第68話 固まった

 

 殿下の用意して下さった王室専用機は快適そのもののはずだった。

 現に梓なんか親友や大学で親しくなった好美さんと『キャッキャ』と楽しそうに姦しい。

 俺らの居る随行員用の席は、常務たちに譲った個室とまで行かなくとも商業ラインの飛行機に比べるとファーストクラスとビジネスクラスの間位豪華で快適だ。

 キャビンアテンダントをしてくれているボルネオ王国の職員、多分空軍か、もしかしたら侍従あたりから派遣された人たちのサービスは申し分ない。


 それでも、俺は落ち着かない。


 この飛行機を利用するのが初めてというわけじゃない。

 かれこれ数回利用させてもらっている。


 俺がLCC以外の飛行機に乗ってから、初めて乗ったのもこの機体だったはずだ。

 その時以来、初めてかもしれない、機内でのHしないのは。

 いつも利用する自家用機のようにコックピットへの入室もさすがに王室専用機では遠慮した。


 俺がいつもコックピットで離陸と発着の見学していることはボルネオの一部関係者の間では有名になっているようで、一等書記官から『今回はどうするか』との質問があったのだが、さすがに俺らの仲間以外がたくさん居るので遠慮した。

 俺がコックピットに入るのを見られたら大騒ぎにでもなりかねない。


 そうなると東京からの5時間をどうするかだ。


 正直経験が無い以上、少々困った。

 今回は誰も使用していない個室での利用もできない。

 さすがにこの席では何もできない。

 いつものような乱交は当然としても、誰かうちの女性一人を呼んで、あんなことやこんなことなどは当然で、『おさわり』すらできなのだ。

 ストレスが溜まるというより、あ、そんなことを考えただけで下半身に違和感が…

 すぐさまトイレに駆け込んで、素数や円周率を思い浮かべていた。


 落ち着いてから俺は席に戻ると、隣に座っていた藤村さんが声をかけてきた。


「本郷様。

 落ち着かないのですか。

 でも、大丈夫ですよ。

 今回の訪問では、全く問題ないとかおりさんから聞いております。

 いくら皇太子殿下の公賓扱いに準ずる訪問と言われていても、今回のホストは殿下とスレイマン第4王子、それに本郷様の共同でのご招待と聞いております。

 本郷様はゲストの訪問団の団長ではありますが、ホスト側の一人でもあるので、形式に囚われることはないと、ボルネオにいるアリアさんからもおっしゃっていたと聞いております。

 安心してください。

 それに外交関係については里中もおりますし、問題はありませんよ」


「ありがとう、藤村さん。

 でも、俺もホストなんて聞いていないよ。

 向こうで何をすればいいの。

 何か聞いている」


「いえ、それ以外は何も」


 は~~~、何それ、俺何も聞いていないよ。

 梓が一人ではさすがに梓の親父さんを納得させられないから友達も一緒にとは言ったけど、それなら海賊興産のメンバーの顔合わせも一緒にしてしまおうかとも言ったかな。

 でも、そんなの向こうで挨拶だけでもさせれば済みそうなのに、なんだか大事になってきているな。

 アリアさんに最後に聞いたのだって、『大丈夫です。全てお任せください』しか聞かされていないし、なんだか怖くなってきた。

 俺はなんだか急に怖くなってきたので、後ろにいるはずのネコさんチームに今後について情報を貰いに行くことにした。

 今更ながらだけど、どうあがいてもこれからの変更はできそうにない。

 しかし、心の準備というものがある。

 知らないと知っているとでは雲泥の違いだ。

 俺は藤村さんに一言断ってから、記者などの随行員以外で随行する人達用の席に向かった。


 向こうで、ネコさんチーム全員に色々と聞いて回ったが、日本では、今回の件については経産省や外務省、それに海賊興産の人たちとのアポイント以外にかかわっていないという話だ。

 結局よくわからないまま自分の席に戻った。

 俺は腹を決め、あきらめることにした。

 こういうのを確か……『高貴なる責任』とかいうやつだと自分に言い聞かせながら。

 世のため人のため、エニス王子のためには、今までとても言葉では言い表せないくらい気持ちの良い思いをさせてもらっているのだから、この生活を守るためには頑張るしかない。


 飛行機は、問題無くボルネオの首都にあるいつも使う空港に着いた。

 当然ではあるが、この王室専用機は国際空港のビルに直結している駐機場には向かわずに、専用の駐機場に向かってそこで停止した。

 タラップが飛行機に接続され、扉が開き、なぜか俺が最初に飛行機から降ろされた。

 今回の訪問団の団長としてだそうだ。

 タラップに立った俺を迎えていたのは、正直勘弁してくれと言わんばかりの歓迎だった。

 俺は非公式と聞いていたのに、タラップにまで伸びた赤いじゅうたんの先には、空軍軍楽隊が待っており、その先に、何でエニス王子がいるんだよ。

 しかもその隣に、さも当然といった顔をした皇太子殿下までいる。


 いくらお客さんを招いてもいいと殿下が許可下さったとはいえ、これはあんまりだ。

 一大学生にどうしろというのだ。

 俺がタラップのしかも上で固まっていると、後ろから里中さんが来て俺を促してきた。


「直人君。

 何している。

 大丈夫だからそのまま降りてくれ。

 俺も殿下とは顔見知りだし、俺の方から殿下に随行員の紹介をしておくから、安心してくれ」


 正直この時ばかりは里中さんが神様に見た。

 かおりさんもいるのに、何で教えておいてくれないんだよ。

 俺は心の中で悪態をつきながらタラップを降りて行った。

 偉い人から順番に飛行機を降りているが、それ見ろ。

 梓ばかりか藤村さんや榊原姉妹まで固まっているぞ。

 外交官がそれでいいのかと、正直俺は思ったのだが、まだ入省して間もない新人ではさもあらんか。

 ましてや、いくらキャリアとは言え経産省ではさもあらん。

 いい経験したなと感謝してほしい

  ………

 そんな訳無いか。

 恨まれなければいいけどな。


 流石は大人の余裕か、見栄かは分からないが、海賊興産の社員や政府の課長級の人たちは見苦しいこともなく、殿下たちと握手を交わしながら挨拶をしている。

 俺の友人たちはかおりさんがまとめて紹介してくれ、そこは日本人らしく無言で会釈をして終わりといった感じでこの場は済んだ。


 ここからは2台の大型リムジンに乗せられ、皇太子府に連れていかれた。

 今夜のお泊りは、皇太子府に併設されている皇太子専用の迎賓館のような建物だ。

 俺は、いつものように俺の部屋だが。

 皇太子府正面玄関車寄せにリムジンを付けると、皇太子府の侍従たちがお客様である人たちをひとまず部屋に案内していった。

 流石アリアさんたちだ。

 政府役人や海賊興産側のいわゆる大人たちには一人部屋に案内をしていったが、梓たち女学生は急遽用意した大部屋に集めて案内をしていった。

 彼女たち慣れていない人たちが不安にならないようにとの配慮からだ。

 当然のように各部屋には担当する女性たちも控えており、すぐに対応が取れるようになっている。

 俺は、今後のこともあるので、一等書記官と一緒に自分らの事務所に向かった。


 久しぶりにうちの三巨頭が集まっての打ち合わせだ。

 アリアさんにイレーヌさん、かおりさんはもちろん、一等書記官のリチャードさんにエニス王子、それに皇太子殿下までも迎えて、明日以降についての確認だ。

 計画などは、とっくに漏れなど無くびっちり決まっている。

 ここでは唯の確認だ。

 しかし、俺には初めて聞くことばかり。

 夕方には着いたので、今日も時間はある。

 みんなには各部屋にて1時間ばかり休んでもらい、その後はここ皇太子府で晩餐会に参加してもらう。


 尤も非公式なものなのでドレスコードなど無い。

 しかし、出される料理は第一級のおもてなしだとか。

 どこまで力を入れこんでるんだよと突っ込みも入れたくなる。


 晩餐会後に、大人たちにはバーラウンジに移動してもらい親睦を図るようになるのだとか。

 酒の飲めない俺とか女学生たちには晩餐会後に解散となる。

 只の学生が、王室との親睦を図る必要すらないしね、ここはゆっくり休んでもらう。

 明日以降の行動は、本来の目的が違う連中が集まっているので難しくなるかと思ったんだが、誰が考えたのかわからないのだが、これ以上ないと言わんばかりのスケジュールだ。

 明日朝から港に移動して、王室所有のクルーザーに乗り込み、そこから二泊三日でのクルージングでおもてなしとか。


 大人たちはクルーザー内で打ち合わせの予定で、それ以外はクルージングを楽しむことになっているそうだ。

 どうも各国のマスコミが何やら動き出しているとかで、その警戒もあるのだそうだ。

 海上に出てしまえばマスコミなど怖くはない。


 なんでも、コロンビア合衆国あたりからの嫌がらせが入っているようだ。

 俺らが例の湾岸開発の旨味をコロンビアから奪い取った格好に思っているようで、かなりその筋から恨まれていると情報を掴んでいるようなことを聞かされた。

 本当は、俺らは只大明共和国の陰謀を防いだだけなのに、結果だけで責任を追及してくるのは勘弁してほしい。

 悪いのは大明共和国だ。


 みんな集まっての簡単な打ち合わせも終わろうかというタイミングで、俺は皇太子府付きのメイドさんから伝言を受け取った。

 梓が暇を持て余しているので、こちらに来たいと言っている。

 そもそもの目的が、ここ俺の事務所の紹介だったので、いずれはここに連れてこないといけないとは思っていたのだが、どうしたものか。

 俺の様子を伺っていたエニス王子は、簡単に「連れてきたらいい」と言い、皇太子殿下も、それに簡単に同意した。

 俺は絶対にあいつら固まるなとは思ったのだが、お二人がそう言うのならと、葵にお願いをして連れてきてもらうことにした。

 梓が言い出したんだ。

 責任はあいつにある。

 予想は付くが、いい機会だから彼女たちに来てもらった。

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