平穏と嵐

@jiro-ro

第1話 平穏とは

朝日が部屋の窓越しに差し込み始める頃、35歳の独身男性、飯島秋生は目覚まし時計の音で目を覚ます。時計の針は午前5時を指している。ベッドから重い身体を起こし、まずは深呼吸を一つ。昨夜の夢の残像を振り払い、今日も一日が始まることを頭の中で確認する。

彼はシンプルな部屋に住んでいる。家具は必要最低限で、機能性を重視した配置だ。ベッドの脇にはいつも通り、本と眼鏡が置かれている。昨夜も少しだけ本を読んでから眠りについたのだ。朝の静寂の中で、秋生はこの短い一瞬が好きだ。まだ誰も起きていない、世界が静かに動き始める時間帯。

秋生はまず、窓を開けて外の空気を吸い込む。夏の終わりを感じさせる涼しい風が顔に当たる。近くの木々からは鳥のさえずりが聞こえ、遠くには工場の低い機械音がかすかに響いている。

次に、彼は台所へ向かい、簡単な朝食を準備する。冷蔵庫から卵を取り出し、フライパンに油を引いて目玉焼きを作る。パンをトースターに入れ、コーヒーメーカーのスイッチを入れる。その一連の動作はまるで儀式のように、毎日同じ時間に同じ手順で行われる。これが彼にとって一日の始まりを確かなものにする大切なルーチンだ。

朝食を食べながら、彼は携帯電話でニュースをざっと確認する。政治や経済の話題、スポーツの結果などに目を通しながら、今日の仕事について頭の中で整理を始める。

彼の職場である魚肉ソーセージ工場は、自転車で行ける距離あり、大人気とはいえないまでも根強いファンがおり、安定的な生産をしている。

工場での勤務は単調だが、彼にとっては安定した生活の源だ。何より、大学卒業してから13年働いてきたこの場所には、自分なりのプライドがある。工場の機械を扱う技術や知識は、彼の経験によって磨かれてきたものであり、それが自分の存在価値を支えているのだと感じている。

手早く食事を終えると、彼は身支度を整える。洗面所で顔を洗い、歯を磨き、髭を剃る。鏡に映る自分の顔を見つめ、少しずつ増えてきた白髪に気づくものの、それほど気にしない。仕事着に着替え、鏡の前で身なりを確認する。ポケットに携帯電話と財布を入れ、鍵を手に取って玄関へ向かう。

玄関を出ると、まだ薄暗い朝の街並みが広がっている。彼はゆっくりと自転車にまたがり、工場へと向かう。通い慣れた道を進みながら、今日も一日がんばろうと心に誓う。秋生の日常は決して派手ではないが、彼にとっては大切なルーチンの積み重ねである。毎日を堅実に生きる彼の姿勢が、その一日の始まりにも現れている。

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