たった今更新

DITinoue(上楽竜文)

まだ下書き

 僕は、某有名ゲームのお化けキャラクターがデザインされたTシャツで汗を拭いてから、ちらりと隣に目線を投げかけた。

 ――キレイだ。

 学校のきっちりした雰囲気とは一変、黒のTシャツと、ダメージ加工の入ったデニムを穿いて、僕には目も暮れず、あちらこちらの露店に目を回していた。

 彼女は、中学三年生にしては天真爛漫すぎるほどの性格で、学年の男子の三分の一の眼を虜にしているような者だった。

 そんな彼女と生徒会で一緒になった僕は、「お祭り、一緒に行かない?」と軽く誘うとなぜだか了承をもらい、見覚えのある顔から委縮してしまいそうな眼光を受け、身を縮めつつも歩いているのだ。


「そうだ、ちょっとさ、あのお化け屋敷行ってみない?」


「また、僕の予想の斜め上を行く提案だな」

「えーだって、幽霊とハイタッチして一緒に写真撮ったら、みんなに自慢できるでしょ?」

 僕は返す言葉を見つけられなかった。

「あ、もしかしてその顔、お化けに怖がってるんじゃない? ほら、賢いくせにビビりなんだからぁ」

 別にお化けが怖くてこんな顔をしているわけでも無いし、頭の良さとビビりは関係ないとは思ったが、僕はわざとらしく溜息をついた。




「うぅっぅぅぅっぅぅ。タスケテ……」

「っぎゃあああああああああっ?! 誰?! あんた誰?!」

 長い髪で顔を隠した、白装束の女が出てくると、彼女はかすりもしないパンチを繰り出しながら、僕に身を寄せてきた。

 ――結局、可愛いんかい。

 冷静なフリをしつつも、僕の心臓は彼女のクリームパンみたいな手に締め付けられて苦しかった。


 あちらこちらからお化けが顔を出し、そのたびに彼女が悲鳴を上げて僕に抱き着く。

 この時間が永遠に続けばいいのに、なんて思っていた時だった。

 はたと、何も音が聞こえなくなった。

 外の喧騒も蝉の声も花火の音も、空調の音でさえ聞こえない。

「おーい、ちょっと、どこにいんの?」

 僕の声は、一切の反響もせずに、すぅっと萎んでいった。

 手を伸ばしても、何も触れず、その先はそこはかのない暗闇。

「おーい、おーい」

 何かがおかしいなと思いつつも、僕は歩き続けるしかなかった。その時。

 左手の指先に、ぬちゃりとした感触があった。

「え?」

 僕は、突発的に走り出した。走って走って走って走って、とにかく走った。

 

 どれくらいの時間が経っただろうか。気が付けば、僕はちょろちょろと流れる小川の前にぼんやり立っていた。

「あ、どこにいたの?」

 彼女の声がした。パシン、と肩に軽い衝撃が走る。

「え? お化け屋敷でなんかはぐれて……てか、一人で行けたの?」

 そりゃ、行けるに決まってるじゃん、と胸を張る彼女を僕は想像していた。けれど、違った。

「え、お化け屋敷? 何言ってんの?」

 彼女はけたけたと笑って、それよりクレープでも食べよー? なんて言って、鼻歌を唄いながら歩きだした。

 僕は、彼女の背中をすぐには追いかけられなかった。




 👻👻👻




「んあー、結構いい感じなんじゃない?」

 私は、うんと伸びをして、アイスコーヒーをガバッと口に注いだ。

「いや、すごいよ、ホラー大賞でも獲っちゃうんじゃない? こんなの」

「かもねぇ、初めての創作で初受賞! とかめっちゃ騒がれるんじゃない?」

「じゃあもう、私ら大金持ちじゃん! 一生遊んで暮らそうぜぇぇ?」

 スマートフォン越しにキャッキャキャッキャ、猿山の猿みたいに思い切り騒いで、私は小さな余韻に浸った。

「じゃ、今日はこんなもんで」

「いやぁ、ゆいちんすごいね、ホントは昔から小説とか書いてたんじゃないの?」

「いやいや、正真正銘初めて」

「ウソぉ。でも、読書感想文とか結構選ばれてたもんね」

「そういうまいちんこそ、どっからそんなストーリー降ってくるのよ、なんか絶対もっと生かせるんじゃない?」

「いやぁ、拙者、文才も絵心も無いものでして」


 タイトル未定のこの小説は、私と彼女の初めての共作だった。

 まいちんが、小学校高学年の息子の親子活動で何かしたい、と誘ってきた。

 そこで、PTAではお化け屋敷を作って遊んだのだが、その後、彼女が

「せっかくだからこれを小説とかして世の中に出したら、色々アピールになるし良いんじゃない?」

 と提案し、この作業が始まったのだ。


「じゃあ、次いつにする?」

「明日はちょっと予定入ってるんだけど、明後日は暇だから、明後日とかどう?」

「あ、私も行けるわ。じゃあ、明後日、んーどうしよ、また五時くらいに電話つなごっか」

「オッケー。じゃ、またねー」

「バイバーイ」

 中学生時代に戻ったような心のウキウキを持ったまま、私たちはテレビ電話を切った。




 

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