第70話 朝食の風景

 

 翌朝、俺はダイニングホールに向かう途中で梓たちに出会った。


「ふぁ~~、おはよう、直人君」


 かなり眠そうな梓が話しかけてきた。

 おいおい、年頃のお嬢様がそんな顔を男性に見せて良いものか?

 目の下に隈を作っているぞ。

 よく見ると、梓の後ろを、同室のお嬢様方もいたのだが、皆眠そうだ。

 梓と同じように目の下にくっきりと隈を作っている。

 大方、昨夜はほとんど徹夜で女子会でもしていたのだろう。

 部屋に入り、落ち着いたら無性に誰かと話したくなったとか。

 俺にはよくわからないが、とにかく朝食を貰いに、そのままダイニングホールにみんなと向かった。

 時間を決めていたので、ダイニングホールに着く前に知り合いに出会う。

 里中さんが、もう一人のお役人を連れて歩いてきた。


「おはようございます」

「おはよう」

「おはようございます」


 里中さんとご一緒の経産省のお役人さんも挨拶を返してきたのだが、酒臭い。

 これは明らかに二日酔いだな。

 そろいもそろって、外交の場?で深酒とは、本当に日本の明日は大丈夫か。

 こちらも昨夜は、バーラウンジで大いにボルネオの要人たちと外交を深めていたようだ。

 そのままそろってホールに着くと、入り口で固まっている二人を発見した。

 花村さんと榊さんだ。


「花村さん、榊さん。

 おはようございます」


「あ、直人様。

 これは、どういう……」


 二人とも相当困っているようだ。

 いったい何がと思ってホールを覗くと、すでに殿下と王子が仲良く朝食を取りながら歓談中だ。

 いつもの風景だが、これと言って異常はない。

 どういうことだ。

 やっと追いついたのか、里中さんが酒臭いにおいをまき散らしながら俺のところまでやって来た。


「な、直人君。

 ここでは、殿下や王子と毎日一緒に食事を取るのか?」


 驚いたように俺に聞いてきた。

 あ、そういうことか。

 俺たちにとっては、朝食の時は貴重なブレックファーストミーティングの時間だが、そういえば、あの人たちは高貴な方だった。

 そのような人たちとの会合はごくごく一般的な日本人には一生縁のない世界だ。

 流石に、これは外交のプロでも驚くよな。

 このような高貴な人たちの朝食などはプライベートに属することで、彼らの家族くらいしか同席させないだろうと考えるのが普通だ。

 昨夜まで、お客さんの扱いだった人たちには考えられないことだったのだろう。

 流石にこのままじゃまずいので、俺はみんなに説明をしておいた。


「ああ、そうですね。

 殿下たちとの同席に驚いているのですね」


「ああ、そうだよ。

 ありえないだろう」


「そうですか、でも以前里中さんだって、羽根木で殿下たちと一緒にお茶してましたよね。

 これも同じですよ」


「お、おま、お前それは違うだろう。

 あの時は、作戦の途中…」


 ここで里中さんは慌てて口に手をやり、周りを見渡した。


「ここでは大丈夫ですが、そうですね、梓たちがいますから言わない方が無難ですか。

 けど、ここではこれが普通ですよ。

 私たちと殿下との打ち合わせなどをここでしておりますから。

 そうでないと、お互いに忙しい人たちなので、時間が取れません。

 アリアさんや俺とも、打ち合わせの時間に充てております。

 なので、朝食はみんなではここでは当たり前の風景です。

 殿下も王子も気にしませんから中に入って朝食を取りましょう」


 俺らのごたごたに気が付いたのかアリアさんが入り口まできて俺らを案内してくれた。

 殿下たちと同席とは言っても、さすがに同じテーブルでは食事ものどを通らないだろうから、きちんと離れた場所に別テーブルが用意されていた。

 今日は俺もこちら側のようだ。

 別に俺から何かある訳じゃ無いので構わないが。

 直ぐにテーブルには皇太子府のメイドたちによって朝食が出されてきた。


「とにかく、食事を取りましょうか」


 メイドたちはテーブルに着いた人たちに、お飲み物を聞いて回っている。

 梓たちは、寝ぼけたままだ。

 これには案外良かったのかもしれない。

 でないと、花村さん以上に固まって現実世界に戻ってこられなかったかも知れない。

 三人が三人とも完全に寝ぼけているので、状況を飲み込めていないのが幸いしていた。

 出された食事を食べ始めている。

 俺はまだ固い表情をしている花村さんに聞いてみた。


「花村さん。

 そういえば大木戸常務がいらっしゃらないようですが、どうしましたか」


「直人さん。

 常務は、いつも朝食は簡単に済ませております。

 と言っても、これは言い訳で、二日酔いで食べられないそうです。

 部屋でコーヒーを頂いておりますから大丈夫です」


 男性陣は昨夜のバーで全滅か。

 ここに出てきただけ官僚たちは優秀だということだ。

 大丈夫だ、明日の日本は…安心した…か?

 そんな訳あるか~~。

 全員がゆっくりと食事を取り、終わるころに、かおりさんがテーブルまできて、この後のスケジュールについて説明を始めた。


「この後のスケジュールですが、王室所有のクルーザーにてクルージングとなっております。

 ですので、各自のお荷物は部屋の分かる場所に全てまとめておいてください。

 当館の職員がクルーザーまでお持ちします。

 お時間ですが、10時にお部屋まで職員がお迎えに上がりますので、それまでにご準備ください。

 なお、お部屋以外に出られる場合には当館職員がご一緒しますのでお申し出ください」


 梓たちも先のかおりさんの説明を聞いているようだが、まだ頭が起きてはいないので覚えているかどうか。

 でも大丈夫だろう。

 どうせ部屋付きのメイドさんが後で再度説明してくれるので、心配はしていない。

 また、昨日のように俺の事務所を訪ねたいとも言わないだろう。

 昨夜も断られたし、今朝の様子も後になって思い出せば固まることは必至だ。

 まあ、殿下のお客様になっているので、さっさとあきらめた方が精神的に楽なのに、そのあたりを後で説明だけはしておこう。

 でないと日本に帰ってから恨まれそうだ。

 朝食も終え、次に全員に会ったのは10時を少し過ぎたころに皇太子府中央玄関口であった。

 全員がそろったところで、すぐ前の車寄せに停車中のリムジン2台に分かれて乗り込んだ。

 これから王室クルーザーが停泊している海軍基地に向かうようだ。

 クルーザーの運用はボルネオ海軍がしている。

 船内サービスだけは王室侍従の領分で、皇太子府付き侍従やメイドが多数乗船するらしい。

 俺らは港に停泊している海軍軍艦を見ながら奥に進んでいった。

 フリゲート艦が数隻停泊しているところを過ぎて最奥に、これまた大きな船が止まっていた。

 どうみても軍艦じゃない。

 しかし、聞いていたクルーザーとも違うような。

 え?

 この船。

 これって小ぶりではあるが豪華客船だよ。

 どう見てもクルーザーと言えるものじゃない。

 流石にこれには俺も固まった。

 しかし、俺の驚きを無視するかのように、事は進んで行く。

 今まで驚きなれている梓たちの方がかえって落ち着いているのが、なんだか癪に障る。

 彼女たちからすれば、今更一つ二つの事柄が増えても大した違いが無いのだろう。

 只々大きく豪華な船に驚いているだけだ。

 大方、産油国の王室は金持ちくらいにしか思っていないだろう。

 リムジンが船も前に停車して、豪華なタラップを上がると玄関ホールに侍従やメイドたちが並んでお出迎えしてくれた。

 しかし、船の中ではクルー専用のユニホームなのだろうか、豪華客船のそれと代わり映えしない。

 尤も豪華客船なんか乗ったことも無いので、テレビやインターネットから得た俺の貧しい先入観からだが、とにかく豪華なおもてなしを感じた。

 その後は一旦みんなをそれぞれの個室に案内され、船の出航まで部屋で待機となった。

 一応ここは海軍基地だ。

 部外者には立ち入り禁止のエリアも多い。

 そんな配慮からか、基地から船が出るまでは部屋でゆっくり待機だ。

 その後は、みんなは、一度船の豪華なホールに案内され、船長の出迎えの挨拶を聞いた。

 そこからは、それぞれ自由となる。

 梓たちには数名のメイドさんが常時付くので、何かあれば彼女たちメイドさんが対応してくれるそうだ。

 で、お役人と海賊興産の人たちは俺もそうだが、ここからお仕事だ。

 船の会議室に籠り、今後の開発計画などの打ち合わせを行うことになっている。

 俺とエニス王子には、それ以外の仕事もあるそうなので、俺は結構忙しいらしい。

 まあ、俺としては、昨日梓を事務所に招いて説明したので、今回の旅行の目的を十分に達成しているので、梓たちから何か言ってこなければ仕事を優先する。

 このことに関しては、さっき梓にも説明してあるので安心だ。

 何かあれば遠慮なく俺を呼んでくれと言ってある。

 何なら寂しいだけでも呼んでいいよと言ったら、思いっきりどつかれた。

 結構痛かった。


 船は無事に外洋に出たらしい。

 船速を上げ快適に進んでいる。

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