戦争に消えた才

@atsuooooooooooooo

第1話

時は太平洋戦争末期、日本軍隊輸送船はフィリピンへ向かう。その途中、アメリカ潜水艦の襲撃に遭う。撃沈する船の中、ある歩兵沢村は、昔日のことを思い出す。沢村は、高校生ながら、プロ野球選抜に選ばれた。対アメリカ戦、他の投手が打ち込まれる中、沢村の出番が来る。「この日の為に練習してきた。」その思いで、圧倒的な球を投げ、ベーブルースをも「コノストレート、100マイル!」と驚かす球で、打線をほぼ完璧に打ち取る。その後巨人に入団し、最多勝利などを取る上、アメリカ遠征でもマイナー選手を完璧に抑える。その後も圧倒的な成績を残し続けたが、ある日、沢村の元に一通の赤い紙が届く…。召集令状である。戦地にいくと、その野球歴から、「お前は手榴弾の投役だ。」そう言われた。言われた通り、手榴弾を投げ続けては、圧倒的なコントロールで当て続ける。その時銃弾が左手を貫通した。出血が多かったが、大事には至らなかった。マラリアにもかかったが、日本に帰国し、巨人復帰した。しかし、手榴弾を投げ続けたことによる右肩の故障、左手の負傷の上マラリアにもかかった沢田の体は、もう成績を残せなくなっていた。「もうダメか…。」そう思いながら、マウンドに立っていた沢村だが、観客席から、「沢村ー!お前はまだやれるぞー!」と、聞こえてくる。沢村にヤジを飛ばす観客はいなかった。「肩がダメなら、サイドスローで投げるんだ。」と、フォームを変えた沢村は、復活を遂げ、2度目のノーヒットノーランを達成。しかし、右肩の故障やマラリアの後遺症に耐えられず引退。失意の中で沢村の元に、一通の赤い紙が届き、フィリピンへ向かっていく。そんな中で乗っていた船も沈没。溺れかけていた沢村は、意識が遠のいてゆく…。


時は2004年、巨人ドラフト1位で入団した澤原という投手がいた。完成度は高くないが、浪漫ある右の速球派オーバースローであった。「大好きな巨人で、日本一になってやる。」その思いで投げ込んで、2006年になる頃には、球速は155キロになっていた。変化球も磨かれていた。しかし、2軍で澤原は悩んでいた。「いくら直球や変化球が冴えても、コントロールが改善しない…」その思いを聞いた巨人首脳陣は、澤原を、マイナーリーグに派遣する。アメリカで澤原は、マックというコーチに出会う。「澤原と申します。」「ヘイ。ユーがサワハラ、ビックなピッチャーを目指そうぜ。」マックは、現役時代、球速100マイルを誇った大選手だったが、肘を痛め、31歳で引退した選手であった。澤原は、2007年シーズン、マイナーで投げては、オフはマックと2人でトレーニングに励んだ。マックは故障の怖さを知っている為、澤原をよく止める。しかし、熱心な澤原は、「もう一球投げさせてください」の一点張り。ハードなトレーニングをこなした。その努力から、翌2008年シーズン、澤原は覚醒する。マイナーリーグの打者達から三振の山を築き、奪三振王、最多勝利に輝く。ストレートも160キロになり、身につけた制球力でスライダーを外に決める。インタビューでは「マックコーチのおかげです。」と一点張り。メジャーからの声もかかるが、澤原は巨人で日本一に輝きたいという思いから、巨人復帰を決意する。翌2009年シーズンは開幕投手に選出され、投げ続ける。その結果最優秀防御率を獲得。だが、打線の援護がなく、日本一に導く夢は叶わなかった。その上、澤原の右腕は、限界を迎える。翌2010年も開幕投手に任命される。澤原はいつも通り、快調な投球を見せる。しかし、4回を終えたばかりに、肘に違和感があった。次の一球を投げた瞬間、肘に鋭い痛みが走る。その場にうなだれ、悲鳴を上げることしかできない。トレーナーがすぐ近くに駆け寄り、担架で運ばれた。なんとか自分の足で病院に向かい、検査を受ける。「肘やってますね、アメリカでトミージョンです。」手術のために、またアメリカに行くことになる。空港に行くと、マックがいた。その夜、ある飲食店で、じっくり話した。「ワタシ、ユーノマインドアンダースタンド。ワタシモ、ケガデベースボールデキナクナッタ。」片言の日本語で、こう喋る。「俺ももう若くない。もう野球できないのかな。」澤原は呟く。その声にマックが反応する。「ユーのベースボールへのパッションはスゴイ。ワタシ、エフォート、見てきた。ユーは、ベースボール、ダイスキ。マタマウンドタテル。ワタシ、トレーナーシッテル。案内シマス。」翌日、案内された場所に向かうと、トレーナー、ハドソンがいた。ハドソンは、サイドスローで殿堂入りまでした選手である。日本でコーチをしたこともあり、マックと違い日本語がよくできる。「あなたは、まだ現役を続けたいのですか。正直その道は険しいです。あなたは大卒だから、もう28歳ですか。肘を直したとして、約3年………31歳、全盛期は過ぎています。それでも私の提案を受け入れますか。」澤原は答える。「俺は巨人を日本一にしたい。可能性が低くても、夢を叶えられる可能性があるなら、やります。」「やはり君はそう言うと思いました。その方法はサイドスローです。トミージョンをして、サイドスローを磨けば、まだまだ君はやれる。まずは、トミージョンに集中しなさい。リハビリ後また会いましょう。」かくしてトミージョンは成功し、リハビリに専念。1年半も経つと、感覚も元に戻ってきた。そうして、ハドソンのサイドスローの練習が始まった。しかし、手術や年齢の影響は重かった。若い頃の様に投げ込めない。猛練習に耐えるだけの体力も無くなっていた。だが変わらないものもある。澤原の不屈の精神だ。体力が尽きても、澤原は練習を続けた。その甲斐あって、球速こそ落ち込んだものの、球威やコントロール、変化球は、全盛期を超えうるものを手にした。2012年、マイナーで実践機会。全盛期のように、ストレートと外一杯のスライダーで、6回まで快調な投球も、7回ピンチの場面、4番に甘いスライダーをレフトスタンドに運ばれた。「球速は以前より遅い。制球力がないと。」と感じた澤原は、練習を重ねた。絶対に打たれないという自信がつくまで。満を持して2013年シーズン、澤原は巨人に帰ってきた。エースとして、並み居る打者を抑えていった。そんな中、アメリカでの努力を知っていたファンは、3年不在への野次は飛ばさないどころか、声援を送り続けた。それに呼応して打線も奮起、リーグ優勝を決め、ついに日本シリーズ、楽天との決戦。澤原は、第2戦と第7戦で先発をすることになる。「今までの努力は、この2戦のためだったんだ。」第1戦を勝利して迎えた第2戦。澤原は、気合込めて試合に挑むも、制球が安定しない。スライダーをホームランにされたり、8回5失点の大炎上。しかし、打線も奮起。5得点を挙げ同点の9回ウラ、バッターは、不動のショート坂本。澤原が投じたスライダーは、真ん中に入り、白球はスタンドへ。サヨナラで負けてしまう。マウンドで立ち尽くした後、ベンチに帰った澤原は、立てずにいた。その時、「がんばれがんばれ澤原!負けるな負けるな澤原!」と大歓声が聞こえてきた。「そうだ。俺には多くの仲間がいる。7戦投げ抜いて、必ず胴上げ投手になる。」その思いに巨人は奮起。第7戦まで繋いだ。相手の先発は、田中。今年リーグ戦で負けておらず、楽天をリーグ優勝に導いた第一人者である。世間が注目する中、第7戦が始まった。田中の投球は、凄まじかった。次々に三振を奪い、6回までヒットを一本も許さない投球。しかし澤原、アメリカで培った精神力と、天下のスライダーでこちらも無失点を続ける。しかし、7回、バッターは坂本。今まで完璧な制球できていたが、直球が真ん中に入ってしまう。坂本は狙い澄ましたスイングで、バックスクリーンに白球を運ぶ。1-0。田中のピッチングを見て、点を取るのはかなり厳しい展開になっていた。そしてついに9回の表に来てしまう。澤原は、下を向くしか無かった。しかし、第2戦で応援してくれていた観客を思い出す。「俺は沢山の人に応援してもらってる。今度は俺が、バッターを応援する番だ。」とベンチの前で声援を送り続けた。巨人のバッターは、田中を捉え切れてはいないが、全力疾走での内野安打や四球で2・3塁のチャンスを作ると、3番バッターがスライダーをとらえセンター前に運び、ついに巨人は逆転に成功した。澤原は、ここで、キャッチボールを始める。9回の裏、今までで最高の気迫で、バッターを見つめた。プレイのコールがかかった瞬間から、得意のスライダーとストレートを織り混ぜ、2アウトをとった。夢の実現まであとアウト1つ。バッターボックスには、坂本。スタンドからは澤原コールが鳴り響く。最高のストレート2球は、坂本も捉え切れずファール。ラストボール。投げたスライダーは、バットの空をきり、ミットに収まる。巨人は、日本一となった。歓喜の中心に、澤原はいた。澤原は涙を流し、皆とビールをかけ合い、帰路に着く。ここで、澤原は目眩を起こしてしまう。その時、全てを思い出した。「俺は沢村。フィリピンにゆく輸送船が沈没して、俺は死んだはずだが、神が夢を見せてくれたのだろう。本当は戦争なんて行きたく無かった。俺は大好きな巨人で、大好きな野球をしていたかっただけなんだ。戦争で肘を壊して、マラリアで立てなくなり、左手も使えず…。俺が望んでいたのは、こうゆう人生ではない。そういえば、この時代には、沢村賞という賞があった。あれは、俺を偲んで、できた賞なんだと分かった。死ぬ前にこのような経験ができてよかった。今後この賞を受賞する者は、俺のように、夢を追い続けられなかった人の思いをついで、奮起してほしい。これが俺の今後のプロ野球に届ける、最後の願いだ。」


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