第6話 止まない雨


「びっ……くりしたぁ」


 あまりにも突然光った事とその後の大きな雷の音に思わず声を上げてしまった樹里亜さんだったが、雷の音が聞こえなくなると、少し落ち着いた様だ。


「かなり大きな音がしましたね」

「結構近かったみたいね。あれだけ大きな音を聞いたのは初めてだったかも」


 言われてみれば確かに結月もその経験はあまりない。

 例えて言うなら「スピーカーを付けて、完全に油断している状態で突然大音量の音を聞いた」様な感じに近かった。


 ただ、あくまで「経験の中で近い事」を挙げただけではあるが……。


「……」


 しかし現在は雷の音や光は一旦落ち着いているものの、その代わりに雨の降り方は尋常じゃない程降っている。

 コンビニの中で空の様子を見ると……重い雲がずっと続いていてこの尋常じゃない雨も「通り雨」という感じがしない。


「困ったわね」

「そうですね」


 樹里亜さんとしてはこんな天気になるとは想定していなかったらしく、小さな鞄を持っているだけで普通に限らず折り畳みの「傘」も持っている様には見えなかった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「……」

「……」


 樹里亜さんは名前を『赤城あかしろ樹里亜じゅりあ』と言い、結月にとってはアルバイト先が同じで……月の姉に当たる人でもある。

 ただ「アルバイト歴」と言うと結月の方が先輩ではあるものの、昔からの知り合いと言う事と年齢的な話で今の様な話し方で落ち着いた。


 しかし、樹里亜さんがまだアルバイトを始めたばかりの研修生時代は結月が元からずっと敬語で話している事もあり、少しお互いの話し方でギクシャクしてしまったのだが……それも今となっては良き思い出である。


「えぇ! 何コレ!」


 そんな事を考えていると、いつの間にかお手洗いから戻って来た水崎さんが大きな声と共に絶句していた。


「……」


 確かに雨が降って来たのはついさっきの事だから水崎さんの反応は「普通」と言えるだろう。ただ、ちょっと声は大きかったが……。


「何、大きな声出して」


 そして水崎さんの声に引き寄せられるかの様に寺本さんもヒョコッと姿を見せた。


「見てよ杏樹。外!」


 しかし当の寺本さんはあまり驚いていないのか「ああ」と言いながら外を見上げる。


「――驚かないの?」

「なんか光っていたと思ったし、その後大きな音と一緒に雨が降り始めた様な音がしていたから」


 一見すると落ち着いている寺本さんだったけど、何か気になる様子でスマホを見始め……途端に顔を青ざめさせた。


「ど、どうされたのですか」


 それは先ほどの落ち着きとは全くの真逆を行く反応だ。


「電車、止まっている……みたい」

「え」


 その寺本さんの言葉を聞いた水崎さんは同じ様に顔を青ざめさせた。


「……」


 しかし、この雨の様子を見る限り正直「そうなっても仕方ない」と思うほどの降りっぷりではあるのだが……まさか本当に電車が止まるとは。

 なんだかんだ大雨が降る事はそう多くはなかったものの、何度かあった。ただ、電車が止まった事はなかった……はずだ。


 「ど、どうする?」


 実は二人に言っていないが、結月は折り畳み傘を持って来ていた。しかし、二人の反応を見た限りどうやら持って来てはいないらしい。


「どうしようか」


 ただ、電車が止まっている事が分かってしまっている今。このまま駅に向かって果たして辿り着いた頃に電車が動いているとは到底思えない。でも、このままずっとこのコンビニに留まっている訳にもいかないだろう。


「うーん。私の親に迎えに来てもらう?」


 水崎さんはそう言いながらスマホを操作して親に電話をかけようとしたところで寺本さんは「ちょっと待って」と止めた。


「な、何?」

「道路も渋滞しているみたい」


 そう言ってスマホのニュース画面を見せる。


「えぇ……」


 そんな二人の様子を見つつ、結月もスマホを見ながら情報収集をした結果分かったのは「大雨の影響で電車が止まっている」という事と「道路が渋滞している」という事だった。


 他にも「土砂崩れ警報」なども出されていたが、今の結月たちにとっての重要度は先の二つだろう。


「……」


 結月としてもいくら折りたたみ傘を持っていたとしても電車が動いていなければ駅に向かっても意味はないだろう。つまり、結月も置かれている状況は水崎さんたちと変わらなかった。


「どうしよう……」


 どちらからともなく発せられた「情けない」とも言える弱気な言葉と共に途方に暮れ始めた水崎さんたちを見ると……ちょっと可哀そうな気持ちになる。


 しかし、正直今の状況は結月もどうしようもない。


「……」


 そうして困り果てていると……。


「――じゃあ、私の家に来ない?」


 ずっと無言で水崎さんたちのやり取りを結月の隣で見ていた樹里亜さんが唐突にそんな事を言い出した。


「……え」

「ほら。私の家はここからかなり近いし、三人くらい余裕で泊まれるだけの部屋の数もあるから」


 樹里亜さんはそう言いながら水崎さんたちを気遣う様に穏やかな笑顔を向けたのだった。

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