第一章 イントロダクション
第一話 致命的なミス
【SYSTEM】スラスター出力:110%
【SYSTEM】目標地点を通過しました
【SYSTEM】新たな目標地点を「三条駅」に設定
夕方ラッシュアワーの直前、地下トンネルの中。
京都府左京区と上京区を区切る、鴨川沿いの線路上。
背中のスラスターを豪快に吹かしながら、自前の四脚でレールを捕らえ、先端をフチに突っ張らせつつ、火花を散らして進んでいる。
レール程度であれば、ある程度破損させても問題ないと聞いているから、僕のように無骨な、戦術兵器の身体には最適な環境だ。
「対象は神宮丸太町を通過し、依然として三条方面へ向かっています!」
昼間っからナイトビジョンに切り替えた、緑色の視界の果て。
まるでスピードスケートか何かのように、レールの上を進んでいく人影は、地球人に比べて明らかに巨大な体長を持ってしまっているし、そのしなやかで細長い腕をリズムよく振り続けてしまっているし、挙句の果てにはぶち模様の白い毛皮を全身に蓄えてしまっている。
ここで取り逃せば、そんな地球人からかけ離れた、ホワイトチーター人間の姿が白昼の下に晒されることとなってしまう。
近隣住民と観光客を対象とした大規模な記憶処理が必要になる前に、何としてもヤツに追いつかなければいけない。
「まあそう焦るな。どのみちセンサーには映っているんだ。ヤツに逃げ場なんてないさ」
通信先のオペレーターの声で、思い出した。そうだ、地下であっても線路周辺とか、主要な施設の周辺は探知できるって話だったね。
「だが、この調子だと……三条は超えてしまいそうだな」
「三条駅を超えると何かあるんですか?」
「ああ。左京区を出ると、俺たちの管轄外になる」
「えっ!?」
それはまずい。管轄外になったら、今回の任務ごと他の班に渡ってしまうじゃないか。前に似たようなことがあったから、覚えている。任務達成の報酬は、問題を解決した班にしか支払われないのだ。
「だったら、絶対に逃がしませんよ!」
「ん……おい、まさか……」
「胸の砲塔を使います!」
温存しておきたかったけど、時間が無いならしかたがない。僕はスラスターを噴かしつつ、レールを捉える四本の脚でしっかりと踏ん張り、両腕のガントレットを中腰に構え、突き出した胸部をヤツの背中へ向ける。
「まあ、一応使用許可は出ているが、あまり無茶するなよ」
「わかっています!」
胸部の先端が十字に開き、中から簡易的な砲塔を覗かせる。
これで準備は完了、あとは手順通りやるだけだ。
「エネルギー・コンバージェンス!」
腰のガジェットホルダーにねじ込んでおいたカプセルから、エネルギーが湧き出して全身を駆け巡り、その後一点に集結していく。
突き出された胸の砲塔が眩い光を秘めていく。
今のうちに、口頭で設定を済ませなければならない。
「弾頭は対人炸裂光弾。生体感知による近接信管を設定」
胸部砲塔から放つ特別な弾頭の設定を終えたら、ひとまずは完了。
これで、一定距離内に対象を捉えた瞬間、爆発するようになる。
設定しておかないと、躱された時に壁を吹き飛ばしてしまうから、忘れないように。
【SYSTEM】弾頭タイプ:HE
【SYSTEM】信管タイプ:PSY-ENCE
【SYSTEM】エネルギー・コンバージェンス:完了
準備は終わり、視界の左端にメッセージがポップアップする。胸の中心部が破壊的なエネルギーを秘め、僕の合図を待つ状態になった。
「エネルギー・キャノン、発射!」
出町柳駅から三条駅までは、ほとんど完全な直線線路のはず。
この条件なら、外しようがないはずだ!
「待て! 有効範囲の設定を忘れてるぞ!」
「えっ」
砲塔から光弾を放った瞬間、脳裏にそんな声が響いてくる。以前確認した限りだと、炸裂光弾の有効範囲は、半径10mほどだった。
そうだ、こんなトンネルの中、そんな弾を初期設定のままぶっ放したら、ヤツを吹き飛ばすだけでは、済まないかも……
「衝撃にそなえ――!」
電子とサイキックの複合回線すら妨害するほどの衝撃。
前後に進路を矯正された爆風が、僕の全身を包み込む。
ぷつりと周囲の音が消えて、目の前が真っ白になる。
「――ラリ! クラリ!」
頭の中に、僕を呼ぶ声が何度も繰り返し響いている。
それと同時に、全身の感覚が戻ってくる。
「すいません、聞こえてます」
「ああ、まあ無事でよかった。状況を報告してくれ」
「……はい」
線路上に積み重なった瓦礫の上に、夕焼けの陽光が差し込んでいる。理解したくはないけれど、しっかり報告しなければならない。
こういう失敗を包み隠さず伝える事までが、僕の仕事だから。
「線路上の天井が一部崩落……地上に繋がる穴が開いてしまいました」
「付け加えるなら対象は、その穴から逃亡中だ。鴨川を超えて……こりゃ、洛内の管轄になりそうだな」
「…………」
新興文明保護艦隊、地球支部。
日本国は京都府京都市、左京区担当エージェントに着任して、一週間。
任務の達成件数は……未だゼロ件。
「まあ、気にするな。修繕費用の支払いは、半年くらいなら猶予してもらえる」
追加で、艦隊共通通貨の引き落としが確定してしまった。
「今日は帰って……一度休め」
「はい……」
◆◇◆◇◆
爽やかなオリーブの香りが漂うファミリーレストランの中。ドリンクバーの足元、十数分前にジンジャーエールがぶちまけられた床は、掃除後も変わらずべたついている。とはいえ足を取られるほどではないので、無視してコップにドリンクを注いだ。今度はあまり入れ過ぎないように、七割くらいで止めておこう。
木製のフェンスで仕切られた順路を進み、四人席に一人で腰掛けている人物の元へ向かう。狭い二人用スペースに案内されてもおかしくなかったはずだけど、時間帯が良かったからか、ゆったりとできるのはありがたい。いくらか荷物を置くスペースも確保できるしね。
「戻りました」
僕が声をかけてみると、左手に赤ワインを持ちながら、気だるげな顔で彼が振り向いた。茶髪というよりはダークブラウン。よく見ればきちんと見栄え良く整えられている髪と顎髭。
姿を見るのは久しぶりだけど、相変わらず随分キマっているな。
「お前も馴染んできたな」
「先輩ほどじゃありません」
彼もヨレヨレスーツの僕も、本来とは異なる姿でここにいる。一応、お互いに名前も呼ばないでおくけれど、彼の正体は僕のバディだ。つまりは、いつもお世話になっているオペレーターである。
「お肉、好きなんですか?」
見てみれば、彼の手元にはタンブラーと、鉄板焼きのチョリソーがあった。その横には角切りのフライドポテトと、別の皿には辛めのチキンが置いてある。それなりにガッツリとした、夕飯のようだ。
「根菜はまだいいんだが、種族柄、葉物にどうにも抵抗感があってな。お前も何か頼むか?」
「いえ、向こうでいくらかつまんできたのと……お金が」
「……まあ、こんな時間に呼び出したわけだし、千円までなら出してやれるぞ」
「本当ですか!?」
そういうことならお言葉に甘えよう。
「ドリンクバーが200円だから、残り800円か。お肉系は端数が出るから、サラダ系二品がいいかな」
よし、そうしよう。僕は手元のスマートフォンとメニューの冊子を見比べ、注文番号を記入する。来たばかりの頃は慣れなかったけど、今となっては慣れたものだ。近所のチェーン店で、遅くまで空いているのはここくらいしかないからね。
「お前……少しは遠慮しろよ」
「あっ……すいません」
「まあいいが。それより、本題に入ろう」
「そうでした」
夜に呼び出すってことは、それなりに急ぎの要件だったんだろう。
だというのに、一人でわちゃわちゃして申し訳なかったな。
「それで、要件ってなんです?」
「ああ、お前、奈良県に転勤する気はないか?」
「それって……」
ひょっとして左遷の相談ですか……?
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