第35話 腕輪
それに気がついたのは、卒業式が終わって、
ジルベール様と馬車に乗って屋敷に帰るところだった。
カチャっと金属がぶつかる音がして左腕を見たら、
腕輪が二つになっていた。
マリーナさんから渡された腕輪の他に、もう一つ。
「え?……あ、この腕輪か」
もう一つの腕輪はずっと幼いころから身に着けていた腕輪だった。
ドリアーヌに攻撃されて黒猫になった時、
消えていたから落としてしまったんだと思っていた。
「……シャル、それを見せてみろ」
「あ、はい」
左腕を差し出すと、ジルベール様は腕輪を確認するように見る。
そのまま魔力でねじまげるようにしてパキリと割った。
「え?」
腕輪を壊した?
どうしてと思ったが、ジルベール様は険しい表情をしている。
「こんなものが混ざっていたのなら気づかないのも当然か。
シャル、これがなんだかわかっていたのか?」
「これは魔術が使えない代わりに身を守ってくれる魔術具だと」
「渡したのは後妻か?」
「はい、そうです。お義母様からです」
あれはドリアーヌが生まれてすぐだったと思う。
私は黒色だから魔術を使ってはダメなんだと。
私を守るためのものだから身につけなさいと言われた。
「これは身を守る魔術具ではない。魔力を放出させるものだ。
罪人などにつけるものだといえばわかるか?
これがあると魔力が貯まらないから、魔術も使えなくなる」
「……罪人?」
「ああ。魔術を使って犯罪をおかした罪人につけるものだ」
ずっと身につけていたものが罪人がつけるものだと言われ、
そこまでお義母様に恨まれていたのかと思う。
「シャルの魔力が増えなかったのは腕輪のせいだ。
それと精霊がずっと近くにいたのもこのためだろう。
普通は魔力が漏れ出すのは幼い時だけだが、
シャルはずっと魔力を放出している状態だった。
精霊にとっては居心地がよかっただろうな」
「あぁ、そうです!精霊さんを見ました!」
「見た?」
「一度、身体から離れたんです。
それで、また吸い込まれるように身体に入っていって」
「あぁ、精霊が分離したから魔術具も離れたのか。
そうか……この腕輪を取り除けてよかった。
まさか魔力制限の腕輪が混ざってるなんて思いもしない。
解析するにしてもかなり時間がかかっただろう」
よほどめずらしいものなのか、
ジルベール様は壊れた腕輪を持ち上げて観察している。
「おそらくドリアーヌともう一人の令嬢、
侯爵夫人で上級魔術師でもあるシャルを殺そうとしたとなれば、
最終的な処罰はどうであれ、
このような魔力制限をかけるものをつけられるだろう」
「ドリアーヌたちに魔力制限を……。でも、そうですよね。
あんなふうに魔術で殺そうとしてくるなんて」
「処罰が決まれば、院長が腕輪を作る。
もう二度と魔術を使えないように」
「それがいいと思います」
魔力制限の腕輪……ずっと身につけていたものが、
そんな恐ろしいものだとは思わなかった。
分離できて本当によかった……。
身体の大きさは戻ったけれど、半分しか解呪できていないと言っていた。
魔術具が取り出せたのなら、あとは精霊だけかもしれない。
「精霊と分離できたら、元に戻りますか?」
「戻ると思う。精霊は自分の意思で出てこれるのだろう。
シャルが呼べは出てくるはずだ」
「出て来てくれますかね……精霊さん、出てきてください?」
自分の身体に向かって呼びかけてみると、
にゃあんと鳴いてひざの上に黒猫があらわれる。
「わ、本当に出てきました」
「あぁ、やっぱり猫型の精霊だったか。
シャルの魔力を取り込んだからこれだけはっきり見えるのか」
「普通は違うんですか?」
「ああ。これなら魔力がない人間にも見えるだろう。
それだけ力をもった精霊だということだ」
「そうなんですね」
力がある。そう言われれば、ドリアーヌに殺されかかった時も、
今日も私を助けてくれた。
まだお礼を言っていないことを思い出し、そっと背中を撫でてみる。
「精霊さん、何度も助けてくれてありがとうございます。
おかげで死なずにすみました」
「そうだな。俺からも礼を言おう。
シャルを助けてくれてありがとう」
「にゃああ」
どういたしましてと言った気がする。
ずっと一緒だったからか、なんとなく感じるものがある。
また精霊さんは身体の中に戻るのかと思ったら、
するっと透き通って馬車の外に出て行ってしまう。
「あっ。精霊さん?」
「今はシャルを守らなくても大丈夫だと思ったんじゃないか?
そのうち戻ってくるよ。
シャルの魔力は美味しいだろうからな」
「戻ってくるんですね。よかった」
このままさよならはさみしいと思ったけれど、
また戻ってくるのなら散歩に行ったと思えばいい。
屋敷に着いて、思った以上に疲れているのに気がつく。
朝からあんなことがあって、卒業式もあった。
疲れて当然かもしれない。
「シャル、少し眠った方がいい。
初めて魔術を使ったんだ。
その反動で身体に負担がかかっている」
「そう……なんで……すね」
もう目を開けていられない。
ジルベール様に抱き上げられて部屋まで連れていかれ、
そっとベッドに降ろされる。
ふわふわの枕に頭をのせたら、もう限界だった。
すぐさま夢の中へと落ちていく。
夢の中で、私は三歳くらいの大きさだった。
あぁ、腕輪をつけた後くらいだ。
大きな腕輪を落とさないようにおさえながら歩く癖があった。
にゃあとどこからか声がして、見たら小さな黒猫がいた。
窓も閉めたままなのに、どこから入り込んだんだろう。
抱き上げると、手をざりざりとなめてくる。
ちょっと痛いけど、毛がふわふわして気持ちいい。
部屋の中で飼えるだろうか。
私は屋敷の外に出たらいけないというのなら、
猫を飼うくらい許してくれるかもしれない。
そのまま猫を抱き上げてお義母様の部屋まで行く。
お義母様は部屋に来たのが私だとわかると、
めんどくさそうにドアを開けた。
「いったい何の用なの?」
「あ、あの。この猫を飼ってもいいですか?」
不機嫌そうなお義母様におそるおそるお願いする。
機嫌がいい時に来ればよかった。
「は?なに、この猫。黒猫じゃない!
あなた魔女にでもなるつもりなの!?」
「ち、違います」
「早く外に出して!
あぁ、屋敷から出ていくところなんて見られたら大変。
今すぐ殺してしまわないと!」
「え?……殺す?」
この小さな猫を殺す?黒色だから、殺さなきゃいけないの?
「誰か!早く来て!」
お義母様は自分で殺すつもりはないようで、
家令や侍女を探しに行った。
それを見て、急いで黒猫を窓から逃がした。
「ここから逃げて!早く!
もう戻って来ちゃだめ!
見つかったら殺されるわ!」
「みぃぃ!」
慌てて窓から外に出したからか、
猫は嫌そうな声をあげて走っていく。
逃がしたことに気がついていないお義母様は、
家令を連れて戻ってきた。
「あの猫は!?」
「あ、あの、逃げちゃって」
「なんてこと!」
お義母様は私の頬を叩くと、
家令と一緒に庭の方へと向かった。
ジンジン痛む頬を押さえながら、自分の部屋に戻る。
猫が飼えなかった悲しみよりも、
ちゃんと無事に逃げられたのかどうか気になる。
どうかあの猫が無事に逃げて、
可愛がってくれる人に拾われていますように。
眠りから覚めかけて、
あれは精霊だったのかと思い出した。
きっと見つからないように逃げてって言ったから、
姿を隠してそばにいてくれたんだ。
ずっと私を守ってくれていた。
ひとりぼっちじゃなかったんだと胸が温かくなる。
そして目が覚めたら、ジルベール様の腕の中にいた。
「……ジルベール様?」
「うなされていた。大丈夫か?」
「はい。昔の悲しい出来事を夢で見ていました。
でも、もう大丈夫です」
「そうか……もうすぐマリーナが戻ってくる。
それまではこうしていよう」
「はい」
ジルベール様に髪や背中をなでられ、またうとうとと眠くなる。
毎日こうして抱きしめられて寝ているのに、
その度にこの腕の中はどうしてこんなにも温かいのかと思う。
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