第17話 許さない(ジルベール)
「黒髪の令嬢なら誰でもいいと言い出した時には、
もうどうなることかと思ったが。
これもきっと、出会う運命だったのだ」
「運命……そうですね」
院長がおやという顔になったのを見て、目をそらす。
いつもなら研究結果がないことを言われたら、
何を馬鹿なことを言っているんですかと言い返すのに。
「だからこそ、王家を許すことはしないと決めました」
「あれを公表するのか?」
「ええ。結局はそれを隠しているからこうなっているのだと。
シャルが閉じ込められて育ったのは王家の責任です。
次の夜会で発表してもらうことにします」
「それがいいだろうな。
私の研究発表だけで罪をつぐなったと思われたら困る。
亡くなった王女のためにも本当のことを知ってほしい」
「ええ。俺もそう思います」
俺の祖母、元王女は黒髪だった。
それを隠すために金髪の乳兄弟を王女だと表に出した。
黒髪の王女は一切表に出ることはなく、隠されたまま嫁ぎ、
死ぬまで社交することはなかった。
王家や高位貴族でも黒髪は生まれる。
ただ、魔力量が多い女性は黒髪になりやすい、
だから魔女になれる素質があるだけなのに。
一度広まってしまった噂は消せなかった。
黒は魔女、黒い生き物は魔女の使い。
黒色で生まれただけなのに。
「王家は納得しそうか?」
「納得させます。
これ以上、隠すようなら俺は国外へ出ます」
「……それは王家としては絶対に避けたいだろう。
黒髪の令嬢と結婚すると言った時から思っていたが、
そうとう腹が立っているのだな」
「ええ。俺は魔術院に来るまでは、
お祖母様の研究資料を見て学びました」
「お祖母様というと、本当の王女のほうか?」
「ええ。閉じ込められていた分、研究するしかなかったようですよ。
ですが、すさまじい才能と努力を感じました」
「それで同じように閉じ込められているだろう、
黒髪の令嬢を助け出したかったのか」
「そうです」
俺が当主になった時、亡くなったお祖母様のことを知り、
それなら黒髪の令嬢を娶ろうと思った。
誰が妻でも同じなら、黒髪の令嬢を助け出そうと。
俺なら黒髪だとしても嫌だなんて思わない。
普通の令嬢も愛せないけれど、黒髪だからと冷たくすることもない。
死ぬまでの安全と豊かな暮らしを保障する契約結婚。
きっと黒髪だからと閉じ込められている令嬢なら、
それで満足してくれるはずだと思った。
まさか、こんなにも失いたくないと思う令嬢に出会うとは。
「そうか。良かったな。
お前にもあの令嬢にも」
「はい。危ないところでしたが、
助け出せてよかったです」
本当に危なかった。
シャルをあんな目にあわせた奴らには、
かならず仕返しをしてやろう。それ以上に。
とはいえ、俺の手で殺すわけにはいかないんだよな。
犯罪人になってしまえばシャルを守れなくなってしまう。
どうすべきかと考え込んでいたら、院長が心配そうに見てくる。
……なんだ、この視線。
「ところで、ジルベール」
「はい」
「お前、女性とつきあったことはあるのか?」
「……いや」
「恋をしたことくらいはあるよな?」
「……」
「ないのか。お前、それで大丈夫なのか?
あの子を怖がらせてたりしないよな」
「……たぶん?」
あれだけなついてくれているのなら怖がってはいないよな?
恋人というよりは、あの姿だから親子という感じだけど。
答えに困っていたら、院長が本棚から一冊取り出す。
「恋愛小説というものだ。読んでおきなさい」
「院長がこれを読んだのですか?」
「ジュリアが好きなんだ」
「なるほど」
院長のじゃなく、奥様の本か。
研究書よりもずっと薄い本。これならすぐに読み終わるか。
「ここで読むのか?」
「シャルの前で読むのも変でしょう。すぐに読み終わりますから」
ぱらぱらとめくって読み、数分で読み終わる。
「ありがとうございます」
「不安だなぁ……何かあれば言うんだよ?」
「はい。これから魔術院には毎日通うことになると思います。
混ざっている魔術具が何か調べたいので」
「そうか。たまにはお茶をしにおいで。
あの子とも話をしてみたい」
「わかりました」
思ったよりも院長との話が長くなってしまった。
恋愛小説を読んだ分、シャルへの接し方は学んだけれど。
転移して塔の下におりる。
普段は魔力を消耗するからやらないが、早くシャルのところに。
これだけ長く離れていたら、
シャルの魔力が不安定になっているかもしれない。
そう思って、急いで俺の塔へ向かう。
シャルとマリーナの姿が遠くに見えたと思ったら、
フードがはらりとめくれ、シャルの黒髪があらわれる。
は?マリーナがいて、何をしている?
ふと見ると、シャルの前方にエクトルがいるのが見えた。
あいつの風魔術のせいか!
シャルのことを責める言葉ばかりが聞こえる。
本当にあいつはどうしようもない。
「俺は騙されてなんていないぞ」
シャルをかばいながら、エクトルに聞く。
「黒髪が魔女だなんて、誰が言ったんだ?」
「え?」
自分の声が、いつも以上に硬質に聞こえた。
もう二度と魔術師だと名乗れないように叩き潰してやろう。
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