第25話 想いと結果 その6

 いくら車がパワーアップして速くなったとは言えども所詮運転するのは下手くそなわたし。それに不整地道路を走るのを目的にして作ってある車なので、いくら頑張ろうと相手は二人乗りだとしても、舗装道路を走る大型のオートバイに追いつける訳がない。あっけなく見失ってしまう。


 ……どこ……。


 焦りながら夢中になって走り続けていると陽も昇ってきて人も出て来る。ツーリング中の者達や散歩している老人等を捕まえては聞き込みをして、資料と地図を照らし合わせながら、時には国道から外れて山の中を走り、林道どころか登山道の入り口まで行っていたりしている内に、気が付けば海のすぐ側まで来ていた。


 ……疲れた……お腹がペコペコ……。


 いつの間にかお昼も過ぎている。人気が無い地域ばかり走っていたせいもあるが時間帯の問題もあって、ここに来てやっと食事にありつけた。もう道の駅も営業している時間だ。久々の海鮮に舌鼓を打ちってお腹を落ち着けると次は車。近くのガソリンスタンドで給油をしたのだったが、その時に周囲を見渡していて違和感を覚える。


 ……なんか、不自然に道が新しくて広い所が……。


 それに建物も不自然なまでに新旧の物が混在している。


 ……なんでだろ……。


 無我夢中で走り続けていたから今いる場所がどこかなのかすぐにはわからなかったが、改めて地図を見た事で理由がわかった。


 ……あっ……。


 それに気が付くと少し身体に震えが来て身が引き締まる思いがする。


 ……震災……。








 

 この辺りの海岸線は三陸海岸特有の山深い半島になっている。ここも同じ地形だ。


 …… 首崎灯台なんて、怖い名前……。


 朝廷に敗れた蝦夷の首が流れ着いた謂れのある場所が、この半島の先にあって灯台になっている。


 ……当時の政敵、鬼か……。


 幸いその場所自体には用が無かったが、その半島の中には調査対象地点があった。

 

 アオイ達と同じルートを追って来た筈なので、もしやと思って聞いてみたらやはり同じガソリンスタンドに寄っている。


「その二人、どっちへ行きましたか?」


 ここから上がって国道の方へ戻っていったとの事。ならば北の方から半島を回るつもりに違いない。


 ───よし! まだ間に合う!

 

 お礼を言うと急いで車に乗り込んだ。








 半島の中を行く林道は一本道。なので追い付けない事を想定して反対側の漁村がある方から行く事にした。


 村の脇道から林道へ入るとすぐに木々や草に覆われた不整地道路になる。ここまでは今まで行った事のある各地の林道と変わらなかったのだが、暫く進んでいくと異様な光景である事に気が付いて気味が悪くなった。


 ……なんでここ、こんなに荒れ果てているのかしら……。


 人家がある所からそう離れていない場所にも関わらず、あまり人の手が入っていない様に見える。


 ただ道の草が生え放題なだけなら驚きはしない。確かに岩手県の林道は生活に根差した道が多く、ここまで車が入っていな場所は珍しいとは思ったが、青森県ではよくあった事だ。それではなく気になったのは周囲の木々。明らかに植林された杉山にも関わらず、枝は伸び放題で樹皮も毛羽立っており、場所によっては腐って枯れ落ちている。明らかに放置されているのがわかった。今までにこんな山を見た事は無かった、


 ……ここの林業の人、辞めちゃったのかしら……。


 高齢化による従事者の減少が問題が問題視されてる業界だ。悲しいがこういった事も起きるのだろうと考えたが、しかしそれにしては除草剤でも撒かれた様な木があるのは何故だろうか。


 ……自然に枯れたようには見えないのよね……他に木が枯れる理由って……あっ!


 塩だ。すく近くには海がある。だが、わざわざ掛ける事でもしなければこうはならないと思う。現に海岸沿いの山や林はどこでも見る光景だ。


 ───津波!


 当時はこの辺りにまで押し寄せたのだろう。そしてそれは山の杉の木だけではなく……。


 …………。


 十数年経っても手が入っていない理由を何となく察せて、途端に神妙な気持ちになり身が引き締まった。静まり返っている山の中を緊張感を持ってゆっくりと進んだ。








 しかしこの林道はよく鹿に出くわした。これは少なくとも数時間の間はここを通った者がいない事の証明だ。だからアオイと入れ違いになっていない事が分かってホッとしたのだが、それと同時に全く人が通っていない事がわかり緊張する。


 ……いつも以上に気をつけなくちゃ……。


 道は水が流れたせいで抉れている箇所も多かった。


 V字になっている場所を勢いをつけて走り抜けたり、時にはシックリと確認しながら溝の間にタイヤを絡ませて慎重に進む。


 ……疲れる……。


 ここはスマホの電波も入ったり入らなかったりで気が抜けない。


 ……アオイはドコだろう……?


 本当にここへ来ているのか不安になりながら進んで行くと、少し開けた所で倒木に道を塞がれてしまった。


 ……こういう時は、オートバイだったらと思うわね……。


 古いものだからアオイのではないだろうが、倒れている木の端を抜けたオートバイの轍が残っている。。


 ……さすがにコレはムリかな……。


 残念ながら車でその真似は出来ない。頑張れば乗り越えてられそうな太さの木だったが、丸い木なので前のタイヤが地面に降りた瞬間、丁度前後のタイヤの間に嵌って動けなくなってしまう恐れがある。それを回避する為に、勢いをつけて突破する手も考えたがすぐ側は崖。勢いあまってコントロールを失い落ちてしまう恐れもあった。こんな場所で危険な賭けは出来ない。安全第一。なので大人しくラダーを木の上に置いて乗り換えるか、木そのものをどかすしかなかないのだったが、この先進んだとしても、途中でアオイと行き違いでもしたらまた同じ道を通るかも知れない事を考えると、追い掛けている時に呑気にラダーを出している暇はないだろう。ただでさえ危険な林道だ。


 ……これは切るしかないか……。


 その方が自分だけでなく他にも通る人がいたら喜ばれると思う。


 こういった事態を想定して丸太を切る為の大きなノコギリは持ってきてあった。しかし使うのは初めて。ただなにも切り刻む必要はないのだ。車が通れるスペースが空きさえすれば良い。これまでにナタは散々使ってきたからこれも似た様なものだろう。なんとかなると考えて挑んだのだったが、すぐに後悔をする羽目になった。


 ───もうムリ〜!


 倒木なのだが期の全体が完全に地面に付いている訳ではなく少し空間が出来ている。その為、のこぎりで切り進めていくと、挽いて出来た隙間が木の自重で下がって塞がってしまい、のこぎりの歯が挟まって動かしずらくなってしまう。ならば先にと反対側を切ってみたが同じ事だった。


 ……めんどうね……。


 綺麗に切るのは諦めた。


 ……通れればいいんだから……。


 へし折る事にした。


 のこぎりを放り出すと車に戻り、ウインチを使う時に木に巻き付けるツリープロテクタやフックを取り出して倒木と車を繋げると、車に乗り込みギアをバックに入れて勢いを付けて一気に引っ張る。


 ───よし!


 車のパワーだけでなく途中まで木に切り込みを入れていたお蔭もあったのだろう。一発で折れた。そこまでは良かったのだが……。


 ───ヒィーッ!


 勢い余って砕けた木が飛んで来て運転席を掠めた。


 ……あぁぁ……。


 木がぶつかりサイドミラーが吹っ飛んでしまう。しかも前回ただ落とした時と違って勢いがあったからガラスが粉々に。


 ……やっちゃった……。


 意気消沈しながら車から降りると散乱したガラスを拾う。砕けたガラスを見てフロントガラスに当たらなくて幸いだったと思ったが、これは一歩間違えれば大惨事だった事に気が付いて冷や汗が出て来た。


 ……こんな場所なのだから、普段よりももっと気を付けなければいけないのに……。


 慎重にと考えていたが、やはりどうしても気がせっていたのだろう。安全確認を怠っていた。反省だ。ここから先はさらに気を引き締めなくていけない。


 ……しかしこれ、どうしよう……。


 さすがにサイドミラーの予備は持って来ていない。かと言って手鏡を括り付けて代用する訳にもいかないだろう。


 …… オートバイじゃないんだから、片っ方だけのミラーじゃマズイし……。


 アオイはこの先直ぐにいる筈だ。あと一歩の所まで来ていると思う。しかしここは一旦人がいる所まで戻って車の修理をするべきなのだろうか。ミラーを失ってしまったからだけではなく、この山にいるのが怖くなっていた。今まで行った事のある数々の山の中とは違って不気味に感じていたからなのもある。先ほどまでとは打って変わって気持ちはかなり後ろ向きになっていた。


 ……林道の入り口で待っていた方が良いかしら……。


 どうせここも通過するだけだろうからその方が確実かも知れない。などと考えながら立ちすくんでいたら、僅かながら静かな山の中に響いてくるエンジン音に気が付いてハッとした。


 ……アレは……。


 オートバイの音に違いない。遠すぎてアオイのものかとどうかの判別はつかないが、今この山中にいる人間がわたしだけではない事がわかって少し安堵した。


 ……アオイじゃなくても……。


 オートバイならツーリング中の者だろう。なら予備のミラーを持っているかも知れない。


 ……この際車用でなくても構わないわよね……付いてさえすればいいって聞いたことがあるし……。


 正直そんな事は建前だ。持っていない可能性の方が高いし、そもそも譲ってくれるかわからない。ただ、今は不安で堪らず誰でも良いので人に会いたかった。


 ……行こう……。


 先に進む事にした。






 


 

 暫く進むと、この場には似つかわしくない人工物が見えて来る。


 ───ッ!


 慌てて車から降りると駆け寄った。


 ───アオイのオートバイ!


 間違いなかった。出て行った時とナンバーも一緒だ。思わず涙ぐんでしまう。


 よく見れば荷物は乗せたまま。しかし辺りには人の気配はない。もっと近寄るとエンジンにそっと顔を近付けてみたらチンチンと音がしてまだ暖かかった。


 ───まだ近くにいる!


 急いで足跡とかないものかと周りを見渡す。すると道を外れた山に向かう草が倒れているのに気が付いた。明らかに獣などではなく人が踏んだ跡だ。それが奥へと続いている。


 ……コッチへ行ったのね……。


 しかしそこは登山道でもなんでもない草木が生い茂るただの山。虫だけでなく変なものが出て来そうな自然そのもの。奥を見ても木しか見えない。一瞬躊躇をしたがすぐに覚悟を決める。


 ───やっとここまで来たんだから!


 急いで車へ戻ると装備を整え、草を掻き分けながら山の中へと入った。

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彼女たちの選択、大好きを探しに アンコの子ネコ @annkonokoneko

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