第47話 初めてのデート
そんな俺の部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「誰、入ってきていいよ。」
「直人様。
藤村様がいらっしゃいました。」 とかおりさんが明日香さんを連れて部屋に入ってきた。
「こんにちは、本郷様。」
「こんにちは。
今日は何か用ですか。」
「いえ、事務所に私の場所を用意して下さるようで、そのお礼と、ちょっとした確認です。」
「確認?
何を確認したいのですか。」
「直人様がこれから会われる人についてです。
非常に残念なことではありますが、この日本でもこと諜報関係においては安全とはいいがたい状況であります。
しかも、直人様の置かれている状況では、日本の友好国であるはずのコロンビア合衆国ですら敵となり得ることも可能性としては少なからずあります。
スレイマン王国内ではエニス王子には敵対勢力があると伺っており、直人様はエニス王子側の人間だと認識されておりますので、これから会われる人が工作員でない保証がありません。
ですのでその確認のために素性を明かして欲しいのです。」
「ああ、そう言う事なの。
しかし……諜報の世界って本当に物騒だね。
前にパリでは街中で拳銃をぶっ放されるとは思ってもみなかったよ。
そうだね、その犯人も一応日本の同盟国である高麗民国の諜報員だったしね。
その高麗民国の諜報員なら日本に沢山いても不思議はないよね。
でも大丈夫だと思うよ。
これから会うのは、僕の幼馴染の佐々木梓さんだからね。
彼女は僕の幼馴染で同じ高校の出身。
また、この春から僕と同じ東都大学に通うことになっている僕の数少ない友人の一人です。
幼いころから施設出身の僕に良くしてくれた本当に数少ない人で、もしかしたら僕に差別なく接してくれたのは彼女だけかもしれない。
あ、人物調査するなら彼女の生い立ちならすぐにでもわかると思うよ。
なにせ彼女は地元では有数の企業である佐々木精密工業の社長の一人娘だからね。
僕と違って彼女は由緒正しきセレブのひとりだよ。
調べてみたらわかるから。」
「ありがとうございます。
しかし驚きましたね。」
「なにが?」
「本郷様に普通のガールフレンドが居たことに。」
「藤村さん。
ひょっとして僕に喧嘩を売っているの。」
「あ、いえ、これは失礼しました。
なにせ、美人ばかりを多数侍らせているのに、次から次にと美人が寄ってくるものですから、あまりに普通な人の出現に驚いていただけです。」
「やっぱり喧嘩をしたそうだね。
確かに急にモテキ……ちょっと違うか、でも多数の女性と確かに関係を持っているけど、初めからそうなったわけじゃないよ。
高校生までは本当に貧しい施設出身の一人だったから、ガールフレンドと楽しい時間を過ごしたことはなかったな。
考えたこともない。
彼女だけだったよ、色々と僕たちに良くしてくれたのは。」
「これはたびたび失礼しました。
すぐに調査しませんといけませんので、仕事に戻ります。」
明日香さんは慌てて部屋から出ていった。
こんな部屋に男性と二人きりにはなりたくはないよね。
見晴らしは良いけど、この部屋って明らかにやり部屋な造りだし、そのまま使ってもいたしね。
うら若き女性なら襲われる錯覚に陥っても不思議はないよね。
それにしても外務省って俺に近づいてくる人物一人ひとり調べるのかな。
仕事とはいえ大変だな。
おっと、あまりゆっくりもできそうにない。
そろそろ時間だな。
慣れない東京で梓に寂しい思いをさせられない。
10分前には約束の場所で待って居よう。
俺の執務室? から待ち合わせに選んでいた羽根木インペリアルヒルズの中央エントランスまではほんの5分と掛からない。
費やされる時間はほとんどエレベータの待ち時間のみで、事務所棟のロビーからはわずか数分の距離だ。
ここはできる前から新たなおしゃれスポットとして雑誌などのメディアで取り上げられ、今では若いカップルのお気に入りデートスポットの定番とまでなっているのだ。
もっとも俺はそんなことは知らずに、ただ人との関わり合いによる流れでここにいるわけだが、それでも少なくとも、若い人にとってはおしゃれであり、そこにいるだけで気持ちも華やぐ場所であることは俺にも分かる。
ゆっくりと歩いても待ち合わせの時間までは10分前には着ける計算だったのだが、その場所に着くと既に待ちくたびれているかもしれなさそうな梓が待っていた。
「ごめん、待たせたかな。」
「ううん、私も今来たところだよ。」
「梓、間違っていたらごめん。
ひょっとして、今のセリフを言いたくてかなり前から待っていたなんてないよね。」
すると梓は顔を赤らめ、恥ずかしそうに言ってきた。
「なんで分かったの。
実は1時間も前から待っていたんだよ。
でもでも、言い訳するとね。
私もここは初めて来た場所なんだけれども、ここには来てみたかったんだ。
ここでデートすると、そのカップルは幸せになるんだって聞いたことがあったんだ。」
「なんだそれ。
そんなことは聞いたことが無いよ。
それに、あの『ううん、今来たところ』ってセリフは男の言うことじゃなかったっけ。
前に借りた本にはたびたび登場してきたけれどみんな男が言っていたような。」
「違うよ。
あの定番のセリフは、男でも女でもいいんだよ。
私が読んでいる少女漫画ではヒロインが言っているのが定番だからね。
絶対に初めてのデートでは言ってみたかったんだ。」
「デートって、梓と出かけたのは初めてじゃないだろう。」
「デートは初めてだよ。
前に一緒に出かけたときって、何かの買い物に付き合っただけだよね。
今日は初めて直人とデートなの。」
「俺、そういったのはよくわからないけど、人気者の梓にそういわれるとうれしいかも。
デートってどうすればいいか知らないけど、時間の許すまで楽しもうかな。」
「では、手をつないでお茶でも飲みに行きましょうか。」 と言って梓は直人の手を握り、羽根木インペリアルヒルズのエントランスを飲食店街の方に向かって歩き出した。
リケジョで高校時代では女の子らしいことは一度も俺の前では言ってこなかった梓だが、今日は妙にあか抜けたというか、とてもかわいらしい格好で、一緒に手をつないでいる俺は、周囲の男どもの殺意の籠った視線を感じているのだ。
しかし、高校時代には感じてなかったけど、本当にいい女だよな梓は。
頭の出来は言うに及ばず、容姿はスタイルを含めても一級品だ。
あの談合坂のメンバーや愛人になった今日子さんと比べても何ら遜色がない。
それに何といっても性格がいいんだよな。
いまのように恵まれた環境であれば女性も寄ってこようかというものの、施設にいる頃だと、まじめな貧乏人といった感じの俺など誰も相手にはしてくれなかった。
唯一の例外が梓なのだ。
梓は俺だけじゃなく、同じ施設の入所者全員に分け隔たりなく接してくれ、特に後輩の女性たちの相談事など良く乗ってくれていたそうだ。
地元じゃ一番のお嬢様なのに、そういった選民思想などこれっぽっちも持ち合わせていない本当に中身のきれいな女性なのだ。
俺は今までの生い立ちから恋愛感情などを抱かないように生活してきたのだが、心の奥底では梓に惹かれていたことをこの時初めて理解した。
それと同時に悲しい事実も理解せざるを得なかった。
学生時代の初恋とて、今の俺には高値の花だ。
たとえ成り行きとはいえ、今のような爛れた生活の俺にとって普通のお嬢様はまぶしいくらいの存在だ。
それに何より、出掛けに外務省から付けられている明日香さんから言われたあの一言が堪える。
『例え日本でも、こと諜報関係の事案では安全だとは言えない』という言葉だ。
流石にここ日本では、パリでのような一般人もお構いなくの襲撃はないだろうとは思うのだが、その危険性が無いわけじゃない。
俺の傍に梓がいると、俺との親密な交友関係が彼らに知れ(というよりすでに知られているかもしれないが)、彼女を無用な危険にさらすことにはならないだろうか。
とにかく、これ以上の関係にはなれそうにないということが直人には少し悲しくなってきている。
今のような環境になってなくても、上流階級の梓と奨学金でやっと大学に通っている俺では釣り合いがとれず、付き合うことなどできそうにないという事をいやというほど理解していたのに、梓の優しさに甘えていたのだと、高校時代の自分をしかりつけてやりたい気分だ。
うだうだくだらないことを考えていると、目的地に着いてしまった。
歩いているときには二人とも恥ずかしさでほとんど会話らしいことをしていなかったのだが、さすがにお茶をするにはそうもいかない。
それに梓は、俺の現状を知りたそうにしていたのだ。
俺は、すでに公になっている叙勲を含め、この休み中に起こった一連の騒動について梓にだけは説明するつもりでいたのだ。
「直人。
着いたよ。
この店には一度来てみたかったんだ。
少し待つようだけどここでいい?」
この店には入ったことが無い。
前にかおりさんと来た時にも、ここは混んでいたので、もう少し高級な店にしていたのだ。
流石に梓なら問題がないだろうが、前の状態だったら直人にはこの店でも敷居が高い。
梓はそのあたりも考えに入れてくれていたのだろう。
「かまわないさ。
今日はこの後の予定が入っていないので、梓の門限の許す限り、いくらでも付き合うよ。」
「うれしい。
なら、今日は教えてもらえるわよね。
卒業式に色々と言っていた訳の分からないことを。
それに卒業式に一緒にいたあのきれいな人のことも合わせて教えてほしいかな。」
「構わないさ、
今日は冬に俺に起こった事件と、それで俺の周りが、というより俺がどう変わったかも梓が納得するまで教えるから。」
喫茶店の待合用に用意された椅子に座って、直人がヨーロッパに旅行に出たあたりから説明を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます