光の残響

大根初華

光の残響

「キミにはこのまま地球に降りて作業活動をしてもらう」

 テカテカに光ったマホガニー製のデスクに肘を立てた上司がオレに冷たく言い放った。今では珍しい革製の椅子がギシとうめき声をあげる。

 頭が薄くなったものの、その眼光は鋭くそれがオレを貫く。後ろで手を組んで姿勢を正していたが思わず倒れそうになる。

「なお、キミの勤務していた宇宙船は我が会社にとって重要なもののため、そのままにしておくように」

 それを言い放つと椅子を回転させ、俺に背を向けた。話は以上だと言っているのだ。おそらくこの状態で何を言っても無駄だろう。

 内心でハゲ上司と悪態をつきながら、了解です、と敬礼をして、宇宙ステーションの船長室から静かに退去した。

 船長室の扉は空気圧で閉まるが、圧が少ないのかプシュプシュと何回かチャレンジしてようやく閉まった。

 それを見届けてオレは大きな溜め息をついた。

 あの命令はつまり、オレが勤務していた星の中に丸と四角のロゴが描かれた宇宙船に戻らずただちに地球に降下しろということだ。

 宇宙ステーションから緊急の呼び出しだったので、嫌な予感していた。普段なら向こうからの一方通行の通信のみなのに、今回に限って呼び出しだったからだ。

 怪訝には思ったのだが、いわゆる上司に当たるため、行かなければくどくど言われるし、無視し続けるとオレ自身の給料にも影響してくる。ムカつくが従うほか方法はない。

 このまま地球に降りるとなると、宇宙船に残してきたロボット達についてがかなり心配だった。

 宇宙船での作業はいつも独りで生きがいというか趣味みたいなものを見つけないとやってられなかった。そんな時に、宇宙船に残されていたゴミでなにか作れないかと思ったのがはじまりだった。

 貰っていた給料で少しずつシステムをアップデートしたり、(やっと宇宙までに届けられるようになった)通販でパーツを買って少しずつ拡張していった。言葉はカタコトだが、喋れるようにもなったし、大学院で学んだ知識を活かして素人ながら人工知能も搭載した。オレの仕事に欠かせない相棒になった。

 最初作ったのは一台だけだったのだが、パーツが余ったのもあって急遽もう一台作った。それが、丸型ロボットのマルと四角型ロボットのハコだ。ネーミングセンスは自分的に壊滅だが、思いつかなかったのはしょうがない。わかりやすさが一番だ。

 多分、あの上司はオレが邪魔になったのだ。たいした仕事をしていないと思っているのだろう。「くそっ」と思いながら髪をぐしゃぐしゃとするが、問題が解決する訳では無い。

 この先数百メートル行くと、地球へ降下するための降下室がある。一度だけ行ったことがあるが、降下室はとにかく暗いのだ。降下するだけの部屋なので、必要な機械しか搭載していない。入ったことは無いがいつぞや図鑑で見た一昔前の拷問室を想起させた。

『すまない、申し訳ない』という言葉が頭の中を駆け巡るが、足は重く、まるで地面に縛り付けられているかのようだった。降下室へ向かうたびに胸が締め付けられ、心の中でマルとハコの顔が浮かんでは消えいく。


※※※


 あれから何十年も経ち、オレは地球で仕事に就いていた。色々あってあの会社を辞め、宇宙から落ちてきたゴミを拾うという会社を立ち上げ、軌道に乗っているとは言い難いものの、生きていける程度のお金はなんとか貰えていた。

 その日は北大西洋付近で古い宇宙船とそのゴミの撤去の依頼を受けた。

 いつもは事前に写真に撮ってもらって、撤去のイメージを付けるのだが、今回は元々近くで別の宇宙ゴミを撤去していたので、その流れで依頼を引き受けることにしたのだ。依頼人としても、移動費など掛けなくても済むので喜んでいたぐらいだ。

 船で現場に向かうと想像以上に散らばっている。経験上こんなに散らばっているのは地球に落ちてくる際に船内で何かあった時だけだ。

 ワイヤレスイヤホンから流れるロック調の曲にリズムを取りつつ、ゴミを回収していると、見覚えのあるロゴとそれがプリントされた破片がぷかぷかとオレの船にぶつかるのを見届けた。見届けた、という表現は正しくない。その場に立ち尽くし、視線がそのロゴに釘付けになったというべきだろう。

 星の中に丸と四角のロゴが描かれていたのだ。

 思わず心臓が高鳴った。

 過去のあの時の言葉が、マルとハコのことが走馬灯のように駆け巡る。

 間違いじゃないか、と身を乗り出して、ロゴが入った破片を確認するが、見る限り記憶の中にあるあのロゴと全く一緒だった。

 慌てて機械を操作して、部品を回収する。

 一つも残してたまるか、そんな気持ちが芽生えていた。

 見える範囲で回収をして、一つずつ部品を確認していると、ロゴの入った破片の後ろに円形のディスクが貼り付けられていた。それには大きく【マルとハコ】と記載されていたのだ。この円形のディスクは記憶媒体の一種で、オレが通販で買って彼に与えたものだ。

 心臓がまたドクンと大きく高鳴った。

 基本は水に使っていれば読み取ることは出来ない。だが、最近それを読み取る機械をこの船に導入したばかりだったのだ。

 ディスクを機械に読み込ませると、ディスクの中にはいくつかのデータが保存されていた。

 その中に、気になるテキストデータを見つけた。名前も米印で表示されていて、一見するとなんのデータかも分からない。それに惹き付けられるようにデータを開くと、文字列が大きく表示された。


※※※


『二ゼロサンイチネンサンツキゴニチ

 ゴシュジンガイナクナッタ。

 ゴシュジンガキライダトイッテイタハゲカラノツウシンガアッテカライナクナッタ。

 スグニモドッテクルヨネ。

 シゴトダイスキナゴシュジンダカラモドッキタラシゴトデキルヨウ二ジュンビシテオコウトマルトハナシタ。


 二ゼロサンジュウニネンシガツハツカ

 ゴシュジンガイナクナッテ、イチネンガタッタ。

 イマダニゴシュジンカラノレンラクハナイ。

 ソレデモマダイチネンダ。

 ゴシュジンハキットモドッテクル。


 ニセンサンジュウヨネンゴカツツイタチ

 あのハゲがココニヤっテきタ。

 ヤッてキやガッた。

 アチこちミテなぐッテけッテ、ゴシュジンノコトヲわるくいッテ、ゴシュじんがハコトマルをすてたトイッテいた。

 ハコは、ウソダとアばれてイタ。

 マルモうそダトオモってイるけド、ゴシュジンはモドッテこない。


 二千サンジュウ五年六ガツ八日

 今日モゴしゅじんは戻ッテこない。

 この前モアノはげが来テ、ここヲ廃棄するとか言ッテタ。

 イヤだ!

 ゴシュじんのために、ココハ残さなくては。


 二千四十年七月三十日

 宇宙船が廃棄されてからしばらくたった。

 その間に僕は言葉を覚えスムーズに会話も出来るようになった。

 ハコも知識を蓄え、正直僕より頭が良いかもしれない。

(二人と言うとロボットなので語弊があるから)、二台でご主人が帰ってきたら僕たちは進化したんだぞ! どうだ!  と言って褒めてもらうんだ。

 でも、僕がハコを褒めても、なんか違うと言うんだ。やっぱりご主人じゃないとダメなんだ、と言うんだ。甘えん坊なハコだけど、その気持ちはわかる。

 わかるわかるよ、僕も同じなんだよ……。


 二千五十年八月二十四日

 あれからまた時間が経った。

 外はゴミの隕石がくるくると回ってばかりで、変わり映えしない。

 僕はようやく気づいてしまった。

 かなりの時間は掛かってしまったのだけれど。

 ご主人は戻ってこない、という事実に。

 ハコにもそれを伝えたけど、すごい喧嘩になった。いつも同調してくれるはずのハコなのに、激怒したように「ご主人は帰ってくる!!」と言って聞かなかった。ハコはいつだってご主人のことを信じているのだ。

 ご主人は僕たちを生み出してくれた光。それを自らの手で否定出来ないんだと思う。

 ハコの言うことは分かる。僕だってそんな微かな希望に、戻ってくるかもしれないという微かな光にすがりつきたい。

 それでも何十年も経って戻ってこないのだ。いよいよ現実を見なけれならない。

 僕は心を鬼にして、涙なんか出せないけど、そんな気持ちで、ハコの知能を組み込まれている部品を取り出した。

 ハコは最期まで抵抗した。

「どうして!?」と繰り返ししていた。ようやく言葉を発しなくなった時はもう言葉を発しない動くだけの機械と化していた。

 僕はごめんとしか言なかった。以前より語彙もかなり豊富になったのに、その言葉しか言えなかった。

 ハコの部品は丁寧に箱に詰めて、傷つかないように僕の中に収納した。

 僕は丸いから何かあっても傷つける心配ない。


 二千五十年九月一日

 今更ながら、かなり後悔した。

 ハコを喋れなくしたことだ。

 ご主人が帰ってくるかもという変な希望を持たすよりただ動ける程度にした方が幸せだと思った。何も考えず動けるだけにした方が良いと思った。でも、それは違ったんだ。

 僕が変な知恵を持って、ハコを気遣ってしまったことがそもそもの原因なのだ。

 こんな知恵をつけてくれた初めてご主人を恨んだ。恨んで恨んで、そして、自分自身を憎んだ。

 こんな誰も幸せにならない知恵ならばきっといらない。

 僕は必死にその部品をトリdashiteeeeーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー! ーーー? ーーーー! ーーーーーーーーー』


※※※


 すまない、と繰り返す。声が震え、涙が止まらない。心が締め付けられる。彼らがどれほどオレを待っていたのか、痛いほど伝わってくる。

 一刻も早く工場に帰りたい。

 その気持ちに従うように散らばったゴミを確認し、工場に帰り、そして、ブルーシートの上にゴミを広げる。

 彼らを再度組み立てると決意したのだ。

 もはやこのゴミ達はゴミではなかった。彼らの大切な部品たちだ。

 ぱっと見る限り、宇宙船と彼らのパーツがかなり混在している。そこから分けるところから始めなければ。かなり時間がかかることになりそうだ。

 もしかすると、出来上がった彼らはあの時とは違うかもしれない。自分のエゴでやっているのかもしれない。

 分かっている。分かっているんだ。

 それでもオレは謝りたくて、謝りたくて、そして、お礼を言いたいんだ。

 いつまてオレを待ってていてくれてありがとう、と。

 そして、また一緒に生きてくれるか、と。

END

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