第10話 ロジェロ侯爵家の問題

「絶対にドアは開けるな。窓のカーテンもだ」


「え」


「マリーナ、何があっても開けないように言っておけ」


「わかりました。シャル様はお任せください」


「ああ」


よくわからないうちに会話は終わり、ジルベール様は出て行った。

マリーナさんはジルベール様がドアを閉めた後、

内側から鍵をかけてしまった。


「鍵をかけていいの?」


「ええ。普通は勝手に開けることなんてありえないのですけど、

 この屋敷の使用人は普通じゃありませんから。

 シャル様、絶対に開けないでくださいね」


「わかったけど、どういうことなのか教えてくれない?」


「……そうですね。どこからか噂を聞いてしまって、

 シャル様が変な誤解をするといけないですよね。

 わかりました。私が知っていることだけ教えますね」


「うん、話せる範囲でかまわないから」


ジルベール様に許可をもらっていないのだから、

マリーナさんが話せないこともあるだろう。


「ジルベール様がこの屋敷に帰らなかったのは、

 先代の侯爵夫妻が結婚をすすめるからだけではありません。

 夫妻が引退して領地に行った後、

 この屋敷に居座っている親族がいるのです」


「親族?」


「はい。元侯爵の妹マリーズ様と娘のシルヴィ様です。

 マリーズ様はオサール子爵家に嫁いでいます」


「侯爵令嬢なのに、子爵家に嫁がれているの?」


「ええ、理由はわかりません」


この国では、婚姻は同じ爵位に嫁ぐのが普通だ。

上の爵位に望まれたとしても、一つくらい。

相手がいなければ、一つ爵位を落とすこともそれなりにある。


だけど、爵位を二つ落として嫁ぐというのは、

何か問題がありましたと言っているようなものだ。


「どうして嫁いだのに戻ってきているの?」


「マリーズ様は子爵家に嫁いだことを納得していないのか、

 もともとあまり子爵家には帰らずに遊び歩いているそうです。

 ですが、半年ほど前からこの屋敷に居座っている理由は、

 シルヴィ様をジルベール様に嫁がせたいようです」


「え?従妹だとしても、子爵令嬢なんだよね?」


「ええ、それでも元侯爵令嬢から産まれたのだから、

 侯爵家に嫁がせても問題ないと、マリーズ様はお考えなのです」


「……それは難しいと思うけど。

 最初からそのつもりで侯爵家で育てたというならわかるけど、

 そうじゃないんでしょう?」


「はい。元侯爵夫妻も姪が可愛くてもそれは無理だと、

 何度も断っていると聞いています」


「そうだよね。侯爵令嬢が子爵家に嫁ぐよりも、

 子爵令嬢が侯爵家に嫁ぐ方が大変だものね」


「私もそう思います。

 ですが、マリーズ様とシルヴィ様はそう思わないようで、

 実際に居座っているので困っているのです。

 もちろん、ジルベール様は許可を出していません」


マリーズ様にとっては実家なのだろうけど、

それでも当主の許可は必要だよね。

今の当主であるジルベール様が許さないのであれば、

あきらめて出ていくしかないと思うのだけど。


「追い出せないの?」


「マリーズ様を幼少期から知っている使用人ばかりなのです。

 子爵家に嫁がれたということもあり、同情しているようです」


「使用人が協力したってこと?」


「はい。気がついた時にはマリーズ様の荷物が大量に置かれていて、

 この屋敷の女主人の状態だったそうです。

 そのため、マリーズ様を追い出すだけでは意味がないと」


「そんな状況なら本人を追い出しても、すぐに戻って来ちゃうよね……。

 使用人はどうしてそんなことを」


「今まで屋敷に帰って来なかったジルベール様よりも、

 マリーズ様の命令のほうを優先してしまうと」


「それは、ありえないわ」


当主の命令を聞かない使用人なんて。

そう言おうとしたら、馬車のドアが開けられそうになった。


「え?」


「乗っているのは誰だ。ここを開けろ!」


ガチャガチャとドアを開けようとするが、

鍵がかけられているから開かない。

マリーナさんははぁぁと一つため息をついて、

少し大きな声でドアの向こうに返事をした。


「あなたこそ、誰ですか。

 この馬車のロジェロ侯爵家の紋章が見えないのですか?

 ジルベール様の馬車を無理やり開けようとするなんて、

 使用人がすることではありません」


「俺はマリーズ様に許可を得ている!

 ここを開けて、顔を見せろ。

 どうして馬車の中にいるんだ。あやしいだろう!」


「ドアを開けないようにとジルベール様に命じられています。

 オサール子爵夫人にそう伝えなさい」


「はぁ?」


「侯爵家当主の命令に従わないのであれば、

 あなたは捕縛されることになります。

 あなたを雇っているのは誰ですか。

 その子爵夫人なのであれば、即刻この屋敷から出ていきなさい」


「………」


さすがに雇い主が誰なのか思い出したらしい。

舌打ちの後、足音が遠ざかっていくのが聞こえる。


「ふぅぅ。もう、お分かりだと思いますが、

 屋敷内の使用人はこんな者が多いのです」


「だから、使用人ごと王家に返上するのね」


「そういうことです」


もう、どうにもならないってことなんだ。

一人ずつ話をして、わかってもらうことはできるかもしれないけど、

そこまでしてこの屋敷を維持する理由もない。

ジルベール様には自分の屋敷があるのだから。


「ジルベール様、大丈夫かな……」


「話が長引いているのでしょう。

 マリーズ様はあきらめの悪い方のようですから。

 でも、大丈夫ですよ。ジルベール様に何かできる人はいません。

 いるとしたら、魔術院の院長様くらいでしょうか」


「魔術院の院長様?」


「ええ。ジルベール様を十二歳から引き取って面倒を見ていた、

 育ての親という感じでしょうか。

 ジルベール様も院長様の話は素直にきくようです」


「そうなんだ」


十二歳から親元を離れたジルベール様。

だから、侯爵家とは心が離れてしまったのかもしれない。


ジルベール様が馬車を出て行ってからけっこうな時間がたっている。

戻ってこないけれど、本当に大丈夫なのかな。




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