12ー1 インフルエンザと一人きりの部屋

 しばらく続いていた雨も降らなくなったが、季節は冬真っ盛りであり、代わりに風邪やインフルエンザと言った流行り病が街を襲う。この日の放課後、生徒会室で業務を行う正太と倫はマスクをしていたが、倫はたまにぼーっとしたり、くしゃみを連発したりと明らかに調子を崩していた。


「倫会長。どうみても風邪を引いてますよ、今日は帰って病院に行って、明日は休みましょう」

「私は……はぁ……はぁ……健康だ! これは……生理だ!」


 そんな倫を案じる正太であったが、倫は頑なに自分が風邪を引いていることを否定する。無遅刻無欠席の皆勤賞を狙っていたし、何より学校を休んでしまえば正太と一緒にいるチャンスが減る。非常に恥ずかしい言い訳をしながらも業務を続けようとする倫であったが、


「倫会長? ……うわ、凄い熱だ」


 正太がトイレから生徒会室に戻って来ると、机に突っ伏してぐったりとしている倫の姿。身体を起こして椅子にもたれさせ、おでこの辺りを少し触ると明らかに高熱を出しているのがわかり、急いで保健室に向かうが既に養護教諭は帰宅しており保健室のドアは開かない。瞬時に学校の近くにある病院の場所を思い出す正太。


「倫会長が高熱を出したんです、僕が近くの病院に連れて行くのでご両親に連絡しておいてください。僕の携帯電話の番号も伝えといてください、病院まで迎えに来て貰う必要があるかもしれません」


 職員室に向かい、緊急連絡先から倫の両親に連絡をするように教師に依頼し、生徒会室に戻った正太は既に意識が朦朧としていた倫を、備品を運ぶために部屋の中に置いてあった台車に乗せる。


「少し恥ずかしいかもしれませんけど、おんぶとかは嫌でしょうし我慢してくださいね」


 そして台車を押して学校を出て近くの病院に連れて行き、インフルエンザであると診断を受け待合室で親が迎えに来るのを待つ、時折ふらついて倒れてしまいそうな倫の横に座り補佐をする。病気がうつっても構わないという正太の漢気に惚れ直す程の正常な判断力は今の倫には無く、脳内に広がるのは自分がおんぶされている姿だったり、お姫様抱っこをされている姿だったり、自宅にお見舞いに来て看病してくれる正太の姿だったりと自分の欲望ばかり。最終的には正太に風邪がうつってくれれば、自然な形でお見舞いが出来るなと、普段の真面目な生徒会長からは想像もできないような邪悪な考えと共に眠りに落ちるのだった。


 ◆◆◆


『正太は大丈夫か? 私のせいでインフルエンザがうつってしまったら、責任を取ってお見舞いするからな』

『僕は至って健康ですよ』


 倫がインフルエンザでしばらく休む事になり、放課後の生徒会室は正太が一人で業務を行うように。今は生徒会が暇な時期という訳では無く、むしろ年末という事で普段より忙しい時期。精神的に弱っている倫が寂しいからと頻繁に正太に送って来るSNSへの返信という業務もあり、この日も生徒会室の中で正太は大きくため息をつく。そんな中、ガチャリと生徒会室のドアが開く。普段サボり気味な他の役員も、倫のピンチで駆けつけてくれたのかと正太がドアの方を見やるが、そこにいたのは生徒会役員では無く、ここ最近生徒会室に上がり込んでいる紅露美であった。


「よっ」

「またか……紅露美さん、僕は結構忙しいんだよ。今は風邪だって流行っているんだから、用が無いならさっさと帰る」

「お前が寂しがってそうだから来てやったんだよ。お前は女の子が前に座ってないと仕事が出来ないタイプだろ?」

「別に今までも、倫会長が剣道部でいない時とか一人で仕事してたから……」


 倫の代わりに正太の向かいに座り、正太が仕事をしているのを眺めながらお菓子を頬張る紅露美に呆れる正太。スマートフォンで倫とやりとりをし、生徒会室では紅露美とやりとりをし、あまり進まなかった業務を前に家に持ち帰ろうかなぁと悩みながらも、正太は紅露美と共に帰路につく。


「んじゃ、またな」


 分かれ道で正太と別れ、自宅へと戻る紅露美。正太と一緒にいた時はニヤニヤとしていた彼女であったが、自宅へ入るとすぐに暗い表情になり、机の上に置かれた千円札と母親からのメモを奪い取ってポケットに入れ、自分の部屋のベッドに転がって大きくため息をついた。


「……スマホは、多分生徒会長とずっとやりとりしてるんだろうな」


 スマートフォンを開いて正太とやりとりをしようと考えた紅露美であったが、きっと今頃は下校時間が過ぎたことで遠慮をしなくなった倫と盛り上がっているのだろうと電源を切って布団を被り、やがて自然と目に涙を浮かべてすすり泣く。


「母さんも寂しいんだろうし、うまく行けば新しい父さんが出来るんだもんな」


 滅多に家で見かける事の無くなった母親を想う紅露美。正太が寂しそうだからという理由で生徒会室に入り浸っていた紅露美であったが、実際に寂しがっていたのは紅露美の方であった。離婚をしてから一人で紅露美を育てるためOLを辞めて夜職をするようになった関係上、今までも平日に紅露美が家で母親と一緒にいる時間はあまりなかった。それだけなら紅露美は耐えることが出来ていたが、最近母親に新しい彼氏が出来たことにより更に母親は家にいることが少なくなり、しかも倫が休んだ事で正太は仕事を優先させ放課後に紅露美とつるまなくなってしまった。紅露美には他の友人もいたが、風邪が流行っているからと学校に残ったり放課後に遊ぶといった行為があまり出来ず、紅露美も正太と一緒にいたいという気持ちが強くなっていたため、倫が学校を休んでいる事をこれ幸いにと生徒会室に入り浸っているのだ。


「……頭がボーっとしてきた。あいつ、馬鹿だから自分の風邪に気づいてなかったんだな」


 しばらくベッドで考え事をしていた紅露美であったが、身体が熱っぽい事に気づく。正太にうつされたのだと言いがかりをつけながら、これから始まるであろう孤独な日々を想像してはむせび泣くのであった。

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