第3話 カッコいいの定義
ある晩のことだった。
「もう来週かぁ…。」
ガヤガヤとした食堂で、いつもの5人で楽しく話をしていたタイミングだった。
ハナはトマトスープをすくっていたスプーンを止めて呟いた。
「なんだよ。いいじゃん村の外!楽しみじゃんか!」
リュートはガツガツとパンを頬張りながら言った。
「ハナの気持ちもよく分かるなぁ。俺も村を離れるのは寂しいし。」
ダンダはそう言ってちょっとしゅんとしたハナに視線を移す。
孤児院では12歳になった子供達は3月になると村を出て、街の学校に通うことになるのだ。そこは全寮制でかなり村からも遠いらしく、村に顔を出す事も簡単にはできる事ができない距離らしのだ。
つまるところ俺達はこの村からの巣立ちが近いという事だ。
「俺は街、楽しみだなー。買い物とかしてみたい!」
銀色のスプーンをピンと立てて言った。
毎週1回、買い出し担当のシュウジおじさんは、トラックに乗って朝から出かけるのだ。それは何曜日と決まったものではなく、1週間のうちのどこかで必ず1回出かけるのだ。
だから俺は毎朝いつもトラックが停めてある駐車場にトラックがあるのかどうかを確認するのが日課だった。
それに付随する形でその日のトラックのミッションが買い出しかどうかを村の大人に確認する事も決して忘れてはいけない。仮に何か別の用事で出かけているのだとすると、「何か目新しいものは買ってきてないかな?」という高まった期待感は完全に空振りになってしまうからだ。
シュウジおじさんは大体16時から遅くとも18時すぎには村に帰ってくる。一方の俺は15時ぐらいに教室での勉強が終わり、みんなで遊んでいる時も、俺はあのトラックの歯切れの悪いエンジン音に常に耳を澄ましていた。
そして道の遥か彼方から帰りの音を確認したら、俺は一目散にトラックの戻る駐車場へと向かったのだ。
「よぉライラ!お前は本当に早いな!」
トラックからよいしょと降りてくるシュウジおじちゃんはいつも笑顔で俺を迎えてくれた。
「今日は何か面白いもの買った?」
俺は嬉々とした笑顔で毎回このセリフを言った。
「ばか!『お帰りなさい』が先だろが。」
そういうとおじちゃんの首に掛けていた白いタオルで鞭のようにペシッと叩かれた。
「痛くないもんねー!」
へへへっと笑って俺は荷台の方へと回る。
「もう降ろす?」
「そうだな。手伝ってくれるか?」
「いいよ!」
シュウジおじちゃんがガチャガチャと重たいトラックの荷台の扉を開く。
俺はこの瞬間が一番好きだった。
基本的には食料や消耗品がほとんどなのだが、村のみんなの要望を聞いて服や本なんかも買ってくるのだ。
トラックの中に積まれた段ボールの山をおじさんと一緒に1つずつ村の倉庫へと運んでいく。
まぁその荷下ろしも慣れた俺だから、荷物を抱えた瞬間に中身が何なのかの想像がついた。運び切ってしまう前に箱を開けようとするものなら、またシュウジおじちゃんに怒れらてしまうから、そんな時は気になった箱に爪で印をつけておく知恵をつけていた。
30〜40分ぐらいで荷物を倉庫に運び切ると、おじさんから「よし開けていいぞ」の号令がかかった。
待ってましたと言わんばかりに俺は、目印をつけた箱を一斉に開けていく。勿論効率よく開ける為に、俺は目印をつけた箱を開封しやすく綺麗に並べた状態で搬入していた。
目ぼしい物の判断は早い。さながら箱開けレースでもしているかのようだ。
「お前はダンボール開けるのが好きなのか?」
シュウジおじちゃんは荷運びでかいた汗をタオルで拭いながら言った。
俺はその言葉を完全にシャットアウトして夢中になって箱を開け続ける。
「シュウジおじちゃん!これ何?」
見つけた!と言わんばかりに俺は箱の中身を指さして言った。
箱に入っているそれは、何だかワクワクの予感がする。
どれどれと俺の隣にやってきて、しゃがみ込んだシュウジおじちゃんは、
「あーこれか。Bluetoothスピーカーってやつだ。音楽が聴けるんだ。」
ダンボールの中に手を入れて、その箱をスッと引き抜いた。
真っ白い箱に円柱状の黒い物の写真がプリントされている。
「これトオル君に頼まれたやつだな。」
トオルさんは村の大人でも若い方だ。家の修理をしたり、大工仕事をよくしている。
「トオルさん。この前は赤いギター頼んでたよね?練習してるのかな?」
「やってねぇだろな。あいつはすぐ飽きるから。」
シュウジおじちゃんは箱の裏に書いてある説明文に目を落としながら言った。
「なぁこれ電源無しでも使えるらしいぞ。開けてみっか?」
ニカっと笑って言った。
「いいの!?」
俺はその企みに飛びついた。
「綺麗に戻せば大丈夫だろう。多分な。」
そう言いながらシュウジおじちゃんは丁寧に箱フタのシールを剥がし始めた。
「気をつけてね。」
手元が狂わないように、なるべく小声で言った。
「言われんでもやってるわ。」
ほら、といった具合で綺麗に剥がれたシール部分を見せる。
そして箱を開けると透明なビニールに覆われたスピーカーが現れた。
「意外に小さいね。」
「だな。」
シュウジおじちゃんが電源ボタンを長押しすると、真っ黒だったスピーカーが右から左に虹色に光り、上品な起動音を響かせた。
「光ったよ!シュウジおじちゃん!カッコいいね!」
俺は体を上下に揺らして興奮気味に言った。
「虹色に光るのがカッコいいのか…?別に光らんでもいいだろうが。」
音楽を聴くものなんだろ?と付け足しながら、シュウジおじちゃんは自分のスマートフォンを取り出して、スピーカーと接続する。
「どう?繋がった?」
餌のお預けを食らっている犬のように、もう待てないよといった具合に俺は言った。
「おー…。これで…。繋がったみたいだぞ。」
マッドブラックのスピーカーは今度はオレンジ色にふわっと光る。
「ワクワクするね!」
ちょっとな、とシュウジおじちゃんは答えてから、
「よし、じゃあとりあえずこれだな。」
シュウジおじちゃんがスマートフォンの再生ボタンを押した。
軽快なシンバルの音が響き出す。続いてスネアの音。
小さなスピーカーから発せられているとは思えないような立体感のある音色だ。
「シュウジおじちゃんはジャズかけるだろうなって思った。」
俺は小さくそう呟くものの、音に合わせて彩りを変えるスピーカーから目が離せないでいた。
この際どんな曲が掛かろうと俺にはどうでも良かったのだ。興味の対象はすでにスピーカーというそのものから、柔らかなその虹色に移行していた。
「綺麗なもんだな。」
「色んな色で光るんだね。ほんとに綺麗。」
「ばか。違う。音だろうが。」
けっとセリフを吐くように言うと、シュウジおじちゃんはやれやれと首を左右に振った。
「お前は本当に綺麗なものが好きだな。」
「うん。好き。カッコいいもん。」
「お前の中でのカッコいいって何なんだ…。」
俺の中では綺麗な物は「美しい」であったり「可愛い」には定義されていなかった。
それは「カッコいい」のだ。
「可愛い」に対してはあまり関心はないのだが、「綺麗」「美しい」に関しては俺のカッコいいセンサーが反応し、ワクワクを与えてくれるものだった。
ハナの髪もそうだ。髪を伸ばしているハナは風が吹くとそのふわっとウェーブがかった髪が風に靡いた。裏庭の頭上で輝く太陽がブラウンの髪をキラキラに変身させて、風に瞬くのだ。
これだ。
これが「綺麗」=「カッコいい」の俺の定義にバチっとハマった。それから髪を伸ばすようになり、それをひとつ結びにしてよく村中を走り回っていた。
そう、意図して髪を靡かせる為に。
基本的に男の子が髪を伸ばすと変に見られるものだと思うが、俺はわりかし似合っていたらしい。村の人に色んな髪留めをもらったし、似合ってるね、だの可愛いねだの言われた。
可愛いねを言った人に関しては、違うんだけどなと思いつつも、ありがとうとだけは言って走り去っていた。髪のキラキラを見せつける為に。カッコいいということに気付かせたかったのだ。
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