黒猫令嬢は毒舌魔術師の手の中で

gacchi

第1話 逃げなきゃ

「なんで私までこんなところに……」


いつもなら王都の屋敷で静かに過ごしているはずの時間。

別荘に連れてこられたせいで居場所がない。


避暑の間、家族が過ごす別荘だが、連れてこられるのは初めてだ。

毎年、この別荘に来るのはお父様とお義母様、異母妹のドリアーヌだけで、

私は王都の屋敷に残るのが当たり前だったのに。


今年だけ、なぜかお父様は私も連れてきた。

理由は聞いていないけれど、断ろうとしても無理だった。

駄目だ、お前も来い、そう言われて連れてこられた。


無理やり連れてこられても、

やっぱり家族の中に入れず、ずっと一人でいるのに。

どうしてこんな場所に連れてこられたのだろう。



屋敷の図書室と違って、別荘の図書室は本が少ないし、

すぐ中庭に行けるように作られているから開放的な間取りになっている。


こんな素敵な図書室……私には似合わないのに。

それに、隠れる場所がないなんて落ち着かない。


屋敷の図書室には隠し部屋があって、

何かあればすぐに逃げ込めるようになっている。

その安心感がないために、本を読んでいても落ち着かない。


連れてこられて五日目。

興味がある本はほとんど読み終えてしまった。


手をつけていない棚に並んでいるのは魔術の本。

お義母様から魔術の本は読まないようにと禁じられているために、

その棚にある本を読むことはできない。


魔術か……使えたらどんな気分になるのかな。

さらりと前に流れてきた黒髪を見て、

見慣れているのに少しだけ胸が苦しい。


この国では黒髪は魔女の使いと呼ばれ、忌み嫌われる。

魔術を習うことができないのも、そのせいだ。


黒じゃない色で生まれたのなら、

もっとこの世界は美しく見えたのかしら。


ぼんやりと外の世界をながめる。

午後になって日差しが弱まってきたとはいえ、まだ暑そう。

こんな暑い場所で避暑だなんて、貴族って変わってる。


読み終わった本を片付けようとした時、

バターンと大きな音がしてドアが開いた。


いつも以上に綺麗に巻いてある赤髪。

そしてお茶会にでも行くのかと思うほど美しい緑色のドレス。


だが、燃えるような赤い目は私をキッとにらみつけた。


「やっぱりここにいたわね!」


「ドリアーヌ……どうしたの?」


「どうしたのじゃないわよ!……なんで、シャルリーヌなのよ」


「え?」


わなわなと震えるほど怒っている様子のドリアーヌに、思わず後退る。


「あんたなんて、消えてしまえばいいのよ!」


「えっ。ちょっと!」


ドリアーヌが魔術を発動させようとしているのを見て、

慌てて逃げようとする。

ドリアーヌが使えるのは火属性だけだと聞いている。

こんな図書室で火を出すなんて、どうなると思っているの!


図書室から外のドアを開け、中庭へと逃げる。

ドリアーヌは発動しかけの魔術をそのままに追いかけてくる。


「そんなのが当たったら……」


「逃がさないわよ!」


「……嘘でしょう」


中庭を走って逃げる間も何度か小さな火球が飛んでくる。

小さいとはいえ、火球が当たったらどうなるのか。


魔術を学ばない代わりに与えられた魔術具の腕輪は、

危険なことから防御してくれるとは聞いている。

だけど、攻撃魔術に対して効果があるかはわからない。


ドリアーヌの魔力は中級二の位だと聞いていた。

中級一の位から上なら魔術師にもなれるという。

伯爵家にしては魔力が多いから嫁ぎ先には困らないだろうと、

お義母様が喜んでいたのを知っている。


そんなドリアーヌが放つ攻撃魔術が当たれば、

魔術具の腕輪なんて壊れてしまうかもしれない。


「やめて、ドリアーヌ!」


「うるさいわよ!あんたなんか死ねばいいんだわ!」


「本気なの!?」


「本気じゃなかったら、するわけないでしょう!」


それはそうだ。こんなの当たったら冗談じゃすまない。

中庭を抜け、屋敷の敷地内を出て、湖のそばまで来た。

なのに、ドリアーヌはしつこく追ってくる。


湖のあたりは開けていて、隠れる場所も逃げる場所もない。

すぐに追い詰められ、行き場を失う。


「もう逃げられないわよ……シャルリーヌ」


「や、やめて……」


「さようなら」


にやりと笑ったドリアーヌの手のひらから、

一番大きな火球が投げつけられる。


逃げなきゃ、そう思って、とっさに湖に飛び込もうとした。

その次の瞬間、火球が当てられて火に包まれる。


あ、もうダメなんだ。

亡くなったお母様のところに……行くんだ。


記憶があったのはそこまでだった。




「……浮き上がってこない。燃え尽きちゃったのかしら」


火球をぶつけた後、湖に落ちたシャルリーヌの死体を確認しようと、

湖をのぞきこんでいたが、焼け焦げた服の残がいらしきものが浮いてきただけ。

シャルリーヌはどこにも見当たらない。


一番最大力で火球を放ったから、燃え尽きてしまったのかもしれない。

このままだとシャルリーヌは行方不明になる?


「まぁ、いいわ。下手に死体が見つかったら、

 私のせいだってバレてしまうかもしれないもの」


シャルリーヌがいなくなって、少しはすっきりしたものの、

やっぱり怒りはまだおさまっていない。


「お父様はどうして……」




ぶつぶつ独り言をいいながら立ち去ったドリアーヌは知らなかった。

シャルリーヌが魔術具の腕輪に守られ、湖の反対側に飛ばされていたことを。

そして、その姿を変えてしまっていたことも。




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