第6話 宇随、実力発揮!

 宇随の試合がもうすぐ始まるとあって、だんだんギャラリーの数も増えてきた。

 人混みの中、雛と神威の二人は宇随の試合が見えやすい場所へと移動する。


 歩きにくそうな雛を庇うように、神威が先頭を歩き、道を作ってくれていた。

 こんなさりげない神威の優しさに、雛は心の中で感謝を告げるのだった。


 まもなく試合が開始される。


 会場の真ん中では、宇随とその対戦相手が向かい合っていた。


 対戦相手は、二刀流の使い手のようだ。

 二本の刀を器用にクルクルと回し、ニヤニヤと笑っている。


 ひょろっとした細身の体型に、顔は面長。全体的に細長いイメージの男だった。

 彼が笑うと、細い目はさらに細く糸のようになり、長い口の端が持ち上がると三日月のような口になる。

 少し気味の悪い印象を受ける人物だった。


「薄気味悪い奴……男に見つめられても嬉しかねぇよ」


 そう宇随がぼやいた時、審判が高らかな声が響いた。


「試合、はじめ!」


 合図のあとも、しばらく二人は動かない。

 お互い見つめ合った状態で、膠着こうちゃく状態が続く。


 いくらか時が過ぎ、男が口を開いた。


「おまえ、強そうだな」


 相手の男がその細長い目を細め、ニヤついた顔で宇随を見つめる。


「確かめてみるか? かかってこいよ」


 宇随が余裕の笑みで相手を挑発する素振りを見せた。

 それを合図に男が動く。


 素早い動きで宇随との距離を詰めていき、二本の刀で両側から挟むように切りかかった。と同時に、宇随は相手のやいばをかわし、隙を狙って男に蹴りを入れる。


「へぇ、やるじゃん」


 宇随が嬉しそうに、口の端を上げる。


 相手は咄嗟にガードして、宇随から受けるダメージを緩和かんわしていた。

 もしガードしていなければ、気絶していたかもしれない。

 それほどに、宇随の蹴りには威力があった。


 すぐに二人はお互いの距離を取って、体制を整える。


「お主、相当の使い手と見た。私も本気で行かせてもらおう」

「俺の蹴りを受けて立っていられるなんて、おまえもなかなかだぜ」


 宇随が刀を構え、切っ先で相手を指した。

 相手の男は挑発されたように感じたのか、眉がピクリと動いた。


 今度は二人同時に地面を蹴った。


 二人の姿は消え、刀がぶつかる音だけがあちこちに聞こえる。

 物凄い速さで動いていく二人を、皆が見失っていた。


「すごいです、宇随さん、あんなすごい人だったんですね!」


 雛が嬉しそうに瞳を輝かせ、宇随と男を目で追っていた。

 神威も戦闘を目で追いながら、雛のことも横目で盗み見る。


 雛の目が確実に二人のスピードについていっていることを確認した。


「君はちゃんと見えるんだな」


 神威のつぶやきに、戦闘に熱中していた雛は聞き返す。


「え? 何ですか?」

「いや……」


 こっちを向きもせず、宇随たちを追い続ける楽しそうな雛。

 そんな彼女に呆れつつ、神威は戦闘へと目線を戻した。




 宇随と男の戦闘は激しさを増していた。


「どうした? おまえの実力はこんなものか?」


 男は両刀りょうとうからものすごい回数の攻撃を繰り出しながら笑っている。

 宇随はその攻撃をすべて弾き返し、軽やかにかわしていった。


「……ふーん、おまえ、こんなもんか」


 宇随がそうつぶやくと、それまで自分の方が優勢だと思っていた男の顔つきが変わった。


「おまえ、まさか今まで本気ではなかったのかっ」


 男が驚いた表情を見せると、宇随がニヤッと笑う。


 宇随の会心の一撃が男に繰り出された。

 それまで猛攻もうこうしていた男の動きが急に停止する。


「ぐふっ!……無念っ……くはっ」


 男は苦痛な表情を浮かべながら、その場に崩れ落ちた。


「ふーっ、いい運動になったぜ。ありがとよ」


 宇随は倒れている男に声をかけるが、男の返事はなかった。


 審判が男に近付いていき、状態を確認する。


「勝者、高橋宇随!」


 審判がそう告げると、今まで静まり返っていた観衆が急に沸いた。

 歓声とざわめきが飛び交っていく。


 宇随は歓声に応えるように、手を挙げている。そのまま雛と神威の方へと歩み寄ってくる。


「よ! どうだった? 俺の戦いぶりは?」


 どや顔で胸を張る宇随に、雛は素直な感想を告げた。


「すごかったです! 宇随さんお強いんですね。

 ぜひお手合わせいただきたいと思いました」


 雛の言葉に、宇随はズッコケそうになった。


「おまえ……ほんとタフな奴だな。

 神威や俺の戦いを見て、勝負したいって言う奴はおまえぐらいだぜ。

 なあ、神威さん」


 宇随に名を呼ばれ、雛の隣に佇んでいた神威は不快感をあらわにする。


「気安く名前を呼ぶな。……まあ、俺もこいつには興味がある。

 そういえば名を聞いていなかったな」


 神威が雛に名前を尋ねると、雛は二人に向かって笑顔で答えた。


「斎藤雛と申します。よろしくお願いします」


 名前に違和感を感じた宇随は、不思議そうな表情で雛を見つめる。


「雛って、女みたいな名前……あ、ごめん」


 先ほど、女みたいと言って怒られたことを思い出し、宇随はすぐさま謝った。


 雛は後悔した。

 しまった、本当の名前を言ってしまったが、確かに雛という名前は男としておかしい。


 雛が焦り、目を回していると、


「別に名など関係ないだろう。雛か、いい名だ。

 では君の戦いを楽しみにしている」


 それだけ言うと、神威は二人に背を向け去っていく。

 その背中を見送りながら、宇随がねたようにつぶやいた。


「ちぇっ、あいつばっかりいつもカッコつけちゃってさ……。

 俺だって、雛っていい名前だと思ってるぜ」


 宇随がなぐさめようとしてくれるのが嬉しくて、雛はお礼を言う。

 すると宇随は照れたように微笑み、すぐにご機嫌になったのだった。

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