第2話 ワンコな王子
「彼女はK王国ご出身の聖女、ルカ・ヒュギエイア殿だ。訳あって、今日からはこの王城でお過ごしいただくことになった。くれぐれも失礼のないように」
凛とした男性の声が、私の耳奥に響く。
「王太子殿下。お言葉ですが、K王国の聖女と言えば、1年前に祖国に疫病を流行らせ、国を逃亡した大罪人と伺っております」
「口を慎め! "姫" は俺の命の恩人だ。
王国最高峰の名医ですら手を上げた "
「しかし」
「本物の大罪人なら、俺1人の命など森の中に捨て置くはずだ。貴重な神薬を使って治そうなどとは思うまい」
「まあ、確かに」
「……N王国にも不審な輩がいる
「可憐……彼女のお身体からは、殺人級に辛い唐辛子と爆薬のような匂いがするのですが」
「貴様! 姫の匂いを
「いや、僕よりも貴方の方が鼻が効くでしょうに……。
あと、殿下。頬は大丈夫ですか? 何やら引っ
目前で繰り広げられる男性2人の会話。
それを聞いていた私は、思わず自分の腕をくんくんと嗅ぐ。
(うん、大丈夫。臭くない。
でも、この人たちが激辛唐辛子スプレーと爆薬煙幕の匂いに気付いたのってきっと……)
私は視線を上へと上げてゆき、男性たちの
そこには2つの、手触りの良さそうな "モフモフの耳"が生えている。
当然、尻にもフサフサと揺れる "尻尾" 付きだ。
(やっぱり、何度見ても本物。K王国で見つけた資料に書いてあった通り。
この王国の人たちはみんな 、"獣人" なんだ)
数時間前、私は森で毒に
で、親切にも私をこのN王国に連れ帰ってくれた。
と、簡単にまとめればこういうことになる。……まあ、本当は他にも色々あったが。
(あのまま森に図太く居座ろうとしてたけど、今思えばかなり危険な賭けだった気がする……
だってK王国の騎士たちに捕まったら、今度こそ私は魔女として火炙りにされる)
でも。この男性にとっても、他国お尋ね者の私を自国へ連れ帰るなんてことは、厄介事以外の何ものでもないはず。
バレれば隣国の大罪人を庇ったと非難され、ただでは済まないかもしれないのに。
(しかもこの人今、王太子って呼ばれてたよね? ということは、彼ってこの国の王子様?)
私は目前に立つ、王子な彼へと視線を移す。
大きな立て耳にふさふさの尻尾が備わっている。おそらく、属性は "
今はもう甲冑を脱いでいるので、彼の姿形がさらによく分かる。
長身。
そして鼻筋の通った、恐ろしいほどに端整なお顔をお持ちだ。
気になるところといえば、彼の左耳の先端が少し欠けているということ。
つい先程まで甲冑を着用していたし、彼は軍人のような仕事もこなしているのかも。
戦闘で怪我をしてしまったとか?
……いやいや。今は彼の姿形よりも、もっと気にすべきことがある。
私は意を決してこの王子に声をかける。
「あ、あの」
「ハッ! 申し訳ございません! 我々ばかり話し込んでしまって!」
「あ、いえ。私の方こそ、先程は大変失礼を……その、ごめんなさい」
「とんでもありませんっ! 姫に会えた嬉しさのあまり、ついつい感情を抑えきれなくなってしまったのは俺の方です!」
「そう、それ! どうしてあなたは、私のことを "姫" と呼ぶのでしょうか?
それと、あなたとは以前、どこかでお会いしたことがありましたか?」
気にすべきこと。それはこのこと。
森で初めて出会った時も、もちろんN王国に着くまでの道中も、王子な彼は私のことをずっと、"姫" と呼んでいたのだ。
さらに、初対面であるはずなのに、何故だかそうではなさそうな素振りを見せてくることにも。
「私は王族の方と同列の身分の者ではありません。平民出身ですし。
それとも、私が聖女だからそうお呼びになるのですか?
私のことをご存知なのも、K王国の聖女だからですか?」
取り敢えず、思い付くものを全て挙げておいた。しかし。
「えっ……ま、まさか」
私の話を聞いていた男性の眉が、これでもかというほどに下がり、濃褐色の瞳が揺れ出した。
こちらが、え?
私今、何かまずいことでも言った?
「ええっと、あの」
「まさか姫……ずっと、俺に気付いておられなかったのですか……?」
「えっ……ええっと、すみません。どこかでお会いしていましたか?」
「俺、俺ですよ姫っ! 貴女の忠実な従者のっ……!」
「じゅ、従者……?」
私の両肩をガシッと掴み、悲壮な眼を向けてくる彼。
ますます意味が分からず、私は困惑心マックスにして眉をひそめる。
「こちらの世界に "転生" して25年。もう1度貴女にお会い出来る日が来ると信じ、日々の苦しい修行にも耐えて参りました。
俺は一目見たその瞬間から、貴女が "北原 春花殿" であると気が付きましたよ!」
きたはら はるか…… ?
この人今、私のことを "春花" って言った?
男性が自身のショールを外した。彼の首もとにはジャラリとしたチェーンのネックレスが付けられている。
そして、そのチェーンの先端には……
「……ネームプレート? 」
「俺の現在の名は、レオンハルト・ケルベロス。
でも、貴女には "ジャーマン・シェパードのレオ" と言った方がよろしいでしょうか?」
「え……」
「春花殿。ご無沙汰しております」
私はポカンと口を開けたまま、再び彼のネームプレートをガン見した。
ものすごく見覚えがある上、そこに掘られていたのは、紛れもなく前世世界の文字。
"LEO" という、懐かしきローマ字。
「……えっ、え、ええ?! あなたまさか、レ、レオ、なの……?」
「! はいっ……! 良かった、覚えて下さっていてっ……!」
そして再び、ひしっと抱きつかれてしまう私。
視界の端に映った彼の秘書官だという人が、やれやれとでも言うように左右に首を振っている。
いや、しかし。本当の、本当に……?
もし彼の言うことが真実だというのなら、なんという巡り合わせなのか。
"ジャーマンシェパードのレオ"
それは前世、祖父の相棒だった精悍な犬。
私と共にトラック事故に巻き込まれ死んでしまった、私たち家族の大切な "愛犬" ではないか。
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「お父様っ、一体どういうことですの?!
殿下が城下に、何人もの愛人を作っていらっしゃったなんて……!」
ここはK王国の、とある小さな屋敷。
部屋に響くのは、家主の愛娘なる女の声。
「すまぬ、アイリス……私の誤認のせいでお前を傷つけてしまった」
そう話すのは、あの
「何とかして下さいまし、お父様! そんな浮気男の所に嫁ぐなんて絶対に嫌ですわ!
ルカったら、わたくしにそんな情報1つも寄越していなかったわ。
…… 本当に憎らしい。平民だったくせに、聖女に生まれたというだけで国中の者たちからちやほやされて……!」
アイリスと呼ばれた女は悔しそうに顔を歪める。
「父がすぐに、代わりとなる良い男を見つけてやろう。……1つ、
「このわたくしと釣り合う紳士な方で、あのルカが泣いて悔しがるような…… そう、例えば隣国の王太子様とか?」
中年騎士とアイリスは、ギラリと目を光らせる。
「獣人国家、N王国……そこの王太子様がとてつもなく美丈夫な上、かなりの切れ者だと聞いたことがありますわ。
富裕大国の次期国王様というのも魅力的ですわね」
「ふむ……N王国と言えば、あの魔女が身を潜めている可能性が、
奴が妙な薬を使って我々を撒いた所から比較的近い国がN王国だからな」
「それならば是非、わたくしたちもあちらの王国に参りましょう! 王太子様にお会い出来る上、大罪人の魔女も捕らえられるなんて一石二鳥ですもの!」
「下級貴族の端くれである我が家が権力を握るには、アイリス。お前だけが頼りなのだ」
「お任せ下さい、お父様。こんな貧乏生活なんて早く終わらせましょう」
アイリスはそう言って、胸もとから
「この毒が体内に入れば、人々は "毒病" を発症する。その病は人から人へと伝染してゆく、言わば "疫病" のようなもの。
"魔女の策略により、次はN王国でも疫病が広がってしまいました。魔女はあちらの王国でも大罪人の称号を得たのです。
しかし。正しき心の持ち主、貴族令嬢のアイリスは、そんな魔女を根気よく説得し続け、ついにその悪心を改めさせることに成功しました"
というシナリオはいかがかしら?
"そして、アイリスは魔女に大回復薬を生成させ、病に苦しむ人々を治療するよう命じたのです" 、という一文と共に」
「……やはり、お前はK王国一の才女だ。
そうだ、あの魔女を上手く使いアイリスがN王国を救えば、今度こそお前が真の "聖女" になれる……!」
「N王国の王太子様もきっと、このわたくしの美しさと聖女という清き身分に心奪われることでしょう」
2人は顔を見合わせ、ニヤリとほくそ笑んだ。
「見ていなさい、ルカ・ヒュギエイア。
お前の時代は終わったのよ。
このわたくしが必ず、そう遠くない未来にN王国の国母となり、そして大陸の聖女に成り代わってみせますわ……!」
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