第32話 平穏な日々

夜会の後から、周りが私を見る目はガラッと変わった。

まず、学園にベールをつけないで通えるようになった。


毎回猫耳を隠すように編み込むのは時間がかかるが、

ベールなしで通えるようになって、

初めて見るものが増えたように感じる。


そんなに委縮していたつもりはなかったけれど、

やはり黒髪を隠していたために行動を制限してた。

見えていたつもりで、見えていなかったのかもしれない。


夜会で祖母が王女ではなかったと公表されたシルヴィ様は、

あれから一度も学園に来ていないそうだ。


もともと押しつけられたような結婚だったオサール子爵は、

マリーズ様との婚姻は騙されたものだと訴え、離縁が認められた。

マリーズ様はロジェロ侯爵家の籍に戻りたいと願ったが、

ジルベール様はこれを認めなかった。


マリーズ様の嫁ぎ先を決めたのは先々代の侯爵だし、

叔母ではあるが、父親の異母妹で身分も違う。

ロジェロ侯爵家の名を勝手に使って契約をしようとしてたこともあり、

マリーズ様は元侯爵家の名を使うことも禁じられた。


マリーズ様は行く宛がなく、ジルベール様のお父様のいる領地に行ったそうだ。

元侯爵の屋敷とはいえ、隠居するために建てられた小さな別邸だそうで、

マリーズ様は肩身の狭い思いをしていると聞いた。


シルヴィ様は子爵の実娘ということもあり、子爵家に残ったが、

貴族たちの中でもマリーズ様とシルヴィ様の横暴さは知られていて、

シルヴィ様の婿になろうという令息はいそうにない。

オサール子爵家を継ぐのは子爵の弟になるだろうと言われている。


そして、変わったことはもう一つ。


「え?エレーナ様も魔術師を目指すのですか?」


「ええ、ミラもよ」


「ミラ様はそうかと思ってました。

 それじゃあ、許可が出たのですね!」


「ふふ。そうよ!王家から通達があったの。

 お父様も説得したし、魔術院の試験を受けるわ」


「エレーナ様なら合格するに決まってます。

 ふふ。卒業しても魔術院で会えますね」


「魔術院でも三人でお茶できるわね、ミラ」


「私は合格できるかどうか不安です~」


合格間違いなしのエレーナ様と違って、

ぎりぎりで合格できるかどうかのミラ様は不安のようだ。

もちろん不合格でもまた受けられるのだけど、

令嬢で何度も試験を受けるような人はまれだ。


二人とも合格してほしいと思いながら、

もう所属している私は試験を受けないので何も言えない。


「まだ魔術を使うのを禁じられているから、

 練習相手もできなくて。お役に立てなくてごめんなさい」


「いいのよ。上級魔術師がこんなとこで魔術を使ったら危険だもの。

 ジルベール様が止めるくらいなんでしょう?

 魔術の塔に行ってから見せてもらうことにするわ」


「私もそれを楽しみに頑張りますから!

 あ、でも、落ちてしまっても友人でいてくださいね……」


「それは、もちろん!

 お二人と一緒に魔術院で研究するの楽しみにしてますからね」


卒業したらあまり会えなくなるだろうと思っていた。

ジルベール様は社交しない方だし、

私も最低限の社交でかまわないと言われている。


そうなると王家が主催する夜会に顔を出すくらいで、

お茶会などへの出席はしないと思う。

エレーナ様とミラ様と会うのも難しくなるとさみしく思っていたが、

同じ魔術院に所属するとなれば毎日でも会うことができる。



午前の授業が終わり、

迎えに来たマリーナさんと魔術院に向かう。

その途中、ぽつんと一人でいるドリアーヌを見かけた。


私が学園に通っていなかったため、

ドリアーヌはアンクタン家の長女だと思われていた。

だからジルベール様の婚約者がアンクタン家の長女だと噂が流れた時、

周りの人は疑うことなくドリアーヌが婚約者だと思ったらしい。


それを否定しなかったドリアーヌも悪いとは思うが、

夜会で婚約者は姉の私だと知られてしまったことで、

ドリアーヌは学園で孤立してしまっている。


ついでに言えば、私をずっと閉じ込めて育てていたことがわかり、

アンクタン家自体が社交界で孤立してしまったらしい。

ジルベール様が言いふらしたわけではないが、

私が学園に通えなかったことと黒髪であること、

お義母様がお茶会に連れ出すこともなかったことで察した結果だ。


お父様はそれを恥じて閉じこもっているらしいが、

お義母様は逆にあちこちで自分は悪くないと言い張り、

今では誰もお茶会に呼んでくれなくなったのだとか。


こんな状態ではドリアーヌの婚約相手が見つかるわけもなく。

もしかしたらドリアーヌも魔術師を目指すことになるのかもしれない。

中級二の位なら頑張れば試験を通るだろうとジルベール様も言っていた。


学園の卒業まで一年と少し。

それまで何事もなければ、だけど。


私が見ていることに気がついたドリアーヌと目が合ったら、

私を殺そうとした時と同じようににらまれた。

このままおとなしく過ごすことはできるんだろうか。



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