第16話 魔力検査(ジルベール)

先に俺の研究塔に行ってくれとマリーナにシャルを託す。

手を離した瞬間に、泣きそうな顔になるシャルに、

やっぱり一緒に行くと言いそうになって止める。


今は院長に説明しなくてはいけない。

離れがたいと思いながらも二人を見送る。


階段を下りていく音を確認してから、

院長の向かい側のソファに座った。


「いったい何があったのか聞かせてもらおうか。

 婚約者を迎えに行ったはずじゃなかったか?

 休みはあと数日あったはずだな?」


「ええ、婚約者を迎えに行きましたよ。

 普段は行かない避暑地の別荘まで」


王都で会えば時間もかからずに終わるのに。

伯爵がシャルに会わせるのを嫌がって、

その時期は避暑地にいるから会えませんだなんていうから。


では、避暑地まで会いに行きますと答えたまでだ。

それがなければいつまでたっても会わせてもらえなかっただろう。


しかも、会いに行ってみれば妹のほうが着飾って出てきて、

お会いしたかったわなんて言われ。

伯爵は妹のほうを娶らせようとしていた。

最後のあがきだったのだろうけど。

伯爵家が侯爵家に逆らえるわけないのに。


シャルを呼びに行かせれば別荘からいなくなっていて、

どこかに散歩にでも行ったのでしょうなんてとぼける。


このままでは会うだけでも数日はかかりそうだと思い、

湖に探しにいけばあきらかにおかしい魔力を感知した。


結果としてシャルを助けられたのはいいが、

俺が婚約なんて言い出したから殺されかけた気がする。

俺が婚約を断った赤い髪の異母妹に。


「それがどうしてあの子どもを連れて帰ることになったんだ?

 エクトルを辞めさせるのは予想していたが」


「あれは今までの助手の中でも最悪でした」


これで助手志望者がいなくなったというのなら、

院長の中でも優先順位が最後だったのだろうけど。


「あれはぎりぎりの成績で魔術院に入ってきた。

 努力すれば残れるだろうが、その努力もしない。

 魔術院の魔術師になれただけで満足してしまったらしい」


「はぁぁ。ここは研究するための魔術院だというのに。

 何もする気がないのであれば、追い出したほうがいいのでは?」


「今年、何も実績がなければ追い出す予定だ。

 だが、予想よりも助手を辞めさせるのが早かったな。

 何があった?」


「あいつは黒猫を見て魔女の使いだと」


そう言えば、院長は大げさに頭を抱えて見せた。

黒と魔女は関係ないとの研究発表をしたのは院長だからな。

頭を抱えたくなるのもわかる。

本当に頭にカビが生えているとしか思えない。


「あいつはまだ二十代前半だったはずだぞ。

 実は中身だけ六十歳の爺様だとかじゃないよな」


「親か祖父母がそう教えたのでしょう。

 くだらない思い込みが激しかった。だから、即刻辞めさせました。

 三十年前に王家が公表したのを知らないなら魔術院にいる資格がない」


「そうだな。すぐに追い出すことにするか。

 それで、伝言は受け取った。助手は育てると言ったそうだな。

 あのお嬢ちゃんだろ?まだ三歳くらいか?

 上級五の位なのは素晴らしいが、十二歳になるまで待つのか?」


魔術院に入れるのは十二歳以上。

それ以前に特級、もしくは上級だと判断されても待つことになる。

親元を離れるのにさすがに幼すぎるのは困るからだ。


院長としてもそれを心配しているのだろうけど。


「あの子が俺の婚約者です」


「は?」


「フードをかぶってましたが、黒髪です。

 今は青目になっていますが、本来は黒目だそうです」


「お前の婚約者って、アンクタン伯爵家の令嬢じゃなかったか?

 十八歳すぎているから、ちょうどいいとか言っていたはずだが」


「そのとおりです。シャルリーヌ・アンクタン。

 十八歳の令嬢で間違いないですよ。

 保護した時には黒猫になっていました。

 全身が大やけどの死にかけた状態で」


「なんだと?」


「異母妹のドリアーヌに攻撃されたんでしょう。

 火属性の魔力が残っていました」


「そこまで追い詰められていたのか……」


「あとは魔術具と精霊の力が混ざっていて、

 治癒はしたのですが、うまく解呪できませんでした。

 解呪した結果、猫耳と尻尾がついた三歳の幼女に」


「ふむ……それはかなりめずらしいケースだな」


院長でも聞いたことがないのか、考え込んでいる。

何か解呪するきっかけでもつかめればと思ったのだが。


「まぁ、残っている精霊の力というのは、

 黒髪によくある守護精霊の力かもしれん」


「守護精霊?黒髪の者になつくという?」


黒髪の者は魔力が膨大にあるために、

小さいころから自然と魔力を放出しているという。

その質のいい魔力を求めて精霊が寄ってくる。


たいていは幼いために精霊だと気がついていないそうだが、

シャルの場合もそうなのかもしれない。


「猫耳というのなら、猫の形をした精霊だろうな。

 解呪しても三歳の大きさというなら、

 まだ攻撃を受けた身体が回復できてないのではないか?」


「では、完全に回復できたら元に戻ると?」


「その可能性は高い」


それなら、そこまで時間はかからないかもしれない。


「では、身体が戻ったら、学園に編入させます。

 上級魔術師の魔術院に入る要件は学園の卒業でしたよね」


「ああ。今は助手内定者として扱ってかまわない。

 上級なのは確認したからな」


「ありがとうございます」


特級なら今すぐにでも助手にできたのだけれど仕方ない。

まだ身体が回復で来ていないというのなら、

元の身体に戻った時には特級になるかもしれない。

検査結果にも成長の可能性ありと出ていたのはそれだろう。


「それにしてもあの子が婚約者なら、

 ちゃんとジルベールも幸せになれそうだな」


「……それは、俺もそう思います」


「黒髪の令嬢なら誰でもいいと言い出した時には、

 もうどうなることかと思ったが。

 これもきっと、出会う運命だったのだ」


「運命……そうですね」


院長がおやという顔になったのを見て、目をそらす。

いつもなら研究結果がないことを言われたら、

何を馬鹿なことを言っているんですかと言い返すのに。


「だからこそ、王家を許すことはしないと決めました」


「あれを公表するのか?」

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