きれい、ただそう思った

CHOPI

きれい、ただそう思った

 夏が始まる少し前。梅雨時期特有のジメジメとした空気が、その日は珍しく数少ない梅雨晴れにあたってカラッとしていた。夏休みが近づいてくるこの時期、セットでやってくる定期考査。各教科の先生たちが少しずつ出題範囲と提出課題をちらつかせ始めて、そのたびに『あぁ、はいはい』と適当に脳内で返事をしては聞き流していた。


 ふと、教室の左側、窓際に目線を向けると、左手で頬杖をついて退屈そうに右手でペン回しをしているクラスメイトの横顔が目に入った。彼の視線はしっかり黒板に向いていて、だけど別にその視線は真面目、とは裏腹にやる気の無さそうな目をしていて、下がった口角はどことなく退屈そうで。その横顔は窓から差す日の光が程よく逆光になって、少し影になっているのが様になっていた。


 ……アンニュイ、ってこういうことを言うんだろうか。


 私は自分の語彙力の無さを呪いつつ、だけどその光景があまりにきれいで視線を動かすことが出来なくなった。

 気だるげな空気を醸し出している彼。その横顔を見つめて、果たしてどれくらいの時間が経ったのか。

「ここ!これもテストに出すからなー!」

 唐突に大きな声を出されて、驚いた私は慌てて視線を前の黒板と先生に戻す。だけどそれから先、授業に集中なんてできなかった。さっきの彼の横顔がチラついて、とても眩しかったせいだ。




 ようやくの思いで授業が終わって放課後になる。部活に入っていない私は机の中から今日出た課題を引っ張り出してバッグにしまうと、そのまま下校するために駐輪場へと向かった。いつものように自分の自転車の前まで来て、それからカギを解錠して自転車を引っ張り出す。と、そこで気が付いた。

「うっわ、サイアク……」

 スマホを教室に忘れてきていた。


 正直忘れたまま家に帰ろうかとも思ったけど、一応個人情報の塊だしな、なんて考えてしまったせいで、めんどくさいとは思いつつも取りに戻ることにした。一度自転車を戻し、これから帰ろうとしている人の波に逆らうようにして教室へと向かう。階段を上って自分の教室へ向かうと、そのまま脇目もふらず自席へ一直線。机の中に手を突っ込むと目的のモノはすぐに見つかって、ため息をつきながらそれを引っ張り出した。たまにやるこの忘れ物。画面を一度つけて時間と通知だけ確認して(通知も特になかった)そのまま画面を暗くしてスカートのポッケに突っ込んだ。


 別に何を考えたわけでも無かった。けど、何となく窓際の席を見てしまう。同時に脳裏に鮮明に浮かんだ彼の横顔はあまりにきれいだった。同じクラスとはいえ、彼とは一度も話したことは無い。というか、今日の今日までそこまで強い印象があったわけでも無かった。

 なのに、あの一瞬。あの横顔を見た一瞬で、一気に世界が変わったように思えた。

 視線を自分の席に戻し、一度目を瞑る。脳裏に浮かんでいた彼の横顔はさらに鮮やかさを増して瞼の裏にくっきりと浮かんだ。そしてそれは消えることなく、さらに鮮やかさを増していく。


 目を開ける。目の前の壁掛け時計に目をやると、教室に来てから10分ほどが経過していた。さっさと帰ろう。そう思ってもう一度忘れ物が無いか確認して教室を出る。階段を降り、ようやく駐輪場まで戻ってきて自転車を出すと校門へ向かう。


 なんだかわからないけど、ほんの少し、明日の学校が楽しみだと思った。


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