第15話 初詣
時刻は元日の午前2時30分、予定よりも30分早い到着だった。
最後の1時間の楽しみが俺にとって今年の姫始めとなった。
機上での姫はじめとは、早々にできるものじゃない。
俺は正月から感慨しきりだ。
羽田の自家用ジェットの駐機場まで飛行機を移動させた後に、飛行機を降りて、そこからは空港職員の運転する車で国際線ターミナルまで連れて行かれ、そこで入国審査となった。
流石に時刻も時刻だったので、日本人と外国人とに分かれての審査とはならず、全員が一緒に審査してもらい、バラバラにならずに日本へ入ることができた。
そこからは予約してある大型のタクシーで皇国ホテルまで行き、すぐにチェックインして、少し休憩をした。
午前7時に皇国ホテルで全員が一緒に朝食をとり、歩いて東京駅に向かった。
そこから新幹線を使って新富士までこだまで向かいそこからタクシー2台に分乗して本郷神社まで初詣に出かけた。
近くのコンビニで昼食をとり、そこから分かれて俺とかおりさんは施設に向かった。
「あけましておめでとうございます」
「あ、直人だ。
先生直人が戻ってきましたよ」
俺たちが施設に入るといち早く子供たちが見つけ院長先生に報告に行った。
「お、やっと戻ってきたか。
いいからこっちに来い」
「お久しぶりです、院長先生」
「おや、誰かと思ったが、かおりか」
「はい、お世話になりましたかおりです」
「そうか、まさか直人と一緒に来るとは思わなんだ。
積もる話もあるだろうが、立ち話もなんだで、とりあえず院長室で話を聴こうか」
俺たちは院長先生に連れられて院長室に入った。
部屋に入ると院長先生は部屋の鍵を閉めた。
ここの子供たちは基本的に行儀がいい。
突然院長室に入るような奴はいないのだが、それでも警戒しての動作だった。
院長先生は何故だかおおよそのことを理解していた。
院長先生と話していて初めてわかったことだが、院長先生というより、この施設はかなりの部分スレイマン王国の王室から援助を頂いていたのだ。
スレイマン王国は世界中にこういった施設に対して援助やスレイマン王国の王室がダミー会社などをいくつも通して直接施設を運営したりしている。
これらは王室の世界に対する社会貢献とともに、何より、王室が連れてくる女性奴隷の供給元になっているというのだ。
尤も供給元といっても人身売買なんて非人道的なやつじゃなく、器量がよくて何より優秀な女性に対して希望を聞いてからの募集だという。
こういった頭がよくて器量までよい女性は何よりも孤立することが多く、子供たちの所属する社会ではどこの国でも排除される傾向が強いそうだ。
いわゆるいじめの対象となるのだとか言われる。
そういった女性の多くは、気力ややる気を失いその後の人生を棒に振るような事件などを起こしたり、自殺するなどの問題行動起こすことがほとんどだという。
そういった子供たちに、きちんと時間をかけて説明を行い集めて奴隷教育をしていくのだそうだ。
その時点で選択肢のない状態の子供たちにとって、ある意味非常にずるいやり方だとも言えるのだが、その後を考えると理にかなった方法だとも言える。
かくいうかおりさんも10歳の頃がちょうどこのような状況だったとか。
スレイマン王国の大使館から人が来て、子供たちに対してビデオなどを見せながら包み隠さずに説明を行い、かおりさんに希望を聞いたそうだ。
かおりさんは二つ返事で奴隷になる決心をしたと言っていた。
子供からの了承を得るとスレイマン王国の関係者は、今度はかおりさんを連れてスレイマン王国内にある教育機関に連れて行き、1ヶ月ばかりの体験までさせた上でもう一度子供に希望を聞く。
最後に18歳になる時にも最終の確認をされて晴れて奴隷として仕えるのだとか。
30歳まで、とにかく頑張れば一般的日本人以上の生活が約束されている上に、かなりやりがいのある仕事も任されるとあっては、野心のある優秀な女性は迷わずに奴隷となるとも聞いた。
実際にかおりさんは亡き王弟殿下のもとで資産運用などの仕事を任され、かなりの自由度を持って仕事をしていたとかで、いま懸案の海賊興産との契約もかおりさんがほとんど一人でまとめていたとか聞いていた。
そんなつながりのあるスレイマン王国であるために旅行に出た俺がどのような経緯で今のような状況になっているかまでスレイマン王国の王室から信書で情報をもらっていたのだそうだ。
そんな状況なので、本日の俺たちの訪問の意図が見えていない院長先生はいきなり俺に真意を聞いてきた。
「で、今日は何しに来たのだ。
まさか新年の挨拶しに来たわけじゃないだろう」
「え、そのつもりだったのですが。
もっともそれだけじゃないですが、ここに来たのはもうここには戻れないかもしれないので一応の挨拶だけでもと思ってきました。
今後は当分ボルネオ王国と東京の2箇所に拠点を置き、そこでの生活になります。
俺の状況を聞いているのなら話が早いのですが、ここが襲われたらそれこそ申し訳なくて仕方ありませんから、顔は出せなくなります。
なにせ、どの勢力から襲われているのかわかりませんし、俺までもが対象となっているようですしね」
「その話しぶりではまだ何かあるのか」
「それはここに用があったわけじゃないのですが、いまお世話になっているボルネオ王国についてなのですが、どうも陰謀に巻き込まれているようなのです。
まだはっきりとしたわけじゃないのですが、日本の政府までもが関与しているようなので調べようかと思ってきたのですが、考えたら公官庁は仕事初めまでは休みだったことを忘れていましたので、今回は諦めて観光をして帰ります。
どうせ2月には卒業式のためにまたここにきますしね。
それに4月以降は東京でも生活を考えておりますから。
ゆっくりと調べてみますよ」
「俺が聞いても解決には至らんとは思うがどういったことだ。
よかったら教えてみないか」
直人は今まで集めた情報を丁寧に説明してみた。
「確かに、おかしな話だな。
大体そういった国が関わる開発関係は絶対に外務省だけでなく所轄官庁である産業省役人が現地まで赴き、産業省主体で本国の外務省役人と一緒に仕事をすると聞いているぞ。
大体現地の大使館にはそういったイレギュラーの仕事までできるようなキャパはないはずなのだがな。
これはスレイマン王国かボルネオ王国の大使館を使って外務省や産業省に直接訪ねたほうがはっきりしそうだな。
でも気をつけないとかなり大事にもなりかねないから、そういった部分も気を使ったほうがいいかもしれないな。
かおりはそういったところも手伝えるのか。
できるようなら十分に気をつけてな。
俺から言えるのはこれくらいかな」
俺は院長先生から聞いた話がどんどんやばい方向につながっていくのを聞いて、首を突っ込んだことをちょっぴり後悔したが、しかし、既に自身の本質となっている助けられる人が居るのなら全力で助けようとする気持ちが勝っているようで、とにかく出来る限りのことをしようと新年の抱負に添えた。
施設を後に東京に帰るためにタクシーで駅に向かう途中にパリでお世話になった3等書記官の大村さんのことを思い出した。
彼は別れ際に『困ったことがあれば連絡をくれ』とまで言ってくれていたのだ。
何より、フランスでは日本のように松の内が無く、2日から仕事あるはずなので、一度新年の挨拶を兼ねて連絡を入れてみようと、もらった名刺に書かれている番号に電話をしてみた。
なんと大村さんは2コールで電話を出てくれた。
「ご無沙汰しております。
以前パリで助けてもらった本郷直人です。
いま電話大丈夫ですか」
「大丈夫だ。
どうした、また襲われているとかないか」
「いえ、大丈夫です。
それよりまず挨拶ですが、その節は助けていただきありがとうございました。
それよりも、新年の挨拶をさせてください。
あけましておめでとうございます」
「あ、そうか。
あけましておめでとう」
「あの~、もう少しいいですか」
「何構わんよ。
それよりも直人くん、今どこから電話をかけているのかな」
「はい、今、東京に向かっている途中で電話をさせていただいております」
「何、東京に来るのか。
なら、明日にでも東京で会わないか」
「え?
大村さんは日本にいるのですか」
「あ~里帰りだ。
明日なら時間が取れるから明日会いたいな。
その後のことも聞きたいし」
「では、明日皇国ホテルのロビーで待ち合わせでいいですか。
あ、一応この携帯の番号も教えておきますね『***-****-***』です。
あれからものすごいことになってしまって、できれば少しお知恵も借りたいのですが」
「あ~構わんよ、では明日ロビーでな」
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