第67話 なぜこうなったのか

 

 夏が近づくにつれて梓のニコニコ具合が高まっていく。

 俺が春に、『夏になったらボルネオに連れて行く』と言ったのを覚えているのだ。

 梓が忘れてくれていたら、話がここまで大きくはならなかったのだが、そうも言ってはいられない。

 今、羽根木のインペリアルヒルズのメインロビーに集まった人たちを見てやや引き気味になりながらも、見送りに来た梓のお父さんと話をしている。

 なにせ、集まった人数もだが、そのメンバーもそうそうたるものだ。

 俺は出発前に集まったみんなを見て、どうしてこうなったのかを思い出してみる。

 そう、あれは夏休みに入る1週間くらい前に梓の表情が急に暗くなったのを気が付いた俺が、梓に理由を聞いた。

 その理由は凄く当たり前のもので、『男と二人きりで海外旅行なんてもっての外』と梓のお父さんに反対されたというのだ。

 俺が父親でも同じ理由で反対する。

 愛娘がどこの馬の骨とも分からないやつに純潔を散らされるのを黙ってみている男親はいない。

 たとえ若い頃に自分が同様のことをしていたとしても、いや、仮に同様のことをしていたら絶対に許すことはしないだろう。

 梓のお父さんは、すごくまじめな人でそのようなことはしてこなかったようだが、当然反対してきた。

 それでも梓はボルネオ行きをあきらめていない。

 どうにか父親を説得したものか悩んでいた。

 最悪父親に嘘をついてでもボルネオに行くとまで言っていたが、流石にそれは俺が賛成できない。

 幼少の頃から梓を通して、梓の父親とも会っているのだ。

 その時に、孤児である俺を見下すことなく梓の友人として扱ってくれ、良くしてもらえた記憶がある。

 そう、彼には返しきれない恩義を感じているのだ。

 忙しい人なのでそう会えないが、最後にあったのも、梓の母親の葬儀の席だったが、気丈にふるまっていたのを覚えている。

 あの人を裏切って悲しませてはいけない。

 俺は常にそう考えていたので、梓に、今回は無かったことにと言おうとしたけど、言えなかった。


「直人君。

 お父さんを説得できないかな」

 梓からいきなり相談されたのだ。


 もうこうなれば、俺と二人きりの旅行はできない。

 尤も、二人きりの旅行など、今の俺にはできない相談で、ボルネオ行きには最低でも俺の処から複数人ついてくる。

 それをもって大丈夫と説明できればいいのだが、それはできない。

 なにせついてくる連中はすべて俺の女で、その……やってしまった人たちだからね。

 梓のお父さんに紹介すら憚られるのだ。

 となると、梓の友達を巻き込むか。

 しかし、俺のことをあちこちで言いふらされても困るので、人選だけはしないといけない。

 しかし、その心配は無駄になった。

 梓も同様のことを考えていたようで、俺に友達も連れてきていいかと尋ねてきた。

 俺が、誰と聞いたら、二人とも知った人物だった。

 一人は、高校からの梓の親友の一人で、俺も知っている女性だ。

 かおりさんも卒業式前日にホテルのケーキバイキングに向かう彼女を見ている。

 なにせ卒業した高校は県下でも有数の受験校で、全員とはいかないがかなりの人数が東京の有名大学に進学している。

 彼女も東京にある有名な女子大に通っているので、誘ってみたと言っていた。

 もう一人は、俺と同じサークルの女性で、なんと彼女は梓の所属しているサークルにも参加していた。

 なんでも、俺と同じサークルには彼女の姉の強い推薦があり、名前だけでもという感じで参加したそうだ。

 彼女の姉は、あの経産省のババを引いたお役人である榊原仁美さんであった。

 榊原仁美さんが言うには、俺の所属するサークル出身のキャリヤがかなりいるとかで、役人を目指すのにはもってこいのサークルなのだとか。

 キャリヤの先輩諸氏とのパイプ作りに都合が良く、

 幽霊部員にも寛大で、幽霊部員の多くが他のサークルにも参加しているとの事であった。

 しかし、なぜ彼女がと思ったのだが、なんでも梓と同じ寮に住んでおり、かなり仲が良いそうだ。

 今いる寮に引っ越してから、仲良くなったとか。

 その二人も誘っていいかと聞いてきたので、いっそのこと花村さんや榊さんをボルネオにいるエニス王子やハリー皇太子殿下に、紹介も兼ねて関係者も一緒にどうかとイレーヌさんに聞いてみた。

 それはいいアイデアとイレーヌさんが喜んで、後のことはお任せくださいと言ったので、イレーヌさんに丸投げしていた。

 その後はイレーヌさんがどこをどう調整したのかわからないが、関係者全員を一度ボルネオに連れて行くことになり、今日に至っている。


 俺の横で、ボルネオの大使館から、今回の訪問のために人まで回してもらっていたのだ。

 その我々のアテンドをしてくれる人が俺のところまできて、梓のお父さんに自己紹介をしてきた。


「初めまして。

 今回のボルネオ訪問団のアテンドします、ボルネオ王国駐日大使館付き一等書記官のリチャードと申します。

 皆様方全員を安全に日本に帰るまで私どもが責任をもってお世話いたします。

 私にも娘がおりますので、年頃の娘さんを海外に出されることに心配する親御さんの気持ちはよくわかります。

 ボルネオ王国が万全の態勢でお迎えしますし、何より私が帰国まで付きっ切りでアテンドしますので、ご安心ください」 と日本語で言いながら梓のお父さんに自分の名刺を渡していた。


 流石にこれには梓のお父さんも相当びっくりしていたようで、俺に今回のボルネオ行きについてもっと詳しく聞いてきた。

 俺が城南島の開発計画に一枚加わるので、関係者を出資者に紹介するついでに友人を招待したことにして説明をしておいた。

 真相は、その逆で、友人をボルネオに連れて行くのに、大義名分を付けるために話が大きくなっただけの話だのだが、それにしても話が大きくなりすぎだ。

 正式じゃないが、皇太子殿下の公賓扱いになっていた。

 それに同行するメンバーがすごい。

 臨海開発計画の出資者となっているので関係者を集めたら、政府からは外務省から俺の担当の藤村さんはともかく、彼女の上司である里中さんも同行することになった。

 また、経産省からも担当である藤村さんの友人で梓の友人の姉である榊原さん、それの彼女の上司である大下さんまでもが同行するとか。

 この大下さんも実は俺の先輩に当たり、里中さんの一年下の後輩だとか。

 その他には、当然と言えば当然なのだが、海賊興産からも人は来る。

 花村さんと榊さんはほおって置いても付いてくるだろうと思っていたのだが、新会社の会長である木下常務と、社長になる大木戸常務までもが参加者名簿に名前があるのを見た時には驚いた。

 その二人の常務も遅れて集まりにやって来ると、里中さんがみんなを連れて見慣れたバスに案内を始めた。


 羽根木インペリアルの地下駐車場で止めてあるバスに乗り込んで羽田に向かう。

 流石に経済人である梓のお父さんは、海賊興産の大物である二人の常務には面識があるようで、バスの中で挨拶をしていた。

 俺が解放された格好なので正直助かったのだが、俺のことを多分ばらされるだろう。

 今後を考えると正直気が重くなる。

 今更ながら、梓にボルネオに連れて行くと言わなければ良かったと後悔している。


 そんな俺の感情などお構いなく、バスは羽田に向かった。

 羽根木から羽田までいつもなら1時間以上かかるところを今日は何故か40分ばかりで着いてしまった。

 いつものように待合室に案内されたのだが、そこでもサプライズがあった。

 梓の父親は、もうこれ以上ないくらいに驚いていたが、俺もこれ以上のサプライズはいらない。


 俺達が里中さんに案内されて部屋に入ると、官房副長官が俺の到着を待っていた。そして傍に控えていた秘書から一通の手紙を渡された。

 これが、首相からボルネオ国王あての親書だった。

 俺にこれを渡してきた官房副長官は、俺に対して、内容は大したことないと言って簡単に説明してくれたのだが、なぜ俺にと聞き返したかった。

 とても忙しそうな人で、簡単に俺らを激励した後すぐにこの部屋から出て行った。

 皇太子殿下が用意してくれたボルネオ王室専用機の準備は、俺らがこの部屋に着くころには準備は済んでおり、出国手続きが済み次第、出発となった。


 梓はここで彼女の父親とお別れで、何やら話していたが、直ぐに俺のところに来て、出発していいと言ってきた。

 どうも、この訪問団の団長が俺のようだ。

 『聞いていないよ』と叫びたい。

 しかし、俺が叫ぼうが何をしようが状況は変わらない。

 公務員や俺の仕事上の関係者は、何ら違和感を感じていないようだが、梓の連れてきた友人たちからは恐ろしいものを見る目で見られ、正直落ち込んだ。彼女たちの関心を買いたいわけではない。

 俺の方が、今回は彼女たちを利用した格好だ。


 気を引き締めて、俺はイレーヌさんに『出発しましょう。』と声をかけ、王室専用機に乗り込んでいった。

 機内で案内された場所も特別室だったが、流石に俺は遠慮して、みんながいる随行員専用スペースに座って移動することにした。

 海賊興産の役員と、政府の課長クラスだけ先ほど案内された特別室に行ってもらうように機長に頼み、渋々ながら了解してもらった。

 少なくとも、これから5時間は俺が遠慮する人はいなくなった。

 後は寝ていくことにして、シートベルトを締めた。

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