよ。K王国の人間だとばれないように、言わば変装のためです」



ビシッとそう言い放つのは、レオの秘書官、黒猫獣人のジュジュ。


ただ今、レオと私、ジュジュの3人は、国王の執務室へと歩みを進めている最中である。



「分かっている! だが、姫が愛らしいことに変わりはないっ!」


「分かりました、分かりました。

ただルカ殿の正体を知っているのは、今のところ殿下と僕、そして国王陛下のみ。


彼女の身の潔白が証明されるまで、しろ勤めの者たちには "犬人いぬびとのハルカ殿" として紹介せねばなりません」



確かに道すがら何人もの人たちとすれ違ったので、この変装は正解だったかもしれない。


そんな訳で。私はしばらくの間は犬人のハルカと名乗って、このN王国で生きていくことになりそうだ。



「ルカ殿も、このことをくれぐれもお忘れなきよう」



別にルカでもハルカでも、私にとっては両方が本名みたいなものだし、特に抵抗はない。


私は頷いた後、もう一つ気になることを尋ねる。



「あの、それはそうと、私が国王様にお会いしても大丈夫なものなの……?」



頭に付けられたプードル耳をちょいちょいと触りながら二人にそう問いかけた。


自分で言うのも何だが、隣国の大罪人であり、極悪魔女のレッテルを貼られている私。

そんな者が大国の国王と接触することに問題はないのだろうか。



「姫がN王国を訪れていることは、先にジュジュが陛下へ極秘に知らせている故、問題ありません。事情ももちろん説明済みです」



そう言って、レオが私の手をぎゅっと握りしめた。



「……ただし、姫。陛下の執務室内でも、決して俺の手を離さないで下さい。

陛下からの質問には全て俺が答えます。決して彼に気を許してはいけません」


「わ、分かった……」



何やら急に雲行きが怪しくなってきた。

N王国の国王というのは、それほどに恐ろしい人なのだろうか。


そうこう考えているうちに、執務室前に到着してしまった。




「国王陛下、レオンハルトです」


「入れ」



重厚そうな扉がジュジュによって開かれ、レオと私はゆっくりと足を進めていく。


私たちが中に入ったのを確認した後、ジュジュは扉を閉め、入り口に立った。


部屋の中には、大きいデスクが一つと小さいデスクが二つ、「コ」の字の位置に配置されていた。さらに、デスクの向こう側はカーテンで間仕切りされている。



ちなみに、カーテン手前にある大デスクには書類や書物が山積みになっている。

書物は栞の挟まれているものも多く、N王国の国王はさぞや勉学熱心な方なのだろうと思った。


が。視線に入ってきた書物のタイトルは、どれもえげつないものばかりだった。



『人間の解剖図鑑・男女別』、『毒薬草取扱注意書』、『魔女裁判・自白させやすい拷問方法と器具の種類』などなど他多数。



先程にちょっとばかし盛り上がった、犬ミミがどうとかいった和やかな雰囲気など、ここでは一切なし。


思わず、レオの左手をぎゅっと握りつつ、彼の腕をも掴む。

すると、レオは何故だか急に天を仰ぎ出し、右手で自身の顔を覆い始めた。何やら身体を震わせながら。



「可愛いが過ぎます。すぐさま帰りたい所存です。姫と二人きりで、俺の部屋にっ……!」


「えっ? たった今、国王様の執務室に来たばかりなのに?」



コソコソとそんなことを話していると、「ゴボン」と咳払いが聞こえた。


するとカーテンの向こう側に、誰かが立ち上がったような人影が見えた。

レオが拝礼をしたので、その人影はおそらく国王のものだろう。



「久しいな、レオンハルト」


「城下や国境の見回りのため、1週間ほど城を留守にしていました。

ですが情けないことに、出先で不意に賊に襲われ、丸1日動けなくなっていたのです。


しかし倒れていた先で、ある美しきご令嬢に介抱していただき、無事帰還を果たすことが出来ました」


「ふむ、その令嬢とやらが隣にいる者か?」


「はい。この方がお伝えしていた犬人いぬびとのハルカ殿です。以後お見知り置きを」


「……ほう。例の、お前の姫君か」


「そうです」



隣にいるレオが淡々と私のことを紹介する。私は慌てて腰を折り、国王に向かってお辞儀をした。



「この数年間、儂が寄越した何十人もの花嫁候補に誰一人として興味を示さず、全て冷淡に跳ね除けてきたお前がのう。

余程、その娘が気に入ったか」


「ええ。俺が命をかけて恩に報いたいのはハルカ殿ただお一人だけです。よって、他の女はいりません」



と、レオが突然国王にそんなことを言い出したので、思わずギョッとなった。


私は慌ててレオをかがませ、こそっと耳打ちする。



「レ、レオ。いくら私をかくまうためでも、その言い方は誤解を招くんじゃ……」


「姫、お静かに」



けれど、レオに人差し指を唇へと押し当てられてしまった。



「お前は王太子としての自覚があるのか?」


「もちろん。国を背負った上でハルカ殿を生涯お守りいたします」


「……相分かった。それがお前の答えということか」


「はい。先日に貴方が申された、知人のご息女を娶れという命令も聞けませんので悪しからず」


「なるほど」




……私は、何という現場に居合わせてしまったのか。チラリと、隣のレオを再び見やる。


彼は焦る様子も恐れる様子もないどころか、逆に国王が座する方角を睨め付けている。


花嫁候補たちをお断りしたのは過去の話だとしても、知人の娘と結婚どうとかの話は割と最近のことではないだろうか。



(いくら前世からの縁があって私のことを気にかけてくれてるのだとしても、そんな話しちゃったら国王様と対立してしまうんじゃ……)



涼しい顔をしているレオとは相反して、私の顳顬からは汗が伝い出す。レオには静かにするよう言われているが、ちょっと黙っていられる雰囲気ではない。



「レ、レオ、あの、」



私のことは気にしなくていい。森でも1人でやっていけるから大丈夫だ。


レオにそう伝えようと口を開きかけた時、



「ハルカとやら。其方そなたも覚悟をいたせ」



突然カーテンの向こう側から誰かが剣と共に飛び出して来た。



「姫…………!」



その剣先は明らかに私へと向けられていた。が、レオが私の手を引き身体を抱き込むようにして移動したことの方が、剣が私の身体を貫くよりも一足早かった。


デスクに山積みとなっていた本たちは、見事に総倒れしている。



レオは地に足を付けると、私を抱き寄せたまま剣を抜き、構える。彼の頬には一筋の血跡が滲んでいた。


私は何が起きているのかが分からず、硬直してしまっている。



「ふん、良い受け身だ。さすがはN王国騎兵団の副団長。そんな身のこなしで何故賊に不意を突かれたのか分からぬな。


まあ良い。甥よ、今後はせいぜいお前がその娘を守ってやることだ」



私はやっと我に返り、目前に立っている人物を見やる。その人は狼のような仮面を付けていて、顔貌かおかたちは見て取れない。



「相変わらずやることが派手ですね、国王陛下。いや、伯父上。

貴方に言われなくともそのつもりです」



けれど、知り得たのは彼がレオの伯父であるということ。

レオと同じ立ち耳、頭は白髪だった。おそらくは彼も、犬人いぬびとの獣人。



そう。私に剣を向けて来たのは、国王自身。



「 "ルカ・ヒュギエイア" 。

N王国は手厳しいぞ。我が愚甥と共に、またお命を狙われぬようくれぐれも気を付けられよ」



国王はそうささやいた後、踵を返し執務室の奥へと戻って行く。そして再びカーテンの内側へと消えていった。


するとレオも剣を備えたまま、もう片方の手で私のそれを引き、国王に背を向け歩き出す。



「姫、これで分かりましたね? あの方には決して、気を許さないで下さい」



レオがそう促すが、私は何も言葉が出て来ない。ただただ、彼に従い足を進めているのみ。



「ジュジュ」


「はい、王太子殿下」



入り口に控えていたジュジュが再び扉を開けてくれる。


とんでもない謁見だったはずなのだが、何故レオもジュジュもこんなに冷静なのか……


レオと国王は、普段からこんな剣を向け合う間柄なのだろうか?

それとも、こんな現場になることが初めから分かっていたから……?



執務室を出た後、私たちは元来た通路を歩いて行く。



「ジュジュ。俺に娘を売りつけようとした陛下の知人とやらを割り出してくれ」


「御意」



ジュジュはコクリと頷いた後、すぐさま城の一角にある窓を開け、あろうことかそこから飛び降りてしまった。まるで猫の様に。


ジュジュが城の3階窓から出て行ったことにも驚くが、国王に突然剣を向けられたことがあまりに衝撃すぎた。


背中に伝う汗が全然引かない。



(二人のあの険悪さ……。もしかして、レオの命を狙ってるのって国王様自身だったりする? でも、どんな理由があって、そんな……)



「姫、先程は怖い思いをさせてしまいましたね」



私の冷や汗に気付いたのか、レオが至極申し訳なさそうにそう言葉にしてくる。



「う、うん……さすがにちょっとびっくりした。でも、何とか大丈夫。ありがとう」



さっきは本当に心臓がまろび出るかと思った。

でも、K王国で魔女として追われていた時に、剣やら銃やら弓やら槍やら、さらには松明やら、それらを四方八方から向けられまくっていたので、気持ちが落ち着くのも意外と早い。例えこんな場面であっても。


……慣れとは恐ろしいものである。



(もし、レオの命を狙っているのが国王様だっていうのなら、彼は毒病のことも知ってるはず。……もしかすると、K王国で流行った疫病とも、何か関係があったりするのかも)



解毒剤、もとい大回復薬を作る際に、疫病の元成分ももちろん調べている。

だが原料となった毒草は、K王国には自生していないものだった。



(もし、その毒草がN王国にあったとしたら……)




K王国とN王国。

これは裏で繋がっている者たちがいそうだ。


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