永遠の春 8/15日提出

山本Q太郎@LaLaLabooks

第1話

「永遠の春(旧:灰は灰に)(仮)」

サブロウの告白

「リリ。僕は不老措置を受けていないんだ。多分あと六十年後くらいで寿命が尽きてしまう。リリを一人にさせてしまうのに言い出せなくてすまない」

 一緒に暮らしているサブロウにエアクラフトでドライブに誘われた。その日はよく晴れたまさに降るような星空だった。サブロウはぎこちなく、明かに話しづらいことがあるのは伝わってきた。私は気づかないふりをして、いつもよりはしゃいだ風に端末でビデオログを回し星空を撮影していた。規定の高度まで上昇し星空を眺めているとサブロウは老化措置について話してくれた。思ってもない話だったのでうまく飲み込めず、その場はどうにでも取れる相槌を打った。

 不老措置をしないと人間はどうなるんだろう。動物のように老衰して死ぬのは頭ではわかっている。しかし、身の回りで人が死ぬなんて聞いたことがなかった。ニュースで見聞きする紛争や事故で直接的には伝えられないけど死者は出ているだろう。けれど、それはどこか遠くの出来事だと思っていた。言われてみればでった頃より髭が濃くなっているような気はする。それが老化に関連した事柄なのかしら。多くの人は成長が安定する二十五歳くらいで不老措置を受ける。処置を受ると見た目の変化はなくなる。だから、多くの人は二十五歳前後の見た目をしている。なのに四十歳を過ぎたサブロウの方が若く見える。どうしてかしら。サブロウが東洋人だからかもしれない。

 そもそも不老措置って、受けないことができるっけ? 些細なケガや病気なら適切な栄養を摂って必要な休養をとれば、体の自然な回復力が治療してくれる。不老措置は自然な回復力をほんのちょっと活性化させるだけだ。それは遺伝子にも及ぶ。遺伝子の破損も治療し続けるので、人は老衰しなくなった。副反応もない。人類は死を完全に克服してもう三百年以上経つ。なんのリスクもない不老措置を拒む理由は思いつかなかった。


リリの世界

 サブロウから不老措置を受けていないと打ち明けられ、彼の何を知っていると思っていたのか不安になった。二十年前に旅先のインドの港町で出会った。彼はヨーロッパに、私は東アジアへ旅行する途中だった。お互い同じ世代の人にあったのは初めて。すっかり興奮して何日も一緒に出掛け話をした。別れてからも旅行の報告をし合った。私の旅が終わったときサブロウがいた北フランスにちょうど空きがあったので、合流して暮らし始めた。それから十八年。一緒に旅をして一緒に眠り一緒に食べ、いろいろなことについて話した。多くの時間を共有してきたと思っていた。

 とにかくサブロウの気持ちを理解しよう。

 死を望む人がいないか調べてみた。老衰しないとはいえ誰も死なないわけでは無いみたい。ただ関心がなかっただけだ。調べてみると死亡事故も起こっているし、まだ治せない病気で死ぬ人もいる。自分の死をパーティのように壮大に催す人もいるようだった。参加者は若い世代で、一週間ほどアルコールを伴った飲食を行い、最後に主催者が火薬を積ん車に乗り走行しながら車を爆発させるらしい。主催者はその時に死亡し、観客はその姿に熱狂するようだ。解説によると人類の歴史の中でそのような趣向を持つ人々は一定数おり生物多様性の一環ではないかという見解が示されていた。もっというと健康と安全が保障されているセントラル管理区外では医療が行き渡っていない地域も多く、紛争や災害のなくても死者は日常的なものだった。強盗や略奪などの違法行為が発生している地域もあるらしい。セントラルの管理区域がないある国では毎日何百人も死んでいる。あのパンデミック以降、セントラルの提供する管理区域とそれ以外で全く世界が変わってしまったようだ。セントラル管理区域外に生まれていたら一体どんな人生を送るのか。想像すらできない。

 私が不安なようにサブロウも思い詰めることが増えたようだった。サブロウが変わってしまったわけではない。昔から気になることがあると、何日も喋らず考え込むことも珍しくない。

「不老措置を受けなかった理由を聞いてもいいかしら」

「わからないんだ。なぜ措置を受けたくないのか。君と出会ってから随分悩んだんだけど」

「何がわからないの?」

「何て言えばいいのか。どこかに納得できない気持ちがあった。納得できないのに受けたくなかったんだ」

「もし、不安だったら不老措置の安全性を確認する方法はいくらでもあるのよ。措置は今からでも効果はある。もし、迷っているならだけど」

「ありがとう、リリ。措置に不安は無いよ。技術を疑っているわけではないんだ。ただ、永遠の命は人を幸せにするだろうか。僕は何の為に生きているんだろう。リリ。君は何のために生きている?」

「それはもちろん……」生きるためにと言う言葉を飲み込んでしまった。生きるために生きているという言葉は成立するだろうか。目的を持って人生を楽しんでいると思っていた。それが、こんな簡単な質問に答えられないなんて意外。

「ごめん、リリ。責めるつもりは無かったんだ。だからそんなに悲しまないで」

 サブロウはそういって抱きしめてくれた。そんなに険しい顔をしていたかな。でも確かに、私は何のために生きているのだろう。そのうちわかると、向き合ってこなかっただけかもしれない。サブロウが何を問題としているのか。とてもわかりそうになかった。でもサブロウを失いたくないという気持ちは本当だ。人生の半分をサブロウと一緒に過ごしてきたから? 楽しかった思い出で心がいっぱいなる。それが愛だろうか。

「僕たちは子供を作っておけばよかったかもしれない」

「それって素敵。セントラルに申請しましょう。資格を取ればいつかは順番が回って来ると思う」

 子供を迎え入れるのはいい考えじゃないかしら。子育てを受け持った人から悪い話は聞かない。「あなたもぜひやってみるべきよ」「親を経験しないと幾つになっても一人前とはいえない」と話す人たちはいい思い出を持っているようだった。

「いや申請は必要ない。君と僕の子供じゃなければいいんだ」

 そう。今は乗り気じゃなくても子供がいれば考えが変わるかもしれない。けれどそもそもの問題に気づいた。もし子供を迎え入れる家に選ばれても、それは何十年も先の話だ。不老措置を受けないならサブロウはきっと生きていない。何か他に長生きしたくなるような楽しいことはないかしら。


風の吹き抜ける場所で

 私が住んでいる街に火葬場が併設された墓地があることを知った。墓地というのはパンデミック以前まで使われていた、死者を地中に埋めておく施設だそうだ。早速セントラルに火葬場勤務の希望を提出したらすぐに許可が降りた。

 路面電車を乗り継ぎ、街の外れにある高い丘の上に建つ大きな煙突が目立つ施設を訪れた。一見して工房のような場所に見えた。あたりは綺麗に掃除され、雑草も手入れされている。振り返ると丘の斜面は一面に草が茂り、大きな石が規則的に並べられていた。列になった石の間には、踏みしめられた道が出来ており、何台かの凡用ボットが掃除のために行き来している。どうやらこの草原一面が墓地と呼ばれるものらしい。きっとここ何百年も人が訪れたことはないだろう。建物は白い土壁。明かり取りか通気のためか、高いところに四角い穴が並んでいる。脇には大きな水車が独特なリズムで回っている。門をくぐると白い四角い建物は見上げるほど高く、黒い煙突はもっと高くまで空に伸びていた。

 中に入ると黒く真っ直ぐ髪を伸ばした女性が現れた。その女性、カーリーさんが施設の中を案内してくれた。時折小さな掃除ボットが足元を行き来している以外は物音ひとつしなかった。室内はどこも真っ白な土壁で床は黒いタイルが敷き詰めてあった。中央の大きな部屋の壁には木の板の棚が三段に渡って作られており、その上には小さなガラスの瓶が並んでいた。壁に沿って据え付けられた大きな木のベンチでお茶を飲みながらおしゃべりに夢中になっている人たちがいた。建物の奥の広く天井の高い部屋に大きな窯が3基並んでいた。

「これが死体を火葬をするための窯です」と言って、金具を外し大きな蓋を開いて中を見せてくれた。鉄製の台には滑車がついていて、奥から滑るらせて出し入れできるようになっている。外の水車はこの窯に風を送るためのものらしい。

「この窯の他に薪を汲み上げて火葬する場所が裏にあります。ですが使われた記録はないと前任者から聞いています」カーリーさんは部屋の奥の窓を指差した。そこから草むらの中に地面を丸く白いレンガで覆った空き地が見えた。

 それでは皆さんに紹介しましょうと言って、大きな部屋に戻りお茶を飲んでいた二人と挨拶を交わした。

「こちらは、スライトリーさんとツインズさんです」

 今日は休みだがニブスさんと、トゥートルズさん含め登録されているのは五人。三人とも二百歳以上になるそうだ。九割以上の人が老化措置を受けるようになった第三世代。市への貢献も厚く街の名士と言ってもいい人たちだ。

「皆様のお名前は兼ねてから拝見させていただいてました。お目にかかれて光栄です」

「とんでもない、長く生きているだけです」カーリーさんはじめ三人とも人当たりがよく人生経験の豊富さが感じられた。人類が老化と戦っている姿を知っている世代で、パンデミック当時の出来事は初めて聞くことばかり。誰の話も面白く話題は尽きなかった。とても語り尽くせるものでは無く自己紹介は明日に持ち越された。

「残念だけど今日はこのくらいにして、お話の続きはまた明日うかがいましょう」

 火葬場へ通い数ヶ月かけてニブスさんやトゥートルズさんからもいろいろな話を聞いた。学校で習った出来事も、経験した人は違った見解を持っていた。そうやって火葬場に通っていたある日、カーリーさんに届け物を依頼された。

「三日前に事故にあったデイビットさんの火葬を引き受けていたの。スライトリーさんといっしょに遺灰を届けてくれないかしら」

 それは私が別な仕事で火葬場にいなかった間に持ち込まれた出来事らしい。もちろん断る理由は無くスライトリーさんに付いて配達に出た。

「少し遠いので車を使いましょう」

 遺灰はスライトリーさんが両手で大事に抱えて運んだ。

「ご家族に届けるのですか?」

「そうです。ご遺族は息子さんを悼んでおられるので、私たちが届けます。今頃は個人のお知り合いで思い出話をしているでしょう。ところで」スライトリーさんに火葬場を配属を希望した理由を聞かれた。

「言いたくなければいいんだけど、気になるといえば気になっちゃうし」とにこやかに笑うので、理由を説明した。サブロウのことは話さず、ただ家族の死ついて準備をしたいと話した。

「そう。いつか突然起こることかもしれないし、知っておくことは大切ね」と訝しげな表情をしたが、何故家族が死ぬのかについては触れなかった。

 車は目的地が近いことを告げる。いよいよ実際に死と間近に関われるかも知れない。

 訪ねた先の家には庭に小規模だが花壇が設えてあった。ボットでは無く家の人が管理をしているのだろう。誰かはわからないが、その花壇からは丁寧で誠実な人柄が伝わってきた。

 来訪を告げる。外からは中の様子はわからない。しばらくすると、男性が現れ招き入れてくれた。

 部屋には大勢の人が二、三人ずつ組みになって話していた。部屋の中央には春の花が活けられ故人の写真が飾ってある。男性に促されその脇へ遺灰入った瓶を置いた。

 家族の方と挨拶を交わし、自己紹介がてら故人の話を聞かせてくれた。デビットさんは生産セクションで漁のため海に出て事故にあったらしい。それまで知り合いやニュースでも海の上での死亡事故など聞いたことがなかった。

「作業は専用のボットがやるし危険は無いんだが、不注意で海に落ちたらしいんだ。網の引き上げを監視している時に、足を滑らせた海に落ちた。ちょうど引き上げていた網に絡まって水中で身動きが取れなくなってしまったと説明された。想定外の事故だったから発見が遅れてしまったそうだ。記録映像も見たが本当にただぼーっとしていた」全く。全くと呟きうなだれている。話してくれたのは、デイビットさんの兄で、ご両親は奥の部屋で休んでいるらしい。お悔やみを伝えようと思ったが、ドアの向こうからすすり泣きを聞いてかける言葉が浮かばなかった。扉の向こうからは女性の声で何度も謝る声が聞こえた。

 私は死というものを思い違いしていたみたいだ。


サブロウの話

「今日葬儀場の依頼である人の葬儀に行ってきたの。うまく話せるとは思えないけど…」

 サブロウに感じたことを伝えた。

「死ぬというのはどういうことかしら。その人との時間はこの先ずっと失われてしまう。残るのは思い出だけ。もしあなたに何かあっても、受け入れるなんてできそうにない」

「僕もそう感じる。失われる存在を想像すると胸が苦しい」

 もう一度不老処置を受けてほしいと頼んだ。

「子供の頃は気が付かなかったけど、いつの間にか違和感を覚えるようになった。胸が詰まるようなイライラとする気持ちはなかなか無くならない」

「僕が見てきた映画では、羨ましいくらい人が生き生きとしていた。作られた世界だから当然なのかもしれない。ある映画では賞金稼ぎという職業の人が登場する。犯罪者に値段をつけて取り締まりを民間に委託する仕組みさ。面白いだろう。その賞金稼ぎは差別される人種ではなかったが、人種差別を憎んでいた。偶然であった差別される人種の友人の為に奴隷商人を騙して売られそうになっている奴隷を救出しようと計画を立てた。自分も奴隷商人になりすまし、奴隷商人から奴隷たちを買いとろうという作戦さ。賞金稼ぎは頭がまわり用意周到だった。計画はなんとかうまく進み奴隷を買い付ける契約を交わそうという時、奴隷商人は握手を要求した。奴隷商人は握手しないと契約は白紙だと言った。握手さえすればそれまで綿密に準備した計画は成功する。奴隷を救い逃げ出すことができるんだ。でも賞金稼ぎは握手を断った。奴隷商人は人種差別主義の塊のような男として描かれてきた。だから賞金稼ぎは握手をする代わりに奴隷商人を銃で撃った。そこには銃を持ったたくさんの手下が奴隷商人を守っていた。敵の陣地に乗り込んでいる賞金稼ぎの計画は全ておじゃんになり自分は撃ち殺されるとわかっていて、それでも奴隷商人を撃つんだ。なぜだろう。なぜ彼は、全てを捨てて握手を拒んだんだろう。彼が奴隷商人を撃ったのは、人間の尊厳のためなんじゃないかと思った。賞金稼ぎの尊厳じゃない。人間の尊厳なんだ。彼は自分の自尊心と命の値段を間違えたりはしない。彼が譲らなかったのは、人間の尊厳なんじゃないかと思った。もちろん、それが答えというわけじゃない、自分の命を賭けるに値するものは人それぞれだと思う。そして、僕だったら何に命をかけるだろうかと考えてしまう。それに命をかけることはできるだろうか」

 サブロウの話は何一つ理解できなかった。奴隷って何だろう。銃とは人を殺す道具のようだ。サブロウが勝手な作り話をでっち上げて誤魔化そうとしているわけではないことも。サブロウは世の中に納得できないことがあって、その答えを探している。

「僕はありもしないものを探しているんだろうか。もしくはただ自尊心が満たされていないのか」

 どうだろう。でも、そんな思いを抱えている人を他に知らない。私がサブロウに惹かれるのは、自分の弱みを伝えてくれるからだろうか。


サブロウの仕事

 サブロウはずっと資料センターで働いている。

「どうしてサブロウは資料センターの仕事しかやらないの? いろいろ試してみれば知り合いも増えるしやった事のない仕事は楽しいわよ」

「そうだね。君の言うことには一理ある。でも、僕は資料室が好きなんだ。あらゆる情報が集まっている。あそこには世界が詰まっているからね」


ビックトラブル:展開(サブロウがいなくなったと思ったら警察がくる。サブロウを守るリリ)サブロウが不審なことをしている。警察が来る。思想警察的な疑い。リリは知らない。生体認証があるからごまかすのは難しい。なぜ狙われる?なぜ警察が?何かした?

 夕食の時間。サブロウは区の食堂に現れなかった。遅くまで待ってみたがダメ。慌てて家に帰ってもいなかった。私はいつも連絡を忘れてサブロウを心配させるが、連絡がなくて私が心配するのは初めてかもしれない。サブロウのアカウントにアクセスして行動データを見た。私たちは生体認証データを共有しているので、一日の行動履歴や現在地の記録を確認できる。それによると、サブロウは今日一日資料センターにいて帰りに食堂により、今は家にいるはずだった。どうやってあちこちにある生体認証を誤魔化しているんだろう。簡単ではないはず。

 翌日、日が明けたか明けないかの内に訪問者があった。

「ごめんさい。ID:001-782-555:ヤマオカ・イシノ・サブロウさんのお宅ですね? こんにちわリリ。お手数だけど生体チェックをお願いしますよ」

 訪れたのは紺の制服を着た管理局のスミーさんだった。「こんな朝早くに失礼だとは思うけど、ご協力いただけるかな」というスミーさんも顔は寝ぼけている。生体チップで認証しすぐにわけを聞いた。

「ご苦労様ですスミーさん。サブロウは昨日から帰ってないのですが何かあったんですか」

「なんだ。喧嘩でもしたかい? あなたも知ってると思いますが、管理局からは来ているのは指示だけなんだ。教えてあげたくてもね」スミーさんはそう言って肩をすくめた。そのあとは、昨日は何処にいたとか誰と会ったとか、型通りの質問をして帰っていった。

 ついに管理局から警告が来てしまった。セントラルの機嫌を損ねると管理区に出入り禁止になってしまう。かといって。私にできることはあるだろうか。サブロウが何をしたにしろ管理局に隠し通すのは無理だ。何かあれば管理局はセントラルのアカウントを抹消する。それだけで私たちは水を手に入れることさえできなくなる。だからセントラルは管理区内のセキュリティは気にしていない。セントラルと管理区民は共存共栄。セントラルが困ることは私たちにも困ることだからだ。

 昨晩は一睡もできなかった。

街を出て街道沿いの小屋でサブロウが待っていた。片手を庇うようにコートを来ている。

「来てくれてありがとう」

顔を見れた瞬間安心してサブロウに倒れかかった。慌てて支えてくれたサブロウの手首がないのに気づいて頭が真っ白になった。


外へ

 目が覚めるとベットと椅子だけでいっぱいの狭い部屋。格子窓からは眩しい陽の光が差し込み、さわがしい物音が聞こえてくる。お祭りかしら。息を殺し鎧戸の隙間から外を伺うと、すぐ目の前をたくさんの人が往来している。路上に人溜まりができている。あんなに人だかりができている事件だろうか。どうしてこんなところにいるのか。昨日の出来事を思い出し慌ててサブロウを探す。なんてことを。部屋のドアには鍵が掛かっていた。生体認証のスキャナもない。ここはセントラルの管理区外だ。どうしてこんなことになってしまったのか。悩んでいるとドアの前に人の気配がした。ドアが開くとやはりサブロウだった。

「やあ、リリすまない」

 サブロウは慌てて抱き抱えてベットに横たえさせてくれた。私は不安と安心で泣いていたらしい。サブロウは人を連れていた。

 「彼は、ウェンディさん。これからのことを相談させてもらったんだ」と言ってサブロウが紹介してくれた人は、背が高く体も牛のように大きかった。顔には毛で覆われた黒いお面をつけているのかとおもったらそのお面が突然笑った。

「初めましてリリさん。ここは、旧トゥーロットの商店街区。ようこそセントラルの外へ」と言って手を差し出してきた。私は曖昧に頷きウェンディさんから距離をとった。

「ここには二週間くらいいようと考えている。その間、リリには考えてほしい」

 サブロウが考えて欲しいというのは私との子供を作ることについてだと言う。サブロウはもうセントラルのアカウントを執行しているが、事情もわからず連れて来られた私は問題がないそうだ。サブロウがやったことは犯罪だが、この国にそれを取り締まる秩序はない。セントラルは規模は大きいが行政の委託を受けているだけの企業で警察権はない。私たちはセントラルの提供する安全と健康の代わりに多少の労働と生活の全てをデータ化して提供しているだけに過ぎない。顧客兼従業員。そもそもサブロウのように、せっかく持っているセントラルのアカウントを不意にする人間なんて数えるほどもいないから、前例もないし対策もない。

「それよりもこんな無茶をして何をしたの?」

 手首をみると処置はしてあるようだ。自分の体を傷つけるほどのことがあるなんて。

「二人の子供を作るのに必要だったんだよ」

「もう無理よ。セントラルから切り離されてしまったんだから。子供を迎い入れる申請なんて通るわけがないわ」

「子供を産むのにセントラルなんていらないんだよ。僕たちは自分でやらなくちゃいけない。自分の子供なんだから。セントラルの管理練から君の記録を持ってきた。不老措置前の卵細胞もある。セントラルは全て保全しているんだ。不老措置前の卵子であれば受精は可能だ」

 サブロウは盗みを働いていたと言うことになる。しかもそれは動物のように子供を産ませるため。どうしてもおぞましさを感じてしまう。

「そんなことのためにどうして」

 あまりのことに涙が止まらない。サブロウはどうして私をこんな目に遭わせるのだろう。

「調べてみたんだ。人類はまだ子供を産むことができる。気が遠くなるような昔からやっていることだ。体外受精はそれほど難しい技術じゃない。母体は君の体を使うから確率は高いはずだ」

自分が子供を産むなんて考えたこともなかった。こんなこと急に言われて答えなんてできるわけない。

「リリ君が選ばなければいけないんだ。」

「もういっそのこと産んでくれと言ってちょうだい。あなたの望み通りに。それが私の喜びだもの。」

「いや。君は自分でそれを決めなければいけないんだ。僕がどう思おうとも。もちろん君が僕のためを思ってくれているとわかっている。でも、君は自分で決めなければいけないんだよ。もうこれ以上自分の運命を誰かに渡したりしちゃダメだ。それはリリ、君のものなんだよ。」

 サブロウの話すことはいつも私を混乱させる。私に子供を身ごもって産めという。映像ソフトで見たことがる。野生動物の生態を記録したプログラムだった。動物は、群れを作り狩をして集団で暮らす。群れの中での立場は厳格で雌は群れで一番強い雄の子供を産み育てる。その映像は生なましく野蛮だった。

「とにかく、急ぐことはないし、僕はリリに何も強要はしない。まずは休んで、元気が出たら街を見て回ろう。また二人で旅行に来たと思えばいい。実際そうなんだから」

 サブロウに悪意がないのはわかるが、だからと言って何をしていいわけでもない。私に断りもなく、勝手に決めるなんて、ばかにされているとしか思えない。

「そんな勝手なことばかり言って……」と言うのがやっと。翻弄される自分が情けない。じっと様子を見ていたウェンディさんが、たまりかねたように口を出した。

「広い部屋を用意してあります。まずはそこで休みましょう。それと水と食べ物は私が用意したもの以外は口にしないでください。荷物は両手で抱えて前に持つこと。ポケットの中のものは盗られたくないなら全部鞄に入れてください」と言って部屋を出ていった。

 セントラル管理区の外は無秩序で暴力と犯罪、ウイルスが蔓延する恐ろしい場所とセントラル管理区内では認識されている。けれど、人々は健康そうで見たところ殺人者らしき人は見当たらない。大きな声で怒鳴りあっている人を見たが、喧嘩ではなくただ物を買おうとしているだけだそうだ。言われてみれば皆語気が荒い。訛りのある言葉も多い。遠くからも人は集まっているようだった。ここでは何をするにもお金が必要だそうだ。その代わりあらゆるものが取引の対象であらゆるものを手に入れることができる。棘の生えた巨大なボールは食べ物らしい。大きな警告音を出して光る小さな器械。大量に束ねれたいろとりどりの紐の束。籠に盛られた大きなオレンジ。生き物の死骸が大量に吊るされている。なんに使うか検討もつかないものが狭い路地の壁に据え付けられた棚に詰みかさねられている。空気は乾いて埃っぽい。風の加減で眩暈がしそうになるくらい強烈な漂ってくる。人々は路地を忙しなく行き交い大きな声で怒鳴りあっては笑っている。同じ格好をした人はいない。年齢もバラバラ。ウェンディさんのように紫外線を防がず体毛を処理しない人も多い。あれはお面をではなく髭を剃らず日焼けをすればみなああなるらしい。私が育ったところや旅行してきた場所とは何もかもが違う。刺激の強い混乱と興奮が渦巻く。混雑する路地をサブロウは強く手を引いてくれた。

 商店街をぬけ車で移動した。外は一面の畑と牧草地帯。牛が草を喰み、ボットが果樹園の中を走り回っていた。緩やかな丘陵には葡萄棚。ウェンディさんが説明してくれた。

「もっと奥では小麦も作っています。食料はセントラルも買ってくれてますし輸出もしています。ワインや加工品も作っています。植物はセントラルで遺伝子汚染されていなかもチェックしてもらってます。お二人も安心して食べて大丈夫ですよ」

 パンデミックで荒野になったと聞かされていた場所は命が溢れる景色となっていた。

「こんなこと知らなかった」

「セントラルは隠してはいないよ。誰も知ろうとしなかっただけさ」サブロウはボソリと言った。その割には、目は窓の外に釘付けだ。サブロウも資料で知っているだけで、実際には知らなかったんだとおもう。

 村の小屋に案内されようやく落ち着いた。今日一日だけで百日経ったようだ。ベッドに倒れ込んだ後の記憶はない。

 ウェンディさんは帰ったが、代わりに村の人が面倒を見てくれた。村の中を案内してくれ、食べ物の世話もしてくれた。サブロウは手に入れたばかりの義手を使えるように練習している。

「僕はここにきて良かったよ。リリがセントラルに帰ってもまた会いに来てくれるなら後悔はない」また私の気持ちなど気にせず勝手なことをと思わないでもないが、こういうことがないと私は外に目を向けなかったかもしれない。何百年経ってもセントラルの中だけで生きていた気がする。

 次の日から村の手伝いを申し出た。どんな作業も芸術的な手業が必要なように見えた。運用できるエネルギーに限りがあり、ボットは畑など生産性の高い作業に割り振られているらしい。こことセントラルでは、必要なエネルギー量が違うのは見てもわかった。人が多く皆よく食べる。洗濯をしながらでも歌ったり踊ったりしている。何をするには過剰に見えた。その過剰なエネレルギーは村の人々に充満しているように見えた。

 村での仕事は忙しい。野外での仕事は日があるうちにやらないといけない。日が沈んでもやることは多い。暮らしている人数が多いから、太陽発電では日ごとに必要なエネルギー量を補いきれない。エンジンを動かす燃料はないので、必然的に人間がやることになる。ここの労働に比べると、セントラルで受け持っていた仕事は全てただのおしゃべりだった。何人か名前を覚えれるようになったころ、お腹の大きな女性を見かけた。肥満という病気を聞いたことがあったが彼女らは肥満ではないらしい。どこか悪いのかと尋ねたら大笑いされた。私たちは妊娠しているだけだと言われた。「私は肥満じゃないけど、あんたはもっと食べて太った方がいい。私たちにはあなたの方が病気に見える」と言われた。セントラルでは管理された完全な食事を摂っていた。それに比べると、小さな子供でも私の十倍の量の食事を食べる。どっちが正しいかはともかく、ここではここのやり方に従った方が良さそうだと思った。

 村の暮らしに慣れた頃、仲よくなったお腹の大きな女性の何人かに聞いてみた。

「さあ。あんまり考えたことはないけど、怖いといえば怖いかも。でも、楽しみだわ。わたしもいよいよお母さんになるの。私もお母さんが産んでくれたし、お母さんもおばあちゃんが産んだって言ってた」

 私の聞きたかったことではないけど、少なくとも不安を感じている人はいなかった。そこで気になっていたことを直接聞いた。

「ねえ、生まれて来る子供に責任がもてるかしら?」

「責任って?」

「病気にかかったり、ちゃんとした教育をさせてあがられないかもしれないとか。もし美人じゃなかったらどうしようとか」

「あんたそれ本気で言ってるのかい?」

「もちろん」

ほーん、とか、ふーんとか言って珍しいものを見るような目で見られた。

「まあ、あんたが何を気にしてるか知らないけど、子供はできる時にできる授かり物だから、私は丈夫な子供を産むことぐらいしかできないと思うよ」と言ってケラケラと笑われた。

 

 私が自分で産んだ子を抱いた時、自然と笑みがぼれニヤニヤが止まらなかった。胸が暑くなり涙が溢れて来る。味わったことのない気持ち。腕の中の小さな命が愛おしい。私はいまの気持ちを表す言葉を持っていないけど、なんだか、とっても最高な気分。サブロウは涙と鼻水が拭っても拭っても溢れ出してくるようだった。


 サブロウは百二十歳まで生きて子供たちに囲まれて死んだ。選んだ道が正しいかはわからないが、幸せな人生だったと言った。君と出会えて本当によかった。とも。わたしも心からそう思う。サブロウに出会わなければ会えなかった人や出来事があった。

 サブロウが死んだあとも私は子供達を育て続けた。子供がまた子供を生み育てた。ウェンディ(お世話になったウェンディさんから名前をいただいた)、ジョン、マイケル、ナナ、ジョージ、シェリ、マルカム。数えあがたらキリない。みんなわたしの子供たち。みんなの名前を覚えている。みんなの笑顔も。どの子がオムツを漏らしたか、どの子が好き嫌いをして、どの子が夜泣きをしたか。

 私たちのミルクを買いに村に通っていた青年がナナを娶った。マイケルは私が若い頃のように旅に出て素敵な娘を連れて帰ってきた。

 私たちの家族は世代を超えて広がり、畑も牧場も大きくなった。たくさんの子供達が生まれ死んでいった。

 私はそれを今も見守り続けている。

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