第9話 ロジェロ侯爵家
翌日、目を覚ましたら、いつものようにジルベール様の隣に寝ていた。
ちょっとだけ隙間はあるけれど、すぐそこにジルベール様の胸がある。
……昨日、お風呂場でそのまま寝てしまったのを思い出し、身もだえる。
今、着ている夜着は当然ジルベール様が着替えさせてくれたわけで。
いや、起きていたとしてもジルベール様が私の身体を拭いて、
着替えさせて、髪を乾かしてくれるのだけど。
三歳くらいの小さな身体の上、尻尾があるせいでうまく動けない。
ようやく飲み物をこぼすことはなくなったけれど、
食事もうまくできなくてジルベール様に食べさせられている。
それでも、寝ている間にされていたことが恥ずかしい。
つい、お風呂が気持ちよかったのとジルベール様の手が大きくて、
後ろから抱きかかえられていると安心してしまって……って、
何の言い訳にもならない!心は十八歳なのに。
「起きたのか?」
「ぅ……」
ジルベール様を起こさないようにしたかったのに、
身もだえていたのに気がつかれてしまった。
「どうせ風呂の途中で寝てしまったと反省しているんだろう。
気にするな。いつもと変わらないことをしただけだ」
「うぅ……」
それはわかっているんですけど。
変なことをされたとか、そういう心配は一切していないわけで。
まだちょっと気持ちが落ち着かなくて、
枕に顔を押しつけていたら、ジルベール様がそっと頭をなでた。
ううう。なでられると耳もなでられるから弱いのに、
なぐさめてくれているのがわかるから抵抗できない。
「マリーナ、シャルが起きた。
食事の用意をしてくれ」
「かしこまりました」
いつの間にか部屋に入ってきていたらしいマリーナさんに、
ジルベール様が指示を出す。
本当にマリーナさんって完璧な侍女だ。
最初は魔術院の魔術師がもったいないと思ったけれど、
ジルベール様の侍女はマリーナさんじゃないと勤まらないだろう。
食事の準備ができ、ジルベール様のひざの上に座らされる。
口元に差し出されたスープを飲み込むと、
今日のスープは豆の冷製ポタージュだった。冷たくて美味しい。
「今日はロジュロ侯爵家の屋敷に行った後、
魔術院に行ってシャルの検査をする」
「検査……」
検査ってどんなことをするんだろう。ちょっとだけ不安。
「今日のは簡単な検査だ。
魔力を量る検査はやったことがあるだろう?」
「……ないです」
「は?」
「魔力の検査はしたことがないです」
「そこからか……」
はぁぁとため息をついたジルベール様に思わず身体がビクッとする。
「あぁ、違う。お前を責めたんじゃない。
大丈夫だ、ちゃんと説明するから」
「……はい」
ジルベール様から聞いた説明は、初めて聞くことばかりだった。
この国の者なら十二歳になった時に必ず魔力検査をすることになっている。
それは魔力量が多い者の魔力暴走を防ぐため、
上級以上の者は魔術院に所属することが決められているから。
中級以上の者は、試験を受ければ入ることができるそうだ。
「検査が義務なのは知りませんでした。
魔術院の魔術師がすごいというのは知っていました。
妹が中級だから魔術院に入れるかもと喜ばれていたので」
「妹、ね」
「あ、はい……」
まだジルベール様には事情を話していない。
私がシャルリーヌ・アンクタンだということも。
伯爵家の長女だとわかったら、帰されてしまうかもしれない。
そう思ったら事情を話すのが怖かった。
「事情を話すのはいつでもいい。
話したくなったら話してくれ」
「はい……」
甘えていいのかなと思うけれど、ジルベール様の目は優しい。
だから、もう少しだけこのままでいたい。
食事が終わったら、マリーナさんが新しい服を用意してくれた。
毎日違う服が渡されるけれど、
マリーナさんはいつ縫う時間があるんだろう。
最初の日は申し訳ないと思ったけれど、
マリーナさんがあまりにもうれしそうに渡してくるから、
素直にお礼を言って受け取ることにした。
「今日は若草色のワンピースにしました!」
「ありがとう」
渡された服に着替えようとすると、ジルベール様に奪われる。
一人では着替えられないから、ジルベール様に手伝ってもらう。
若草色のワンピースを着たら、フード付きのマントを羽織る。
「さぁ、行くか」
「はい」
ジルベール様に抱き上げられ、馬車にマリーナさんと乗る。
ロジュロ侯爵家の屋敷はジルベール様の屋敷から離れているらしい。
しばらくかかるから疲れたらすぐに言うようにと言われた。
そんなに離れた場所の屋敷を賜ったなんて、不便じゃないんだろうか。
不思議に思っていたら、ジルベール様がつぶやくように説明してくれる。
「俺がロジェロ侯爵家の屋敷にいたのは十二歳までだ。
検査で特級だとわかって、そのまま魔術院に連れていかれた。
二十歳で独り立ちするまでは魔術院にいて、
それからは今の屋敷に住んでいる」
「ロジェロ侯爵家には帰らなかったんですか?」
「顔を合わすたびに早く結婚しろってうるさいからな。
面倒だと思って自分の屋敷にいた」
「なるほど」
それが二十七歳になっても独身で婚約者もいない理由なんだ。
普通は親が結婚の話を決めてくるんだろうけど、
ジルベール様は従わなさそうな気がする。
「両親は一年前に俺に爵位を譲って領地に引っ込んだ。
だから、ロジェロ侯爵家の屋敷には使用人しかいない。
あそこはもう王家に返上することに決めた」
「え?」
「使っていないのに、無駄だろう」
「え、でも、使用人はどうするんですか?」
「王家がそのまま雇ってくれる。
他国の要人が来た時に泊まらせる施設にするそうだ」
「それなら、大丈夫なの……かな?」
言いながらも大丈夫なのかあやしくなって、マリーナさんに聞いてしまう。
マリーナさんは微笑んだだけで何も言わない。
うん、きっと大丈夫じゃないんだ。
でも、ジルベール様に言っても無駄なんだろうな。
ジルベール様が言ったとおり、ロジェロ侯爵家までは遠かった。
着いたと言われ、窓から見ようと思ったら止められる。
「絶対にドアは開けるな。窓のカーテンもだ」
「え」
「マリーナ、何があっても開けないように言っておけ」
「わかりました。シャル様はお任せください」
「ああ」
よくわからないうちに会話は終わり、ジルベール様は出て行った。
マリーナさんはジルベール様がドアを閉めた後、
内側から鍵をかけてしまった。
「鍵をかけていいの?」
「ええ。普通は勝手に開けることなんてありえないのですけど、
この屋敷の使用人は普通じゃありませんから。
シャル様、絶対に開けないでくださいね」
「わかったけど、どういうことなのか教えてくれない?」
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