不帰里

小狸

短編

「お盆に帰りますか?」


 娘からの返信は無かった。


 一週間ほど前に既読は付いているけれど、返事が来る兆しは見えない。


 娘は今、首都圏の方で結婚し、一軒家を建てて、子を産み、育てている。


 母になっている。


 苗字も私とは違うし、扶養からも外れている。


 血は繋がっているけれど、家族という括りで考えると、私と娘は、もう繋がっていないのかもしれない。


 最初の頃こそ年賀状を出していたり、年末年始などにしばしこちらに帰省していたけれど、子ども――私にとっての孫が小学三年生になった頃から、次第に返って来なくなった。


 まあ、それもそうだろうな、と思う。


 子はいつしか、親から離れていくものだ。


 親も、そうであるべきだと私は思う。


 それに私は、親として、母親として、あの子を満たしてあげることができなかった。


 出産前まで、夫は温厚な人だった。娘を産んでから、夫は変わってしまった。


 まだ幼い娘に、暴力を振るうようにもなった。


 きっと夫は、寂しかったのだと思う。


 温厚で、優しくて、何でもできて。


 そんな夫は、子どもを育て、愛する私に、嫉妬していたのだ。


 夫は、そんな己を制御できずにいた。


 何もかもに限界が来て、弁護士を立てて、私と夫は離婚した。


 夫は反対しなかった、どころか、親権をこちらに引き渡してきた。


 そこから、養育費と女手一つで、私は娘を育ててきた。


 感謝してもらえるとは思わない。


 親が子どもを育てるのは、当たり前なのだ。


 片親家庭。


 当時は令和の今ほど、多様性に寛容な時代ではなかった。


 周囲の冷めた視線、変更することになった苗字、娘の結婚観。色々なものに影響を与えてしまった。子どもの娘に、気を遣わせてしまった。


 夫と離婚したのは、娘が小学校四年生の頃だった。


 娘は泣いていた。


 何もわけもわからず――というほどでもないだろう。


 小学生の女の子はその辺り、弁えるのが早い。


 申し訳ない事をした、と思う。


 娘を夫の暴力から守るためには、そうするしかなかった。


 間違えたのは、私なのだ。


 許されるとは思わない。


 それでも――。


 もうすぐ盆が終わる。


 一人、家の広い机で、薬味を広げて。


 昼に食べた冷やし中華が、いつもより寂しく感じだ。



(「不帰里」――了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不帰里 小狸 @segen_gen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ