第3章十一話:音楽/偶像惑星
「ふぅ、やっと着いた」
天気はあいにくの曇り、ドンヨリとした街の暗い様子に天候も合わさり気が参ってしまいそうだ。
「チェックインした後はご自由に見て回れます、今日は地元以外のアイドルも応援ライブに来ているのでふふ......失礼、企業の本気が見れるでしょう」
ライブは毎日やってる訳ではない、ちょうど開催する期間と合わせて予定を組んでくれたのだろう......趣味が入ってる事は、否めないが。
「もしライブが失敗した場合、クラヤミの接近に伴う避難ルートは......」
壁だ、黒い壁。街から見て一方向に遥かな壁がそびえ立っている、あれがクラヤミなのだろう。
(やけに黒いモノと縁があるな)
意識し過ぎだろうか?それはともかくとして、ちょっと尋常で無い位に街の雰囲気が重苦しい。既にシャッターが閉まり
「先ずは......」
「チェックインした後にグッズ購入ですね!」
まあ、うん......それで良いよ。チラリと見えるグッズの値段は既に投げ売り価格、何だかライブが上手くいく予感は全くと言って良いほど浮かばない。
チェックイン後、グッズを見て回るだけで時間は過ぎて行き野外に設営されたライブ会場へ着く。
(左側の遠方に黒い壁か......)
壁にしてはボコボコと蠢く......一方ライブでは「来てくれてありがとう!」と地元のアイドルさん達が話をしている、しかし全体的に若いな。
淡い水色髪に赤茶髪、黒紫髪に淡い金髪?ここのアイドル達は若いうちから、髪色がやたらカラフルで髪を痛めないか心配になる。
(始まったけど、しっくり来ないな......)
どちらかと言うと観客はスンッ......て感じで演者にとってトラウマものだろう。観客の例外はちゃっかり
(あ、泣いちゃった)
先陣切って1人目のソロ曲をやってたが流石に耐えられなかったか、淡い水色髪の少女は続行不可能と判断され舞台を降ろされた。
そんな事もあってか、ライブは全く盛り上がらない。
続く地元のアイドル達が歌ったり踊ったりするも雰囲気を一変するには難しい様で、空気を変えるべきかと遠方からやって来た有名らしい人が裏でゴタゴタ話し合ったのか出て来る。
『本日来てもらったのは......』
ファンと思われる人々は歓迎ムードだが、それ以外の人々は冷淡な物でただ見ている状態だ。
ここに居るのはアイドルかその関係者。観客には熱心なファンや私の様な第三者、そして趨勢を見守る地元の住人達が大半。
(いけるか?)
(今回もダメだな)
(いくら金出してると......)
(どこへ行けばいいんだ)
そんな思いが聞こえて来る。ライブなんてもう見ていない、[失望]の気配で満ち始めるとクラヤミが急に動き出した。
「クラヤミが動き出したぞ!」
「もうダメだ!お終いだ!」
『え!?ちょ、ちょっと待ちなさい!』
「どいて!邪魔よ!」
「痛い!」
好き勝手に逃げ出す人々と混乱して固まる人で場が混沌とする、クラヤミは混迷が深まるほど侵食が早くなる様だ。なるほど、ようやく確信が持てた。
「ポッシさん」
古来、祈祷によってクラヤミを押し返した。今やライブによって押し返す、今回は失敗した様だが......人々の想いか熱量か、それは分からないが確実に影響してる。
「ポッシさん!」
クラヤミは[惹き寄せられてる]、失望、混乱、混迷、カオス。ならばそれを食料に...いや、違う[そのモノ]だな?同じモノは引き寄せられる、今まで対抗出来てた理由は。
「ポッシ社長!」
「先に避難しててくれ、私はやる事が出来た」
[幽霊楽団]起動、半透明な蒼白い指揮棒を手に無人の舞台へ向かう。
「何言ってるんですか!?夢人でも無事じゃ済まないんですよ!?」
「それでもだ」
「ああもう!」
少し引き止められたけど一言返して集中する。思考処理能力の分断、個別人格の定義、統率主人格の保護、記憶領域の接続、外部機能[幽霊楽団]本格稼動。
序幕、オペラ。
対面するのは客席で無くクラヤミへ向けたもの。1人声が響き渡る様に楽器は種類を増やし続け用意だけ、恐らく聞き慣れない様な言語の独白。
「(これより始まるのは、かくも愚かに滅びゆく世界でうたわれた希望の声!)」
少し楽器を鳴らす、タンバリン、ピアノ、カスタネットにバグパイプやらアコーディオン。ちょっとずつ楽器の音を増やしくっ付け、mixして行く。
「(窮地も絶望も知り尽くされた世界でなお高らかに歌われたものである!)」
じゃあ......対戦よろしくお願いします。と楽器を一斉に鳴らし始め、様々な音楽を同時並列に奏でる。ちょうどオルガンも出現出来た、それに思考能力の影響か楽器を奏でる顔の見えない亡霊な演奏者も居る。
先ずは1つ目、その歌によって戦争を止めさせた未来あった若者達の声を
(続け様に、スムーズに、別の曲へ)
REMIX、と言うやつだろうか。次から次へと繋いで行く、絶望の中にある衰退した世界で希望を夢見た曲。団結する為に高らかに歌われた希望の歌。
ひっそりと廃墟で唄われた希望の子守唄。だいぶ近いがクラヤミの侵食は止まってる、しかし曲を止めてしまうと侵食が再開すると肌感覚で分かる。
(たった独りではこれが限界か?)
どちらにせよ詰み、いや......まだだ、まだ居るな。呆然とこちらを見る
(こちらで合わせる、頼むからコッチへ来て歌ってくれ)
幾らでも引き出しはある。だがどれだけ騙し騙し頑張った所で私は1人だ、集団でないとあれほど巨大なクラヤミは追い返せない。
そもそもどうしてクラヤミを放って置いた、とかもっと初期の初期で対処出来る事じゃないのか?!と思わないでも無いが。慣れない笑顔がキツイ!
(なんか音符飛んでる!?これいけるのか!)
確か、そう!この楽器は音楽の神だなんだで大変な事になった世界の奴!まだまだ種類は増えるぞ!ちょくちょく惹き寄せる様な音を出した事が上手くいったか此方へやって来た。
(出して欲しい音はこれだろう!?)
見れば分かる、さあ歌え!本当は裏方が良いんだけど、そうも言ってられない!主要曲、副曲、入れ替わったり終わって始まったり流転回転どんでん返し。
主要な曲を大きく主張したり、豪華に着飾らせたり、同じ部分を合わせたり、時には他の曲を小さくして目立たせる。
(これが君のアイドルソングだな?)
全くもって知らないが、踊る音符はそれを語る。言葉無き世界の歌を歌ってると、地元のアイドル達が戻って来る。さあさあ、歌え歌え好きに歌え全員纏めて上手く混ぜてやる!
(遠方から来た有名人は慎重を期して、帰ってしまったか)
それもまた良し、情熱的な曲、不可思議な曲、微笑ましい曲、目指すべきモノへ突き進む曲だって良い。どんな楽器だってある、奏でて魅せよう。
帰って来た観客達も冷淡な表情なんてさせてやらん、お前達も楽器の一部だ!と演出へ引き込み利用する。歓声、応援、熱狂、何を取ってもその場を作るのはアイドルと観客だ。
だいぶ押しやられたクラヤミは、それ以上に動きそうも無い。
(最後はやっぱり皆で)
誰もが手を取り合う様な歌、どんな人々でも同じ単語を発して歌う曲。[観客も巻き込んで歌う曲]が最適だろう、ゆったりではっきりとした願いの歌。
クラヤミは、もうそこには居ない。
(燕尾服じゃないから、ちょっと締まらないな)
頭を下げて幕引きである。まばらな拍手に感謝......どうぞ気にせず喝采を、幕引きに喝采を。
(......喉痛い)
[幽霊楽団]を解除していき、思考能力も元通りに。拍手の雨と泣いて感謝される事に心地良さや微笑ましさを感じるが、ちょっと今は喋れんのよ。裏へ行けば、この惑星で最近妙によく見掛ける顔。
「ポッシさんあんな事が出来たんですねえ」
そう言いながら見捨てずにずっと居た、元大企業勤め秘書の[ふくみ]さん。
「いまネットで大変な事に......ポッシさん?」
「...と......い...」
「い?」
「...のど、いだい」
んん?どっから出したその水筒......コップに、ふむ?これは
「......感謝する。ふくみ、サン」
「いま、名前......」
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