捨てられ聖女は隣国の愛犬王子に前世の分まで溺愛される

カヤベミコ

第1話 聖女とケモミミ


「祖国に疫病をもたらした大罪人の魔女、ルカ・ヒュギエイアだな?


このようなおぞましい森の中で、1年もの間雲隠れしおって!  お前を魔女としてK王国に連れ帰り、火炙りの刑に処す!!」




森の中に漂っているのは、鎧が地を蹴る音と薬草の香り。

私は今、絶体絶命のピンチ状態。



「……私は何も罪を犯しておりません。

あと、先ほどから魔女魔女言っておられますが、私は一応、"聖女" として生を受けました」



足もとにぶちまけられた大量のヨモギを拾い集めたいところだが、王国騎士たちに囲まれている今、そういう訳にもいかない。


ああ。せっかくヨモギ団子を作ろうと一生懸命摘んだのに。



「罪を犯していないだと? はっ! 何を言う! 祖国に疫病を広めた悪辣な魔女めが! お前のせいで我が国がどんな悲惨な目に遭ったのか、忘れたとは言わせんぞ!」



声を荒げる髭面ひげづらの中年騎士を見据えつつ、私はゆっくりと言葉を紡ぐ。



「病を流行らせたのは私ではありません。第2王子様の誕生祭の時、神酒の入ったかめに何者かが毒物を混入したのです」


「その何者かがお前なのだろう!」


「だから違いますと、1年前にも言いました」



私は、はあ、と大きく息をつく。



「第2王子様が病を発症されてすぐ、私はその病原を突き止め、回復魔法薬を作りました。


そして神酒を飲まれた方やそのご家族にも薬を配り、治療いたしました。そのため疫病の被害は最小限に抑えられたはず」


「ふん。お前が治療薬を配ったのは、魔女としての権力を誇示するためであろう! 命が惜しくば自身に従えとでも言うように!」



そう言い放った中年騎士をじいっと見据える。するとわずか、ほんの一瞬ではあるが私から視線をずらした。



「ルカ・ヒュギエイア。お前が第2王子殿下の妃になどならず、本当に良かった。代わりにお前の悪事を見抜いた才女、我が娘が殿下のもとへと嫁ぐことが先日決まったのだ。


ガハハ! お前も真っ当に生きていれば、天から地へと突き落とされることもなかっただろうに!」



(……ほほう、なるほど)



王子の婚約者とは名ばかりだったし、相手をこれっぽっちも好いていなかったので全く構わないのだが、この騎士の高笑いだけは気に食わない。なので1つ。



「そうですか。おめでとうございます」



私は懐からハンカチを取り出した。



「ガハハ! 捨てられ魔女め、せいぜい泣き喚くが良い!」


「ええ。喜びに打ちひしがれております。

第2王子様は大変女性がお好きで、城下にも愛人様が大勢いらっしゃるそうです。


でも彼も腐っても王族。なので、結婚となるとその女性たちのと関係は綺麗さっぱり精算しなければならないでしょう?


そんな尻拭い、面倒臭すぎて私にはとても務まりません。なので、代わりにお嬢様にやっていただけるなら大歓迎です」


「……は?」


「彼女には、浮気者の旦那様を持つと苦労されるでしょうがどうぞお気張り下さい、とお伝え下さいね」


「……へ?」


「こちらお祝い品です」


「?! ぐっ、ぐあっ! 目がっ、目がぁっ!!」



私は自作の "激辛唐辛子スプレー" を王国騎兵団に向け、吹き放つ。もちろん、自分の目鼻は先程のハンカチで防衛済み。



「お、おのれ魔女め! ゴホッ、ゴホッ!」



そしてさらに、自作の "爆薬煙幕" を使い、辺り一帯に煙を張り巡らせる。



「こっ、これでは魔女を捕らえるどころか、動くことすらままならないぞ……!」




(それでは皆様、ご機嫌よう)



さて。騎士の皆さんが立ち往生しているうちに、私は隣国近くまで移動するとしよう。


この辺の地理はすでに把握済み。

1年も住んでいるのだから、目を瞑りながらでも目的地まで辿たどり着ける。



「こんな怪しげな薬品ばっかり作ってるから、聖女じゃなくて魔女なんて言われるのかな? まあ、もういっか。何でも」



取り敢えず、逃げるが勝ち。

ちなみに私は今、特に絶体絶命のピンチ状態ではない。




-----




(この辺りまで来れば大丈夫かな。もうすぐそこにお隣の国、N王国が見えちゃってるし)




この大陸には四つの王国が存在する。

それらは東西南北に分かれ、X形に広がる壮大な森で隔てられている。


つまり森は国境の役目を果たしており、森を抜けた平地からが互いの領土となるのだ。


ちなみにだが、母国・K王国は北方に、現在目の前に広がるN王国は西方に位置する国である。



(もしこんな国境ギリギリラインにK王国の騎兵団が来たら、間違いなくN王国との戦争一歩手前になる。そんなこと、ウチの貧乏国家は絶対避けたいだろうしね)




今思い出すと、"日本" は平和だった。


犯罪も少なく、聖女として国を背負う重圧も、魔女だと罵られ迫害されることも皆無だった。



(……それに。隣にはいつも、可愛い "あの子" が寄り添ってくれてた)



そんなことを考え、ついついうつむきがちにため息をついてしまった。

すると、擦り傷だらけの足下が視界に入り込んでくる。



(……結構走ったもんね)



私は近くにあった切り株に座り、腰袋から小瓶を取り出した。そして中に入っている黄緑色の液体を怪我に数滴垂らす。



「 "ヒーリング、傷を癒せ" 」

 


こう唱えると、突然傷口が朧げに光り出す。すると擦り傷だらけだった足が、たちまち元の傷なしの状態を取り戻していった。



(ふぅ、これでよし。日本は平和だったけど、聖女じゃなかったらこんな便利な魔法も使えなかった、ってね)



延々と心の中で独り言を言いつつ、私は "しょう回復薬" の入った小瓶を腰袋へと戻した。


小回復薬は主に擦り傷切り傷といった、小さな傷に使用する。お察しの通り、中、大回復薬も存在し、病状の具合によって使い分けている。ちなみにこれら回復魔法薬も、やはり聖女にしか作れないものたちだ。



小さく息をついた後、今度は空を仰ぐ私。


どうやら本日は快晴のようだ。

生い茂った木々の間から、明るい日差しが何本も降り注いでいる。



(空だけはどこにいても変わらないな……今も、昔も)



私には前世の記憶がある。

昔の私は地球という天体の、そのまた日本という国に住んでいた。


そして今世は、K王国というちょっと財政が怪しい王国に、回復魔法が得意な聖女として "転生" した。18年前に。


だが、1年前にいわれなき罪を突きつけられ、この森へと追いやられてしまった。



(でも、それでもいい。疫病は何とか防げたし、誰も死ななかった。

今までずっと修練と仕事ばっかりだったんだから、この先もしばらくは森でスローライフを楽しもうっと)



しかしそれにも関わらず、こんな暢気のんきなことを考えている私。



(少し休憩出来たし、先に進もうかな。こんな国境ギリギリの所にはさすがに住めないし)



そして、我ながら驚くほどにたくましい。

私は尻についた土埃をパンパンと払い、その場を立ち上がる。



「さてと。南西と南東、どっちに向かって歩いて行こうかな」


「……キタ」


「北? 北だとK王国に逆戻りしちゃう……」



と、言いつつ私は大きく目を見開いた。背中からはヒヤリとした汗が伝い出す。



(ひ、人の声! うそでしょ、まさか騎兵団がこんな所まで追ってきたの?)



私はジリジリと後退りをしつつ、声主を探す。すると……



(?! 誰か倒れてる!)



私がいた場所からは死角となっていた木々の下に、一人の男性が横たわっていた。彼は鎧のようなものを身にまとっている。装備から見て、恐らくは騎士。しかし……



(私を追ってる騎兵団の人じゃなさそう)



そう思った私は、恐る恐るその男性の方に歩み寄った。



(アーメットに描かれてる紋章がK王国のものじゃないもの。というか、この紋って確かN王国のだよね?)



昔、書物で見たことがある。3つの犬頭に蛇尾を持つ、とても雄々しい紋章だ。



「う……」


「そ、そうだ! 紋章の確認じゃなくて、手当て手当て……!」



私だって一応は聖女だ。魔女のレッテルを貼られていようが、怪我人を放っておけるほど無慈悲ではない。



「すみません、私の声が聞こえますか? お話しできますか?」


「…………」



駄目だ。返事がない。


全身を鎧が覆い肌の具合が確認できないため、身体に怪我をしているのか、はたまた別の理由で倒れているのかが分からない。


私は唯一肌が出ているアーメットの隙間からその男性の顔を覗き見る。

すると、唇にうっすらと黒灰色の斑点が浮かんでいるのが確認出来た。



(……なるほど、怪我じゃない。この人はかなり強い "毒" を喰らってる)



瞬時にそう判断し、私は腰袋の中をごそごそと探る。



(これでもう、この "大回復薬" はなくなっちゃうけど仕方ない。この人が死んでしまう方が夢見が悪いもの)



これはちょうど1年前、K王国に疫病が流行はやった際に民らへと配った、解毒を促すための回復薬。の、残り。


私は、その紫色に染まる液体を全て、男性の口の中へと流し込んだ。



「 " ヒーリング、毒を消せ!" 」



そして男性の唇に指を添え、先程とは別の呪文を唱える。すると……



「…………っ」


「大丈夫ですか? 息苦しさ、まだ残っていますか?」


「…………」



男性は無言のまま、ゆっくりと自ら上半身を起こしだす。



(良かった、さすが大回復薬。唇も血色が戻ってる)



男性がアーメットを外し始めたのを見やりつつ、私はほっと胸を撫で下ろした。



「…………貴女は」



男性は私を見るなり目を丸くしていた。

まあ、当然である。こんな人気ひとけのない薄暗く霧がかった森、基本は誰も入りたがらない。年若い女性なんてなおさらだ。


彼にはきっと、かなり不審で変わった女だと思われているに違いない。



……と、考えていたのだが。



「 "姫" …………?」


「……へ?」


「ひ、ひ、ひ、姫ーーーーっっ!」



何故だか、その男性は私のことを "姫" と呼び、



「会いたかった……! ずっと、ずっと貴女を探していたのです!」


「は……? ちょ、ちょっと!」



それでいて、突然に力一杯抱きしめてきて、



「くぅっ……! 相変わらずお可愛らしいっ!!」


「へっ? って、ぎゃああああ!!」



さらになんと、出会ってものの数分しか経っていない私の口もとを、あろうことかペロリと "舐めて" くる。



ものすごく不審で変わっていたのは、

頭にひょっこりと獣の耳が二つ生えた 、こちらの "獣人男性" の方だったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る