episode2.3.16 DOMINATE

AM2:31 死者:175名 負傷者:270名


 ここはダム施設の屋上広場、広大に開けた一本道。銃を持った敵兵が10人!! 爆走するツキは今までよりずっと速く!! 敵目掛けて突っ走る!!

 月の照らす広場、それぞれが一斉に銃を構え射撃を開始。ダダダダダダダダダ───!!

 射線は全て予測済み、電気義眼が脳に直接情報を送り込んでくる。避けるのは容易い!!

「悪く思うなよ、痛くしないから……ッ!!」

 ザギュン、定規で首を刎ね飛ばす!! ザギュン、ザギュン、ツキの体躯はすっ飛んで行って、次々と敵のヘルメットを落とす!! 射撃の音が止む頃には、あっという間に全ての首が転がっていた……。

『上の方は片付いた。あとは中に入って……』

 全員にそう呼び掛けた時、ツキの背後から声が。

「───あのさ、ちょっといいかな」

「……誰だお前」

 振り返ると、敵と同じような装備に身を包んだ、白髪ウルフの女が立っていた。舐めた格好だ。ヘルメットは被っておらず、片方が欠けたツノのカチューシャを着けている。何だコイツは?

「今の凄かったね。……君、普通の人間じゃないでしょ。名前は?」

「……ツキ」

「へえ、ツキちゃんって言うんだね。その光ってる眼、もっとよく見せてよ」

「近付いたら殺す」

「ふーん……」

 その瞬間、驚異的なスピードで間合いを詰め、ツキの目と鼻の先に女は現れた───!!

「……!!」

「アハ! 殺せなかったね!」

 突然にっこり笑って、ツキの顎をそっと引き寄せる。じいっと、ツキの右眼、そして左眼を覗き込んだ。すると何かに気付いて、女は顔を曇らせる。

「……驚いたな、キミ、強化人間じゃん。随分若いみたいだけど、何世代かな」

 ツキには女の言ってることが分からない。

「でも下界人に味方してる。さっきもうちの部下殺したし。……面倒臭いからさ───敵ってことでいいよね」

 そう言葉を発した瞬間、女の眼差しからぶわっと殺意が溢れ出るのを感じた!! 鳥肌が立ってツキはバッと後ろに跳び退く───。

「テメー、何者だ」


「私はD、ドミネート。第一世代強化人間の最高傑作、ある人はそう呼んだ」

「ヴァンキッシュの、仲間か……?」

「あれ、ヴァンのこと知ってるんだ。私の可愛い弟なんだけどさ、今長期療養中でね……。もしかしてキミ、誰が怪我させたか知ってたりする?」

「知ってる。私」

「へえ……。じゃあ巷で噂の、灰の娘ってのもキミのことなんだ」

 ツキは黙って頷いた。

「……なんだか面白いくらいに、キミを殺す理由が増えていくね。他に何か言いたいことはあるかな?」

「こっちの質問にも答えてもらう」

「いいよ。何が聞きたい?」

「右眼に傷のある男を知っているか。5年前、下界の村を滅ぼした。灰の男と呼ばれている」

「知ってるよ。それで?」

「私はそいつを殺すためだけにこれまで生きてきた。復讐を果たすために。───教えろ、ソイツは今どこにいる」

 ドミネートと名乗った女は、心底残念そうな顔をした。

「キミの望む答えが出せたらよかったんだけど、ごめんね、キミには辛い話かもしれない。───その男は、もうどこにもいないよ」

「……!」

 やはりヴァンキッシュの言葉は正しかったのだ。もうこの世にいない、それが……事実。復讐を果たすことは、できない。

「でもね、そんなツキちゃんに朗報だよ。その男に代わって、私が仕事を引き継いだんだ。だから、私を殺せば……少しはスカッとするかもしれないね!」

「そんなの今更、どうでもいい。どちらにせよお前は私に殺される」

「いいね! でも殺せるかな。断言できるよ、キミに私は殺せない」

「嘘つきになる準備はいいか? お望みならな、右眼に傷でも付けてやるよ」

「アハ! 気に入ったッ!」

 ───凄まじいスピードで刀を抜きツキの首に一閃を仕掛ける!! この動きは知っていた、計算された間合いと太刀筋……ヴァンキッシュと同じだ!! ツキは咄嗟に刃を避け……いや避けられない!!

 ガギン───!! 喉元に到達する切先を間一髪定規で受けた!! 手元に固定していなければツキの刃は弾き飛ばされていただろう。凄まじいパワーだ。

「遅いね、ツキちゃん。死んじゃうよ?」

「うるさい……」

「私はね、アクション映画みたいな甘ったるい駆け引きは嫌いなんだ。これはフィクションじゃない。───悪いけど、すぐに殺して任務に戻るよ」

 気怠げな顔から滲み出る殺意、確実に殺すという意志のこもった黄色い眼。

『おい、ツキ。大丈夫か。何があった』

 右耳から聞こえるアカゲの声。

『……大丈夫だから。心配すんな』

 目の前の強敵を見据えながら……。そう答えた。


AM2:37 死者:177名 負傷者:272名


「トヨ姉さん、掴まって……!!」

 鉄の牢から素手で抜け出したユクエ。崩れ落ちる家々の屋根を裸足で飛び交いながら、ユノカワを抱えて走り抜ける。狂った月夜と溶けかかった雪、そして真っ赤な火の粉が舞うさくら町。コントラストは無情にも美しい。燃えていく西側の街並みを見下ろしながら駆け、寄宿舎が向こうに見えてくる。その時! 道の真ん中に立ち尽くす人影が見えた。あれは……。

 ───アサノだ。誰かを探すようにふらふらと辺りを見回している。こんな場所にいては危険だ、すぐにでも後ろから兵隊が来る。ユクエは一度降りて、アサノに声を掛けようとした。その時───。

「───危ない!!」

 彼女に向けて銃を構えた兵士が視界に映り、咄嗟に声が出る。頭より先に、身体が空気を掻っ切っていた!!

 ドガン!! 衝撃波を伴う強力な蹴りを兵士に喰らわせる!! ぶっ飛んだ兵士の身体は建物の壁に突き刺さり、ユクエはユノカワの無事を確認した。

「いきなりごめんね、身体は何ともない……?」

「ああ、少しびっくりしたくらいさ。大丈夫だよ」

 兵士の返り血がびっしり付いたユクエの足を見て、アサノは言葉を失う。アサノの顔が怖くて見れないユクエは弱々しく尋ねた。

「あの、えっと……。ごめんなさい、大丈夫ですか」

「……大丈夫」

 一言、そう返す。

「あの、よければ……。トヨ姉さん……。ユノカワさんを、みんなのいる場所まで連れて行ってもらえませんか。僕は……そこには行けません」

 俯いたままのユクエを見て、アサノは声を掛けた。

「あなたは、どうするの」

「僕は……。僕は、どう……すれば」

 戸惑うユクエ。見かねたアサノが一歩踏みだす。

「私は、あなたを探していた」

「僕、を……」

「死ぬ前に、伝えなきゃいけないことがあるから」

「死ぬ……って……」

 この状況、既に死が避けられないとアサノは覚悟しているのだろう。ユクエが少し顔を上げる。

「……私、あなたを絶対に許さない。命が尽きるその時まで、ずっとあなたを恨んでやる」

 また俯いてしまって、顔が震えた。

「そう……です……よね……」

「───でも、それも死ぬまでの話。向こうで2人と会ったら、あなたとの思い出、たくさん聞かせてもらうわ」

「え……」

 アサノの眼を見た。気付けば、アサノの顔には微笑みが溢れている。何でだろう。どうしてだろう。ユクエは考える。

「私、ダメな母親だったの。2人のそばに、いてあげられなかった。……心の底から、愛することができなかった。それが、苦しかった。……ユクエさん。あなたに伝えておきたかったことがあります」

「……はい」

「───あの子たちと遊んでくれて、ありがとう」

「……!」

 その時、アサノは心から笑った。ユクエの目から、途端に涙が溢れ出していた。

「あなた、戦えるんでしょう? ……だったらあの子を、助けてあげて」

 最後の言葉は力強く。アサノが指差す方向は、遠く。ダムの屋上広場。

 潤むユクエの眼にもハッキリ映った。長火鉢ツキ。

「───今度はあなたが、みんなを護って」

 今、ユクエに呪いの言葉が刻まれた。必ず助ける。だから……。


AM2:38 死者:177名 負傷者:272名

 どうやら戦いは一方的だった。これもやはり狩りだ。太刀打ちできないツキと、それを追うドミネート。

 間合いに入ったら死ぬ、間合いに入ったら死ぬ。気付けばツキはそれしか考えられない。喋るのをやめたドミネートは、冷たい瞳でツキを追い詰めた。ガギン!! ガギン!! 絶え間なく繰り出される剣撃を、ツキは危なくも防ぎ切る。

 その一方、余裕すら感じられるドミネートは、2つの狩り方を試していた。一つ ツキの素早くも短絡的な動きのパターンを掴み、手を読んで逃げを潰す。二つ 刃を折る。

 一つ目は面倒だ。しかし二つ目も面倒になってきた。折れない。ソマリ鋼製の特殊軍刀は、いかなるモノでも両断できる力を秘めている。しかし、いくら力を込めても一向に折れる試しがない。それはつまり……。

 まあそれはいいとして、ツキの狙いは消耗戦に持ち込むことだ。体力には自信があるらしい。正しい選択ではあるけれど、戦い慣れていない素人の策だ。おかげでこんなに面倒なことになる。ハッキリ言ってストレスが溜まってきたよ。

「キミ、つまらないね。飽きてきちゃった」

「……うる、さいッ!!」

 ───ガギン!! そういや向こうは本気なんだ。……けど何か、ビミョーに嫌な予感がする。この時ドミネートは感じ取っていた。ツキが隠し持つ奥の手の存在に。

 雪の積もる屋上広場を2人は滑り駆ける!! ツキの予想以上に相手は別格だ。ヴァンキッシュとは比にならない、あれだけ予習したハズなのに、一向に通用する気配がない……!!

「もうしんどいんじゃない? 息切れてるよ。大人しく斬られてくれれば、私も疲れないんだけどな」

 ハア、ハア。距離をとって、お互い見つめ合う。ツキの眼光は睨みを効かせ、暗い月夜に青が映えた。アレを使うべきなのか。しかしタイムリミットがある。最悪のタイミングで途切れたら……。いいや、速攻で決めればいいだけの話だ。

 ───ドミネートは、そんなツキの動きを何となく察知した。

『(アカゲ)』

 小さな声で呼び掛ける。

『どうした』

 右耳からアカゲの声がした。

『(アレを使う)』

『ああ、分かった。───オーディオ・ブレイン・プロトコルを始動』

『どうだ、文字は映ってるか』

 視界の端に目をやると、確かに文字が。

 『-認証成功-』『-オーディオ・ブレイン・プロトコル-』

『(大丈夫。今、映っ)』

 ──────ギ。それは、また目と鼻の先に、ドミネートが現れた瞬間だった。しまった、油断した───っ。

 ザシュ……。ツキの腹部を軍刀の長い刃が貫く。じんわりと暖かく、そして、尋常でない痛さ。

「ツキちゃん、よそ見はダメだよ。弱いんだからさ。今殺してあげるからねー」

 バン! 火薬の弾ける音が鳴り、ツキの腹にもう一つ穴が空いた。何事だろうか、見れば、彼女の持つ軍刀にはこれ見よがしに柄と一体化した自動拳銃が───。乙二式短銃刀。彼女が振るう刀の名。バ!! バ!! 至近距離で更に2発、眩いマズルフラッシュ。ツキは目を点にして血を吐いた。グリグリ、刀身を腹の中で動かし、血が溢れ出る。声にならない痛みを叫ぶ。そのままゆっくり、刀を引き抜いて、血塗れの刃をツキの衣服で丁寧に拭った。

『ツキ、何があった!!』

 アカゲの、呼ぶ声がする……。もう、意識が……。

「これでよし、ヴァンの仕返し分の痛みは与えたでしょ。気を失ってないのは感心するよ、よく耐えたね、えらいえらい」

 その時、ドミネートの通信機に入電。

『第三・第四班、一斉突入の準備よし。ドミさん、ご指示を』

『あー、了解。指揮は一旦任せたよ、すぐにでも始めちゃっていいからね。私も今からそっちに───』

 ドガン!! 鈍く強烈な音がして、ドミネートは横へ凄い勢いでスッ飛んでいった。音の正体は、凄まじい強さの蹴り……!! 地面に伏したままその後ろ姿を見上げた。血を吐き出してツキは言う。

「お前……は……」

「……酷い傷だ。でももう大丈夫です、今アイツを何とかします。───僕があなたを、助けますから」

 闇夜を突き抜けて真の英雄が現れた。名を、ユクエと呼ぶ。

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