第11話 ひととき、宴の時間


 合格した六人はこれから拠点となる屋敷へと連れていかれた。


 とても広く大きなお屋敷に皆が目を丸くする。


 大きな門をくぐるとそこには広大な敷地が広がっており、天気のいい日は外で稽古ができそうな程だった。

 奥の方には立派な玄関が構え、その向こうの大きなお屋敷へと続いている。

 屋敷の大きさから、中も相当広いことが予想できた。


 こんな豪華な屋敷に住まわせてもらえるのかと、皆が驚きと喜びがないまぜになった瞳で眺めていた。


「ここは、私のあるじである黒川様に用意してもらった。

 黒川様はこの隊を作られたお方だ。

 皆が訓練に集中できるようにと考え、配慮されたのだ。

 いずれ会う機会もあるかもしれないから、心しておくように」

「はい!」


 伊藤を先頭に、一同は整列し屋敷の中へ入っていく。

 屋敷内を回りながら、伊藤がそれぞれの部屋を案内をしていった。


 一通り説明し終わると、伊藤は皆に向き直る。


「これからここで、皆には寝食しんしょくを共にしてもらう。

 お互い信頼関係を築き連携を大切にするように。

 また、稽古や訓練に励み、さらに剣術の腕を磨くように。

 そして、黒川様の命が下ったときは君たちの出番だ。それまではここで精進しょうじんすること、以上!」

「はい!」


 皆の緊張感が漂う中、伊藤の表情が緩んだ。


「……まあ、今日は合格祝いと親睦会しんぼくかいねて、宴会を開こうと思っている。それまで自由時間だ。

 今日はご苦労だった、解散!」


 伊藤はそれだけ言うと去っていった。

 残された者たちは互いに顔を見合わせる。


「宴会だってさ、楽しみだな」

「俺疲れたから寝てくるわ」

「僕は町へ行ってくる」


 それぞれの自己紹介が済んだあと、皆思い思いに散らばっていった。


 宇随は雛を誘おうとしたが、雛は神威に声をかけた。


「神威さん、少しお話しませんか?」

「ああ、別にかまわない」


 二人で庭の方へ歩いていく。

 その後ろ姿を宇随は恨めしそうに見つめるしかない。


「なんなんだよ。いつもいつも……」


 その場で地団太じだんだを踏んだ宇随は、雛たちに背を向け、一人寂しくどこかへ去っていった。





 屋敷の庭にある大きな池のほとり。

 雛と神威は静かに語り合っていた。


「神威さん、今日はいろいろありがとうございました」

「何がだ?」


 お礼を言う雛を見つめ、神威は不思議そうな表情をする。


「宇随さんとの喧嘩を止めてくれたり、悩んでいるときアドバイスしてくれたり。

 神威さんって頼りになりますよね。それにとてもお強いですし」


 無邪気に笑う雛に対し、何を言うのか、というようにあきれ顔の神威。


「君こそ、強いじゃないか。地元では負け知らずだったんじゃないか?」

「んー、まあ。でも私は井の中のかわずだったと思っています。

 こうやって神威さんのような強い方がいるんですから。またいずれお手合わせをお願いしたいです」


 雛が目を輝かせ、ずいと神威に近づいてきた。

 勢いに押された神威が苦笑いしながら、躊躇ためらいがちに一歩下がった。


「ああ、お手柔てやわらかに頼むよ。お転婆てんばお雛様」


 神威にしては珍しく人をからかうような発言をしてしまったことに本人が一番驚く。

 すると、すぐさま雛は怒りだした。


「酷い! 神威さんまで私を女扱いするんですか?」

「すまない、つい……な」


 雛の反応が見たかった。

 なんて絶対口に出せない神威は、怒っている雛から視線を逸らした。




 そんな二人の仲睦なかむつまじい様子を、宇随は羨ましそうに一人陰からこっそりと覗いていた。


「神威、あいつ……怪しい」


 じとーっと睨んみつけていた宇随は、我慢できずにとうとう駆け出す。


「おーい! おまえら二人で何楽しそうにしてるんだ?

 ずるいぞ、俺も混ぜろー!」


 両手を広げ、叫びながらこちらへ走ってくる宇随。

 その姿を発見した雛は可笑しそうに笑いながら笑顔を向けた。


「宇随さん、どうしたんですか? さては一人で寂しかったとか」


 雛にずばり言われて、宇随がぎくりとする。


「う、うるせえ! おまえこそ俺がいなくて寂しかったんだろ」

「そんなことありませんよ」


 冗談を言いつつ二人は笑い合う。


 そんな二人を見て今度は神威が少し不機嫌そうな表情になっていた。

 しかし、二人ともそれに気づくことはなかった。





 夕食の時間。

 屋敷の広間で盛大なうたげもよおされていた。


 豪華な食事と酒が提供され、皆少し羽目はめを外していた。


「雛ちゃん、可愛いねえ。おしゃくしてくれる?」


 隊の一人が雛にからんでくる。

 顔は真っ赤で、ろれつも回っていない。完全な酔っぱらいだ。


「え? ああ、はい」


 雛が場の空気を読み、お酒をごうとする。


「ちょっと待て! 誰がこいつにちょっかい出していいって言った?」


 ふらふらとした足取りで雛に近付いてきた宇随の顔は真っ赤だった。


「こいつにお酌してもらおうなんて、百年早いんだよっ。出直してこい!」


 だいぶ酔っているようで、態度がいつも以上にデカい宇随。


「なにーっ。おい宇随、おまえ雛ちゃんに負けたくせに偉そうに言うな」

「あーーっ、それ言っちゃうんだ。ひでーっ。

 そうですよ、どうせ俺は雛に負けましたよ、情けない男だようっ」


 今度は宇随がメソメソと泣き出した。

 コロコロと気分が変わる、やっかいな酔っ払いだ。


「雛、俺かっこ悪いよな?」


 雛の方へ体をぐっと近づけた宇随の顔が、もうすぐくっつきそうなほど近くなる。


「そこまで!」


 急に宇随の顔が誰かに掴まれ、雛から引き剥がされた。

 神威が不機嫌そうな表情で二人を見下ろしている。


「酔っ払いの絡み合いは見苦しいぞ、その辺にしておけ。……あと」


 鋭い視線を向けた神威が、先ほど雛にお酌をねだっていた男の耳元で囁いた。


「あまり調子のっていると……知りませんよ」


 その真の底から冷えるような声音こわねとは裏腹に、神威の顔は笑っていた。

 それが余計に恐ろしさを倍増させる。


 男は一気に青ざめ、酔いがさめたかのように急に真面目な顔をして雛に謝った。


「ご、ごめんな、調子にのりすぎたよ。勘弁してくれ」

「いえ、私は別に……」


 男はいそいそと自分の席へと戻っていった。


「宇随、おまえも酒癖悪いな」


 神威が宇随に視線を送る。

 宇随はもう既に夢の中だった。

 すやすやと気持ちよさそうに雛の膝の上で眠っている。


 神威のこめかみの血管が浮いた、次の瞬間、宇随の頭に拳が振り下ろされた。


「いってーーーっ」


 宇随は頭を抱え飛び起きる。


「何すんだよー、せっかく気持ちよく寝てたのに」


 宇随が神威を睨むと、神威の視線がゆっくりと宇随を捕らえた。


 それはこの世のものとは思えないほど恐ろしい目つきをしていた。

 宇随は寒気がしてブルっと身震いする。


「か、神威くん、落ち着いて。冗談きついよ。なあ、雛?」


 宇随は雛の背にそっと隠れる。

 雛はなぜこんな展開になっているのかさっぱりわからず、神威を見つめた。


 確かに神威は何かに怒っているようだった。


「……どうしたんですか? 神威さん、いつもの神威さんじゃないみたい。

 もしかして酔ってます?」

「……そうかもな」


 少し不機嫌そうな表情の神威は自分の席に戻っていく。


 宇随はほっと胸をなでおろし、雛のとなりで何事もなかったかのようにまた食事をはじめた。

 なんともたくましい男だ。


 神威の様子を気にしつつ、雛も残りの時間はうたげを楽しむことにした。



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