狂い咲く世界でまともな勇者は逃げられない

魅惑のハイポーション

プロローグ

 ボクは死んだ。生前は周防凄ノ真すおうすさのしんなんて名前で呼ばれていたが、生前への未練はボクにとって、一瞥いちべつの価値もなく、死を受け入れることに抵抗はなかった。それなのに、死んだはずのボクは目を覚ましてしまった。自然の摂理に反した非常におかしな話だが、空間と時間を認識し、生物学的に存在している以上、自分が生きているという現実を受け入れるしかなかった。


 目を覚ましたとき、ボクは見覚えのない西洋建築の一室に横たわっていた。それは、映像や写真でしか見たことがないような家屋の一室で、ボクは魔法陣の中心で仰向けに寝かされていた。最初に目に入ったのは、石造りの天井だった。


 ボクを召喚した魔女の説明によると、この世界は西洋文化を基盤とした中世のような文明を持つ異世界で、ボクはそこに勇者として迎え入れられたらしい。この世界では、法学や科学の未発達さが顕著で、その先行きに不安を覚えたことを今でもよく覚えている。


 メタ的に見れば、これはよくある異世界転生モノの導入だろう。ボクは『グラヴシュタロハイム』という王都の国家元首に命じられ、装備を整え、仲間を集め、紆余曲折を経て、魔王と呼ばれる暴君を討ち滅ぼしたのだ。


「勇者スサノシン! バンザーイ! 王都グラヴシュタロハイムに栄光あれー!」


 ボクたちの王都への凱旋は実に華やかだった。正門から城郭までの広場には、真紅の絨毯が敷かれ、その中心には王都の象徴である大きな金色の獅子の紋章が描かれていた。絨毯の両側には楽団が整然と並び、彼らの華やかで荘厳な演奏が、広場全体に歓声と共に響き渡っていた。ボクは、胸の高まりとともに、使命を果たした達成感に満たされたことを今でも鮮明に覚えている。


「勇者スサノシンよ、よくぞ戻られました。あなたの勇気と正義によって、我が王都グラヴシュタロハイムは再び悠久の平和を取り戻しました。魔王を倒し、我々を暗黒から救い出してくれたこと、心から感謝します。あなたの勇気と偉業は永遠に語り継がれることでしょう。さあ、今宵はあなたの勝利を祝う宴を用意しております。盛大に飲み、歌い、笑いましょう」


 玉座の前でひざまずくボクに、グラヴシュタロハイムの統治者である女王陛下は、最大級の労いの言葉をかけてくれた。


 ああ、良かった。これでようやく、血の流れない平和な世界が訪れるんだ――。


 ボクの使命は終わった――。


 服わぬ異端者として、ボクがこの世界から拒絶され、謀殺されるまで残り100日。

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