第8話 天才剣客あらわる

「がんばれよーっ!」


 宇随の大きな声が辺りにこだまする。

 周りにいる人たちは宇随を迷惑そうな目つきで眺めている。


 先ほどから一人で大声を発している宇随に、皆嫌気がさしているようだった。


 その声援の元凶である雛にも、突き刺さる視線が向けられていた。

 声援を送ってくれるのは嬉しいのだが、現実問題、雛は居心地が非常に悪い。


 雛は宇随を睨みつけてみたが、本人はどこ吹く風というようにまた何か叫んでいる。

 あきらめたように雛はため息をつく。


 そんなことより、今の雛の目の前にはもっと大事な問題があった。


 雛は対戦相手を見つめる。


 先ほど、お互いをたたえ合い握手を交わした人物、須田健一。

 彼と戦うことになるなんて、神様は意地悪だ。

 少し前まで雛の気持ちは揺らいでいた。

 しかし、神威の助言のおかげで、雛は覚悟を決めた。彼と本気で勝負することを決心していた。


 自分にはどうしても成し遂げたいことがある。

 それをこんなところで簡単にあきらめることはできない。


 彼にも譲れないものがある、それはしかたがないこと。


 お互いが本気でぶつかることが、今できる最善の方法だ。


 須田の視線とぶつかる。

 彼の瞳には、雛と同じ決意の色が滲んでいた。


 お互い想いは同じ。


 雛は深く深呼吸すると、まっすぐに須田を見据えた。


「試合、はじめ!」


 審判の声と共に、観衆たちの声援が聞こえてくる。

 その中には宇随の大きな声も混ざっていた。


 雛と須田は見つめ合ったまま動かない。


 どうしたものかと考え、こちらから仕掛けてみることにする。

 須田の方へ走りながら、雛は刀に触れた。

 すると、須田も刀を握った。


 二人の刃がぶつかった。


 雛は刀ごしに、須田と近くで見つめ合う。

 須田の目に迷いはなさそうだ。これならこちらも迷いなく戦うことができる。


 雛が攻撃を次々と繰り出していく。須田はそれらをすべて受け止めていった。

 須田の後ろに回り込んだ雛が、トドメを刺そうと剣を振るうが避けられる。

 今度は、須田が攻撃をしかけてきた。


「あいつ、やるじゃねえか」

「あの小さい方、ヤバいんじゃないか」


 その言葉を聞いていた宇随が笑い飛ばす。


「おまえら、わかってねえな。あいつはまだ実力の半分も出しちゃいねぇ」


 宇随は嬉しそうに口の端を持ち上げ、雛の戦いを目に焼きつける。

 その少し離れたところから、神威も一人冷静に雛の試合を見つめていた。


 須田の攻撃の勢いがどんどん増していく。

 雛はただそれを受け止め続けている。


 攻撃を受け止めながら、雛が須田に問う。


「今、本気ですか?」

「何? どういう意味だっ」


 須田はかなり体力を消耗しているのか、息があがっている。


「これが須田さんの限界だというなら、申し訳ありませんがあなたに勝ち目はありません」


 雛が淡々と、しかし悲しそうな表情をしながら須田に言った。

 それを聞いた須田が、怒りをあらわにする。


「人を馬鹿にするな、あなたは僕が倒す!」


 気合いの雄叫おたけびを放った須田が、勢いよく雛に切りかかる。

 雛はそれを華麗に避けると、彼の間合いに入り込む。


 一瞬の出来事に、須田がしまったという表情をしたがもう遅かった。


「ごめんなさい」


 雛は須田に素早く強烈な一撃をくらわす。


「くはっ……」


 今までと比べ、格段に速いその剣さばきに、須田は避けることができなかった。

 速さと打撃の威力が今までのものとは比べ物にならない。


 雛の攻撃をくらった須田は、その場で膝をついた。


 勝負はまだついていない。

 どちらかが戦闘不能になるか、負けを認めるまで戦いは続く。


 観衆は雛の攻撃に驚き、皆が固唾かたずを呑んで事の成り行きを見守っていた。


 まさかここまで雛が強いとは皆、夢にも思っていなかった。

 そんな中、宇随と神威だけが試合を冷静に見つめている。


 すると、しばらく動かなかった須田が震える体で必死に立ち上がろうとしていた。

 その様子を見ていた雛が須田に声をかける。


「これ以上、あなたを痛めつけたくはない。どうか負けを認めてください」


 須田は歯を食いしばりながら顔を上げると、雛を睨んだ。


「先ほど、言ったでしょう……。

 僕は、負けるわけには、いかないんだっ」


 やっと立ち上がった須田は、先ほどの攻撃でかなりのダメージを受けており、ふらついてしまう。

 たった一撃くらっただけでこれほどの威力があることに、須田も驚きを隠せない。

 実力の差は明らかだった。


 大馬鹿者でないかぎり、須田に勝機はないとわかるだろう。


 そんなことはわかっていた。

 しかし、どうしてもあきらめきれない、あきらめてはいけない。

 母や弟たちが待っている。


 その想いが、彼に力を与えた。


「僕は、あなたを倒す! 僕は、負けない!!」


 力を振りしぼり、須田は雛に向かっていった。

 雛も、その覚悟に応えるかのように目つきが変わった。


 それは一瞬の出来事だった。


 雛が姿を消し、次に須田がうめいたかと思うと、雛は忽然こつぜんと須田の目の前に立っていた。

 そして、ゆっくりと倒れる須田を雛は優しく支え受け止めた。


 審判が須田の様子を確認しに、二人のもとへ近づいていく。


「勝者、斎藤雛!」


 その瞬間、歓声が沸き起こった。

 口々に雛を称賛する声が聞こえてくる。


 その中には、雛の力を目の当たりにし、愕然がくぜんとし怯える者もいた。


 宇随は自分のことのように喜び、周りに自慢して回った。


「あいつ、ここまでとはな。すごいだろ、俺のダチだぜ!」


 周りは宇随に同調し、小さく何度も頷いている。


 ざわつく観衆の中で、ただ一人冷静な目で静かに雛を見つめている者がいた。

 神威だ。


 あいつの実力は、あんなものではない。

 あの剣さばき、身のこなし、スピード。

 どれをとっても今まで出会ったことがない。


 これは……初めてライバルと呼ぶに相応ふさわしい奴が現れたのかもしれないな。


 神威は嬉しそうに微笑んだ。

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